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開放的インサイド6

「ではでは話していきますよー。話させていきますよー。起承転結をして起承転、一部始終の一部始まで終わりなくして、語りますよ」

そう、大学生は言葉を始める。


「始まり始まりはかの時代、武者が跋扈する時代。と言っても、織田家、豊臣家、徳川家でもない、ノンノンノン。戦国時代なんていう、直近では決してないんだよね」

「もっと戻って、坂東武者の時代、その前、平家の時代の話だよ」

 タイムトリップ。まるで、社会の、歴史の授業でもするように話す。蘊蓄うんちくタイプか、チクチクタイプか、さぁ、どっちの教師かな。


「平家の終わり、源氏と平氏。二つ見合って、戦った源平合戦。一ノ谷、屋島、西に追い込まれ壇ノ浦。その戦争で生まれた敗残兵ってやつがもちろん出た訳だけれど、つまりこれを『平家の落人おちうど』と言うのだけれど、知ってるかい、京介君」


「いえ、知りませんでした」


「はい、減点。前回の授業でやりました。復習はちゃんとするように」

 どうやら、ほんわか先生ではなく、チクチクタイプだ。しかも、中でもいやらしい減点スタイルとは。てか、前回っていつだよ。多分、それ僕休んでるよ。

 はーい、出席の再確認を求めます!


「平家の落人、どうやらそれが、この地にも流れ着いたとまことしやかに噂されてるらしい」

「うんうん、そうだ。この地、こんな場所に平家の落人の一人でも、来ていたという記述を見たかと問われれば見ていない」

「全てが伝聞、全てが口伝なんだ。信憑性なんて皆無に近い、だがゼロでもないってことだよ」

「でも良いじゃん、歴史ロマン。嘘でも良いけれど、発見したいじゃん」

 嘘でもなどとは言わないけれど。確かに、歴史ロマンではある。徳川埋蔵金なんて、それの大看板だ。それを思えば、夢見ない奴なんていない。


「そして、先にゴールを確認するけれど、あたしたちが追い求める執着点って、終着点ってどこだったかと言えば?」


「徳川埋蔵金だろう?」


「違うよ、河童でしょう!願望がすごいよ。欲望が表に出ちゃってるよ、溢れちゃってるよ」

 あぁ、そうだった。目先の埋蔵金に目が奪われ、心が奪われだった。河童だ、それも訳あり河童、人斬り河童だった。


「そう、人斬り河童。これがゴールな訳だけれど、どう思う所ない、この符合」


「なるほど、その武者、落人、つまりの落武者こそが人斬り河童とそう言いたいのか」


「そう言いたいと言うより、そう聞いたんだけれどね。事実はどうあれ、言い伝えはそうらしい」

「落ちて流れ着いた武者は、泉へと辿り着いた。泉の名前は、大澄おおすみノ池。河童ヶ池もそうだけれど、昔から、気候も相待って、澄んだ池が出来やすい地形らしいよ」

「連続して、澄んでるってことはプランクトン、微生物が少ないと、簡単に、簡潔に言えるけれど、つまりそれは生態系が無いってこと。微生物がいなければ、虫がおらず、虫がいなければ、魚がいない、魚がいなければ…」


「人がいなかったと言う訳か」

落ち延びた武人、その一人や、家族が逃れるには、隠れるには良い場所ではあろう。


「しかし、追っ手は止まなかった。名のある武士だったのか、悪名か、知らないけれど、何処からか来た、追いかけてきた者に、家族を殺された」

「惨殺された。バラバラにされた。研いだ刃物でスッパリ切られた」

 淡々と、タンタカタンと述べる。まるで、おとぎ話でも語るように、現実味を見失うように。


「それを返り討ちにしたのが、人斬り河童。落ちた髪がそれに見えたか。返り血が皮膚を赤くでも見せたか」


「いや、しかし待て待て。それだとすると時代に異変がないか?」


「お、鋭いね。そうだよ、河童の姿が今の容姿になったのは約18世紀半ば。世間に情報の広がったのが19世紀って言われてる。壇ノ浦の戦いが起こった時代は、寿永4年、1185年。河童というのが、この国には生まれてさえいなかった」

「つまり、後付けってことだわね」

 後付けの歴史、BMWにもそんな話があったような気がする。後付けが有名になった話は、少なくともある。

 この河童は落武者の姿と、伝聞の伝説の生物が一体化し、体系化したものなのか。


「平家の落人、堕ちた話。落ちて、落ち延びて、堕ちていく話。結果、その噂は伝わり、この地で河童へと姿を変容させたと」


「それが河童伝説の真実か」


「真実かどうかは定かでないけれど、少なくとも限りなく、残っている情報だけだとね」

やけに何事かを隠しているような口ぶりを取る。

 赤のソファに、白い腕大大と伸びる。足を組み合われせ、堂々とする。


「これまでじゃあ、終わらないよ。だって言ったじゃん一部始終の一部始なんだって」


「いや、しかしもう纏まっているはずだろう」


「纏まっていないよ。じゃあ問題、何故この地には伝聞しか残らなかったのか?」

 唐突な問題。伝聞しか残せない理由。字が皆分からなかったとか。紙がなかったとか、それなら岩でも掘れば良い。紙がないなら、岩を掘れば良いじゃない。

かのマリイワントワネットの言葉ってか。


「つまらん、真面目に考えろよ。京介君」

すみません。

 えと、伝聞。伝える方法、伝聞、聞くと言ってはいるが、少なくとも会話は必要でない。伝言ゲームがあるからね、音は絶対条件から外れる。


 いや、待て、待て。そもそも、何かを伝えるための方法が言葉である必要は無いのではないか。その時代の人には学の有無はすでに関係無いのでは。


 つまり、そう絵を描くとか、字でなくとも、伝えることは出来る。絵は十分なコミュニケーションツールであるはずだ。

絵心なんてなくとも、僕だって絵しりとりくらいやった。

何故、残っていない。


「散策の結果、およそこのあたりの壁面から、人の生活を伺えるものは無かった。これはあたしと君とで、確認したはずだよ」

「では何故無かったのか」


 バンっと、手を叩いた。両手を神に祈るようにして、ニ礼も無ければ、ニ拍手目も無いけれど、大きな音を発する。


「と、ここまでなんだよ」


「何故、ここまでなんだ?今から、佳境じゃ無いか、伝聞の真実が語られよう時じゃ無いのか?」


「あたしだって、話たいのは山々だよ。でも出来ないからしないんだよ。だからさ、ここまでが一部始終の一部始なんだって。起承転結して起承転なんだって」

「聞こうとしたんだけれど、忙しいのはやっぱり止められなかったの」

 なるほど、だからこそ、彼女は無駄話などと言う、時間を使ったのだと判断する。

 女将の口ぶりがどうとか言ったが、違う。特段、変哲もなく、性懲りも無く、ただこの大学生は自分の知識欲に真っ当に従っていただけなのだ。


「話すと全く、全く疲れたよ」

 グーっと上に大きく伸びをする。腕の背景は赤から、黒へと移動する。組まれた足はソファの上へと移動し、無作法にもあぐらをかく。


 そろそろ、僕も部屋に戻らねば。そう思いながら、懐に入れたものを見やる。先ほど、団子ちゃんとの会話の後、包んでもらったのである。包んでというか、握ってもらった。


「京介〜」

女の声。対象をうまく認識できなかった僕は小鳥に対して確認を取る。


「何か言ったか?」


「いんや、あたしは何も言ってないよ」

「でも確かに聞こえたよ。間違いない、ロリの声だ」

 ちょっと危なっかしい、言葉選びの達人はそう言ってから身構える。低く、腰を備えて、戦闘体制ならぬ、捕縛体制である。


 廊下から、小さな足音。ペタペタ。こっちに近づいてくる、廊下のオレンジ色に弾き出される物体が影を伸ばす。


白い足が視界から、現れる。


咄嗟。

飛び込む大学生。

危ない奴。

 クラウチングスタートから始まる、その鋭敏な動きは、間違いなく捕縛用のそれには感じなかった。


 最初はなっからトップスピード。ハープーンさながら、獲物に向かう。白魚の足に、かぶりつく。


 爆音の後、衝突。立つ埃など、この綺麗な旅館には一粒も無かった。

漫然、床と大学生がキスしていた。


 倒れ込む大学生。その淫靡とかけ離れる、色気の無い四つん這い(腕は伸ばして二つん這い)の上。

 白と黒の少女。偉そうな腕組み。


「京介、腹が減った」

堂々たる、弱座よわりざ切落きりおだった。


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