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向背的レイクサイド8

18

5分前。

「話す前に女将には話を通しておくっす」

と言って、行って、戻って現在、すぐさま意気揚々と、爛々とさせた双眸持つ頭をふらつかせ、楽しそうに業務している彼女、働き者従業員。秋足あきたしカエラ。


「僕は本当に行くのか?」


「本当に行くっす」

 不安が拭えなさすぎるのだが、面接が急に予定に入り込んだみたいだ。そもそも冷静に考えれば僕は一体こんな山奥の旅館に来て、何をしているのかと言われれば、やることがあったでは無いか。

 違うか?いや、違うくない。


 僕はなぜ、こんな窮地に立たされているのか、この野郎。


 従業員を睨みつける。気付いた彼女はこちらに手をひらひら。やはり、似ている。

 今日1日で、2度も瞬く間に振り回されている。

 デジャヴがすごい。宿木やどりぎ小鳥ことり、秋足カエラ。現代の女性、すごい。


「ただ、あれっすよ。本当の、本当に行きたく無いと言うのなら、それでもいいっすけど、女将に話は通しましたから、もうすでに、流れるままに当の本人も知ってると思うっすよ、つまり待ってるっすよ」

 分かってる。厄介な現実をわかりやすく要約してくれて、ありがとさん。分かってるけど、やりたく無いことってのは現実には多く存在するんだ。それを嫌だと口にするのはみんな同じだ。それを我慢するのが、大人だ。


「嫌な大人像っすね。嫌なら、逃げればいいのに」

ことを推し進めた当人が言うセリフでは無いと思うけれど。そもそも、こんな山奥に逃げ場なんて無い。


「逃げる、つまりは会わないってことっすけど、本当にその気なら、成功するっすよ。確率も100%、これは直感でもなく、リアルの話っす」

やけに決めつけがましく言う姿に嫌な予感がよぎる。

 彼女の弁じゃないけれど、直感だ。追求するべきか、しないべきか。


「『この旅館は来ようと思っても来れる場所ではない』これは女将のよく言う文句っす。そんな運命性を兼ね備えた建物に対して、あの部屋は違うと思うっす。『選べる』っす」

「選択できるっす、これがどう言うことか、どう意味させるかは、あなた次第っすけど」


「分からないな。分からない。君は何が言いたい?」


「分かるように言ってないっすから。だから、言うなれば直感っす。ぜーんぶ直感っす」

説明のする気など、これっぽちも無いのがありありと体から伝わってくる。

 箒をふりふり、はたきをパタパタ、働き者で結構だ。結構で、厄介だ。

 これでは僕こそが、彼女の仕事を邪魔しているだけの厄介者のようじゃ無いか。それを分かった上で、仕事に力を入れてそうな所があるから褒められない。

 彼女もそんな所で褒めてもらおうとは思っていないだろうけれど、彼女が欲しいのは結局、おまけなのだろうから。


「怖がりすぎなんすよ。ガキじゃ無いんすから。パーっと行って、ピューっと帰ってくれば良いんすよ」

 今日日、バイトの面接だってそんなに簡便に済ませられないと聞くぜ。確かに、これは面接では一切ないし、見定められる自分なんてとうに信用のカケラも無いのだが。

 だからと言って、怖いものは怖い。鬼だぜ、鬼。


「大丈夫っすから、鬼、鬼、言い過ぎなんすよ。実際会ってみたらそんな事ないっすよ。確かに、小鬼ゴブリンほど、矮小って訳じゃ無いっすけど、大鬼オーガって程大きく無いっすから」

 ゴブリンとオーガって。あの、純性和の人ってイメージのあの鉄黒錠先生に洋風の鬼を並べ立てられるとは思わなかった。けれど、これは僕の中で思いもよらない、イメージ戦略、印象操作を可能にした。


 鬼というと、桃太郎と、赤鬼、青鬼が即座に、限定的に思いついてしまうが、ゴブリンとオーガ、RPGの敵モブもいい所で、それに比較されたのは印象を抑えるというか、イメージを弱々しくさせる効果を発揮したのだ。


 発想の勝利。やっぱり、現代の女性、すごい。


「ああ、そうだな。すまない、大人気なかったな、もう落ち着いた」

 ここまで、付き合ってもらった。お膳立てしてもらった。据え膳というのは正しくこういう意味かは分からないが、食ってやろう。チャンスを食ってやろう。

 毒を喰らわば、皿までだ。


「やっと行く気になったんすね。逃げるのと同じくらい、立ち向かうのは大事っす」

左右に振れる箒の手を止め、こちらへと向き直り改めて、笑みを持ってこちらに従業員は話しかける。


「ではでは、行く気に、本気でなったという事で、言っておく事は言っておくっす」

「部屋に入ったらなんすけど、絶対に奥まで入り込まないで下さいよ。どこまで行っていいのかと聞かれれば、入ったらおよそ分かるっす。そして、なぜ奥まで入ってはいけないのか、入って欲しく無いのか、それもまた入ったら分かるっす」

意味深に、けれど事も無げにつらつらと禁止事項を言いあげる。

 遊園地のパークスタッフのような、他人行儀、距離感を感じた。

 規定事項。ルール。そういったような、絶対に破ってはならない不文律を説明するだけの置物のような無機質。


秋足カエラ。

 それまでを僕に伝えるとそそくさと、およそ溜まりに溜まっているはずであろう、おまけを回収する旅に出かけた。


「はてさて、また1人だ」

無意に声に出したのは、1人であることの確認であると、僕は確認する。


 決して、巨大とは言えないこの旅館。けれど、左右を見渡せど、人一人も見えやしなくなった。

 僕と、扉があるだけである。


 重々しい扉。自分の部屋と何一つ変わらないはずのその黒々とした扉に、触れずとも重さがある。

 緊張感が増長し、扉を内側から押し固めているのである。

 ノブに触れる、これは軽かった。下げること自体には、抵抗は感じない。グッと、押し込む。


 そのまま、落差激しい重量の黒扉を軽やかに押しひらけた。

 ノックをしていないことに気がついたのは、ドアが大きく、大きく開かれた後だった。


 調度、変わらない。僕の部屋との違いはそこに居た人物が、殺し屋か、作家か程度のものである。

 正確に言えば、殺し屋には道具が、作家には万年筆と原稿用紙が対応して、机の上に置かれていた。


 あと違うとすれば…


 秋足カエラは言った。どこまで入ってもいいか。線が引いてある。明らかな白線。


 僕はギリギリを攻めず、その10センチほど手前に立つ。


 なぜ奥まで入ってはならないか。彼女がいう通り、これもすぐハッキリした。


 かの御仁は明らかにとこに伏していた。青ざめ、弱々しく、ハリのすり減った露出する肌、力無く布団からはみ出る腕の血管、そして、布団を大きく膨らませる腹部。その彼が発しうる情報の全てが彼が健常でないことを物語っていた。


「あぁ、やって来たか。若人よ。それ以上は寄るなよ。若人よ」

 力強かった。あまりにも、あまりにも強い声だった。真実、そこから発されている声だと、認識するまでに数秒のラグが生じるほどだった。


 この男はまさしく、かの『黒鬼』である。何も衰えてなどいない。恐ろしいほどのその現実が空気を震わせる。


 はは、緊張で死んじまうかな。それなら、それでアリだが。


「ワシは鉄黒錠てつこくじょう鉄鍵てっけん、作家じゃ。して若人、お前は何という」


「僕は浮向うわむき京介きょうすけ、しがない男です」

自嘲として、出来上がる僕の自己紹介。

決まりきらない、自己紹介。

 ゆっくりと、話のゴングはこうして、打ち鳴らされたのである。




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