07.『とあるイベント』の真実
ラスボス戦、決着です。
皆んな仲良く振り出しに戻る。
「……こりゃあ反則じゃねえか」
狂四郎は己の手のひらを交互に見てそう呟いた。
力を得てからゆっくりと膝に手を突いて起き上がり、穏やかな顔付きになってそう言うのだ。先ほどまでフランクに痛めつけられてずっと地面に突っ伏していた狂四郎は私の魔法を受けて歯を食いしばるように起きあがってきた。
魔法は体力の回復を前提にしていない。
あくまで『ただの能力の底上げ』だから狂四郎は『魔法のお陰で』立ち上がれたのではない。狂四郎はその粗野な口調からは想像出来ないほどにケチだったようで、まるで近所のスーパーのチラシを見比べる主婦のような感想を口にしてきた。
「……行けそう?」
「おう、力が溢れ出てくるわ。と言うか行かねえと勿体ねえ。せっかくアイシアが魔法をかけてくれたんじゃねえか」
「何が勿体無いの? 魔法?」
「バーカ、ちげえよ。惚れた女が力をくれたんじゃねえか、ケーキ入刀の前に新郎新婦の最初の共同作業と洒落込もうじゃねえか」
狂四郎はとても穏やかな雰囲気でそう言ってきた。
力を得ると人は人格が変わる人もいるらしいから少しだけ心配していたけど、彼はそんなものには無縁だったようだ。彼は私から力を得たことが嬉しいと言う。
きゃー。好きな人に面と向かって堂々と、それもイケメンに言われたら恥ずかしくて顔が真っ赤に染まってしまう。それを止められるほど私は器用じゃないんですけどー。
フランクは私の魔法に驚いたようで、掴んでいた私を離していた。その反動で私は地面に尻餅を突いてしまい、座りながら狂四郎を見上げて話していた。すると幸四郎はゆっくりと私に歩み寄ってきていた。
彼は二十代半ばで私は10歳の子供、元々の身長差があった故に狂四郎がしゃがみ込んでも視線は同じ高さには来ない。だから彼は私の頬を優しく掴み持ち上げてなんと唇を重ねてきたのだ。
まだフランクをどうにもしていないのに、と思うも私はそれに身を委ねた。
そして狂四郎は「ぷはあっ」と言いながら唇を離すと私に向かってこの行動の意味を口にした。
「上書き、消毒だ。テメエの唇は俺だけのモンだ……、柔らけえなあ。ハマっちまいそうだ」
「あのー、私って10歳なんですけど?」
「う、ううううっせえよ!! 中身はちげえだろうが!! ……もう一回だけ良いか?」
狂四郎は蕩けそうな表情でもう一度だけ私にキスを求めてきたけど、私は首を横に振ってお断りした。別に彼とのキスが嫌だった訳ではない。だけど今はそれよりも優先すべきことが目の前にあると私は言いたかったのだ。
恐ろしいほどのイケメンオーラを放ち狂四郎は私に壁ドンならぬ顎クイをして来る、出来るなら飽きるまで彼とキスを続けたい。だけどその私たちをワナワナと体を震わせて怒りをぶつけてくる人がすぐ近くにいるのだ。
無論フランクだ。
私はもはや哀れみしか彼に向けられない、名残惜しく狂四郎の唇から距離を置いてから私は彼をジッと見つけた。そして視線をそのままに私は狂四郎に決着を着けるように懇願した。
「狂四郎、終わらせてあげて。殿下は……この人は悲しすぎるよ」
「だな、俺もギリギリだから手加減出来ねえけど、それは勘弁してくれや」
狂四郎は静かに立ち上がってフランクを睨み付けながら歩き出した。バキバキと拳を鳴らして、「今から殴るぞ?」と意思表示をしていた。そしてフランクに一言も言葉を発することを許さずに拳を放っていた。
身体能力が底上げされたから狂四郎の拳は私などでは残像しか視認出来ず、一瞬で決着が着いてしまった。そして狂四郎の拳に屈したフランクは元から軽かったからか派手に吹っ飛ばされて地面に倒れ込んでいた。
ズササと音を鳴らしながらフランクは悔しさを滲ませて呟き出したのだ。私はその言葉に唇を奪われたことも忘れて大粒の涙を零してしまう。フランクのその様子に彼も本当は被害者だったのだと思い知らされてしまった訳だ。
「くっそお!! どうして誰も俺を甘えさせてくれなんだ!? どうして……僕は甘えが許されないんだ」
彼は王族だ、普通の子供のように甘えは許されない。『家臣に本音を漏らすな、本音を見せてしまうと不幸を巻き起こす』、私の父、ブラトニー公爵は言っていた。ゲームの記憶などがごっちゃになってはいるが、父は主人たるもの常に建前で話せ。そうでなくば家臣らは主人を思い、苦しませる事になると言っていた。
つまり主人が容易に本音を漏らせば、それに応えようとする家臣に皺寄せが行くと言いたかったらしい。
王族ならばそれも顕著になろう、フランクの言葉は的を得ていない。だが彼にとって不幸があったとすれば、やはり王妃との時間が無かったこと。僅かでも王妃に甘えられればこのような暴走は無かったと思う。
私はフランクに静かに歩み寄って、目の前でしゃがみ込んだ。そして覆い被さるように彼の胸を枕にしながら私はフランクに話しかけていた。
ゆっくりと子供をあやすように、それこそ母親の如く寝かし付けるように話していった。
「殿下、だからと言って自国や他国の民衆に甘えを強要するのはお門違いです」
「……王族だからか? 昔、帝王学の教科書に書いてあった、兵卒や市民に責任を負わせてはならないと。それか?」
私はフランクの胸の上で首を横に振って彼の答えを否定した。
「王妃殿下がそう望まれたからです」
「母上が? 俺は知らないぞ、どうしてお前が知っているんだ!?」
この先にある集落、ゲームの中ではそこで『とあるイベント』が発生する。それはフランクルートの強制イベントでヒロインはその集落で王妃の思い出に触れることになる。その集落はフランクを産んだ王妃の療養のためにと国王が密かに作った集落だったのだ。
そこで王妃はまだ赤子のフランクと共に過ごす。
そして王妃はフランクにある言葉を送るのだ。
『愛している』と、シンプルながらたった一言を満面の笑みで吐息を立ってる赤子のフランクに囁くのだ。
「あなたは王妃殿下に甘えられなかったかも知れません。でも愛されなかったのですか? 王妃は殿下を愛していなかったのでしょうか?」
「そんなことは無い、母上は俺を愛してくれていた。俺に笑顔であれと、そう願って俺に『フランク』と名付けてくれたんだ!!」
「じゃあちゃんと笑って下さい」
「母上は死ぬ間際に言ってくれたんだ、愛してるって。そう言ってくれたんだ!!」
フランクは号泣しながら力強くそう言ってきた。お前に言われなくとも分かっていると、そう主張するように叫んでいた。フランクから溢れ出るものは全て彼の本音だった。私は彼の家臣じゃない、ならば好きなだけ本音を語って欲しいと願い私は彼の頭を母親のように優しく撫でた。
フランクは「母上、母上」と言葉にならない声を漏らして泣きじゃくっては、上半身だけ起こして私に抱きついてくる。まるで王妃に甘えられなかった分を私で補充するように胸の中で泣いていた。
これには後ろで全てを見ていた狂四郎もお手上げだと言わんばかりのジェスチャーを取って肩をすくめていた。そして私が振り向いて彼に笑いかけると狂四郎は呆れながら首を横に振って力尽きたのか、そのまま地面に座り込んでいた。
「テメエは本当に良い女だなあ、惚れなおしたわ。なんか子供が欲しくなっちまったなー」
「私、まだ10歳なんですけどー?」
狂四郎はしみじみとそう呟いて空を見上げていた。泣きじゃくるフランクの頭を撫でながら私はジト目で狂四郎を牽制していた。私は恋愛偏差値がゼロだ。だからこれ以上のことはキャパオーバーだと、キス以上のことをされたら絶対に持たないから止めろと狂四郎に視線で念をおす。
すると狂四郎は何かを爆発させて「あーーーーーー!!」と空に向かって叫んで倒れ込んでいった。彼の行動で思い出したけど、実は私も限界だったのだ。そしてフランクも吐息を立てて眠っていた。
ここからは一切覚えていない。
私たち三人は気を失ってその場に倒れ込んでしまったのだ。そしてそれから程なくして近くで私たちを探していた執事たちによって発見されることとなり、全ては振り出しに戻ってしまうのだ。
私に狂四郎、そしてフランクの物語は連れ戻されたブリトニー邸にて再開することとなる。
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