05.悪役令嬢の覚悟とラスボスの本性
王子の本性が明らかになります。正直にところ、描いていてここまでする必要あったかな? とも思いましたが、お付き合い頂ければ幸いです。
「おらあ!!」
「投げ技か、君も随分と興味深い格闘技を使うね」
狂四郎はフランクの懐に入り込んで背負い投げを繰り出していた。だがその投げ技も身体能力を底上げしたフランクには意味がなさなかったらしく、容易に着地を取られてしまった。
そしてフランクはまたしても狂四郎の顔を剣で叩く。
「うああああ!!」
「見苦しいと思わないの? 好きな女性を前に無意味にもがくだなんて理解に苦しむよ」
「るせえ、好いた女を奪われるのを黙って見てろって言うのか!?」
「本当に強情だな、これは腕の一本でも切り落とさないとダメみたいだね」
「それくらいの覚悟は出来てんだよ、警官になった時から市民の皆様に平和をお届けするために命を張ってやんよ、ってな!!」
「警官、……聞き覚えのない職業だ。もしかして君は異国の人?」
狂四郎に興味があるのかそうでないのか、フランクは彼を圧倒しながら至って平然と会話を続ける。そして驚くべきことは他にもあるのだ。
彼は王族でありながら警官の狂四郎を追い詰めるほどに剣技を極めていた。フランクは魔法で身体能力を底上げしている、その事実があるから忘れがちだけど、そもそもフランクは10歳。
そんな少年が如何に魔法を使っても大人の狂四郎をここまで圧倒出来るのかと私は疑問を抱いていた。二人の条件を比較すると意外と拮抗した戦力の筈なのに、と思い出していたのだ。
そうなるとフランクの戦力が元々高かった、と考えるのが無難なのだけど本当にそうなのだろうか? 私の心に妙なシコリが残る、そして何かを忘れていた様な気がしてウンウンと唸りながら腕を組んで思い出してみた。
…………あ!!
思い出した、そう言えばフランクの攻略後のエンディングにそんな記述があった。私はそこまで細かい性格をしていないからすっかりと忘れていたのだ。そして思い出すと途端に決壊したダムの如く記憶が蘇っていく。
そうだ、この情報はフランクルートのエンディングの最後の文章にあったのだ。確かあれは私が徹夜をしてまで頑張ってフランクを攻略した時のこと、そのエンディングに用意されたあまりにも完成度の高いスチルに私は泣いて感動したのだ。
そしてそのスチルに魅入るあまりテロップを流し読みしていたことを思い出した。そのスチルにはこう書かれていた。
『ヒロインはフランク・ボナパルトを内助の功で支えて戦神誕生の影の立役者となるのだが、それはまだ誰も知らない遠い未来の話』
ーーーー戦神。
元々フランクは戦の才能があると言う設定だったんだ!!
だから10歳でここまで強いんだ、と言うか運営の雑な設定をここまで反映させなくても良いんじゃないの!? だって狂四郎がボロボロにされて立っているのが苦しそうに見えるのだから私に不安は募るばかりだ。
そして遂に狂四郎は警棒でフランクの攻撃を受け止められなくなって、まるで風に吹かれるように尻餅を突いて倒れ込んでしまった。その狂四郎の首元にフランクの剣が突き付けられる。
私は恐ろしくなって咄嗟に動き出した。
恐ろしいと思ったのは私が殺されるからとか捕縛されるからとかでは無い。ただ純粋に狂四郎を失ってしまうと言う恐怖に負けてしまったのだ。
私が動き出して倒れ込む狂四郎を庇う様に二人の間に割って入るとフランクは不機嫌そうに右目を痙攣させていた。そして後ろの狂四郎は弱々しく私に話しかけてくる。
「テメエ……は俺が守るって言っただろうが」
「いや、絶対に引かない。私だって足手纏いになんてなりたくない」
「いやはや、アイシア嬢は本当に聖女の様ですね。噂通りです」
フランクは笑顔を浮かべているが、その声色からは彼の怒りの感情が伝わってくる。だけど今だけは絶対に私も引きたくない。
先ほどまではビクビクオドオドと怯えているのみだったけど、好きな人が殺されるのを指を咥えて見てるだけだなんて絶対にしたくない。
狂四郎は守ってくれると言ってくれたけど、この世界に転生してきて思い知ったことがあった。それは私は元いた世界では完全に死んでいると言うこと。交通事故に遭ったのだから当たり前だと言われるかも知れない。
だけど転移してきた狂四郎を見てもしかしたら生き返れるかも、とも一瞬だけ考えたのだ。でも私は元いた世界の名前をいまだに思い出せずにいる。もっと言えば親の顔すらも思い出せないのだ。
私は完全にこっちの世界の人間になってしまった。
それらを整理すると一つの答えに行き着く、狂四郎がいなくなったら私は本当にこの世界で一人ぼっち。この世界の名前もあって両親も健在、その両親との思い出もゲームで設定されていたアイシアの野望も覚えている。
だけど私はそれだけなのだ。
私は狂四郎がいなくなったらこの世界で空っぽのまま生きていく事になる。私は自分勝手かも知れないけど、彼とこの世界にいたい。狂四郎にだって家族や大切な人がいるのだろうに、自分だけそんな事を考えて私は最低の人間だと心の中で自嘲してしまった。
それでも、狂四郎は私を守ると言ってくれた。その言葉の真意は彼自信が元いた世界を捨てると決意してくれたと言うこと。だったら私はそれを黙って見ているだけで良い筈がない。
私は傍観者を気取る気はサラサラない!!
殺すなら私も一緒に殺せと、目でフランクに訴えかける。するとフランクは全身を震わせながら私に話しかけてきた。今にも噴火しそうな火山を強引に抑え込んで彼は静かに口を開いていった。
「アイシア嬢、あなたも良い加減に目を覚ましたら如何ですか? そんな何処の馬の骨とも分からない怪しげな男に熱を上げて、聖女と噂されるあなたならば分かりますよね?」
「どうかご慈悲を、私はただの女の子として死なせて下さい」
「つまりブラトニー公爵とは一切の繋がりを持たぬ他人と言い張るのですか?」
「私がアイシア・ブラトニーでしたら公爵様も連名でお咎めを受けましょう。ですが私はご令嬢に『そっくりなだけの女の子』、庶民が王族に無礼を働いて手打ちにあっただけにして頂きたいのです」
「……そんな男のどこが良いのですか?」
「彼は私の全てを受け入れてくれました、ならば彼が死ねば私もその彼を追うのみ」
私は跪いて神に祈りを捧げるが如くフランクに礼を尽くして懇願した。そして遂に宣言してしまったのだ、もしも狂四郎が死ねば私も一緒に死ぬと。私はフランクの婚約者、まだ10歳だけど貴族と王族の間ならばそれは子供の約束ではすまない。
王家とブラトニー公爵家の間で交わされた確かな誓約なのだ。それを私は一方的に破棄すると宣言したわけだ。そうなれば私は殺されてもおかしくはない、そしてブラトニー公爵家もその責を負ってお家お取り潰しの沙汰を受けてもおかしくはない。
この世界に転生してから降って湧いた様な記憶だけど、私の中にはその両親との思い出が詰まっている。ならば私のやるべきことは狂四郎と命を共にすること、そして育ててくれた両親に迷惑をかけないことだ。
私は覚悟を示すため、狂四郎の首元に突き付けられた刃をソッと己の頸に当てて「ご自由に」とだけ言って全て沙汰をフランクに委ねた。
それしかない、私が出来ることは祈るのみ。祈って己の命を懸けてフランクの心に縋るしかないのだ。
ふと時間が止まる。
そして止まった時間は何の前触れもなく動き出す。
時間は最悪の展開で動き出して私と狂四郎をトコトンまで追いつけてくるのだ。フランクは怒りを爆発させて軽さも礼儀正しさも鳴りを潜めた荒々しい口調で私を罵倒し始めた。身動きの取れない狂四郎は悔しそうにその光景を目にしてギリギリと歯軋りを立てていた。
私はこれが本当にフランクなのだと知っていた。それはそうだ、私はゲームで散々に彼を攻略しようと躍起になったのだから。私はゲームを通じてこれも彼なのだと受け止めてただ静かに耳を傾けるのみだった。
「黙って俺のモノになっていれば良いものを、女風情が己の価値を語るのか!?」
「申し訳ございません」
「ゴミはいつもそうだ、俺は第一王子だぞ!? いずれは王位を継承してこの国を強くする男だ、女は黙って俺を支えていれば良いのだ!!」
「私では役不足です、殿下にはもっと相応しい女性がおりましょう」
「聖女、それがお前の役目だ。お前はただ隣にいれば良い、人形となり国民に笑顔を振り撒いていれば良いのだ!! それだけで充分、人形風情が意思を持つなど図々しいにも程がある!!」
「使えぬ玩具はいずれ捨てられる運命、ならば私を今ここでお捨てください」
私は着飾ったドレスが土で塗れるなど忘れてフランクに土下座をして彼の言葉に答えた。するとフランクがその私に歩み寄ってくる、そして目の前に立つなりしゃがみ込んで私の顎を持って強引に上げてきた。
私とフランクの目線が重なった。
するとフランクは私を睨んで強引に唇を奪ってきた。私は訳も分からず混乱して強引にフランクを振り解こうとした、だがフランクはそれでも解放してくれず私は彼の唇を噛んで力尽くで遠ざけた。
フランクの口から血が滴り落ちる。ポタポタと流れる血をフランクは凝視して私に言い放ってきた。
「舐めろ、貴様が不敬にも零した王族の血だ。犬の様に這いずって綺麗にしろ」
フランク・ボナパルト、この国の第一王子。そして乙女ゲーム『薔薇が彩る庭園にて』のメイン攻略対象だが、彼には重要な欠点が存在する。
フランクはその欠点を私と狂四郎の前で晒す事になるのだ。
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