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Return②.躍動する悪役令嬢

 私の悪い癖、アクション願望が詰まった回で初期から思案してたのですが、それを描くととても短編に収まらないと諦めていたパート。


 では、どぞー。

「うわあ!? 聖女が光ってる!?」

「……平伏しなさい」


 私は私を押さえつける強盗の腕を強引に振り解いて脱出を試みた。そして腕を解くなり銀行の床に手を突いて足を上に蹴り上げた。ドカ!! と派手な音を上げて私は強盗の顎を蹴り抜いた。


 すると強盗は驚きを隠せずに悲鳴を上げて後ろによろめいていた。そしてその光景を見ていた他の仲間たちはなんの前触れもなく私に向かって発砲を始めていた。


 私を殺せば彼らには助かる道はないと言うのに、それすらも分からないようで強盗たちは焦ったように私を攻撃し始めた。


「……遅いわ」


 そんな強盗の間抜けな行為になど力を得た私は屈しない。私はその場から大きく動いて発砲を回避した。


 『悪役令嬢モンク』、これはゲームクリアの特典で発生するアクションゲームに登場する職業だ。そのゲームでは本編で悪役だったアイシアが主人公となって国の征服を目指すことになる。


 そしてその中には幾つかの職業が準備されており、モンクはそのうちの一つだ。最も俊敏性に富んで攻撃力を誇るこの職業の前にたかが銀行強盗の拳銃など無意味。私は涼しい顔で強盗たちを圧倒していく。




 私のパンチが子供を脅す強盗の顔にめり込んでいく。メキメキと音を立てて私のパンチは振り抜かれていった。すると強盗は良く聞き取れない悲鳴を上げて吹っ飛ばされていった。


「ゴッはああばあじゃあ!!」

「……僕、大丈夫?」

「せ、聖女様?」


 人質にされていた子供に話しかけるとその子は目の前で何が起こったかが分からない、と言った様子でポカーンと口を開けて呆けていた。その親も同様で「ええ……?」と押し出すように声を吐き出して目をパチクリと動かす。


 私は公爵家の令嬢でその令嬢が強盗を圧倒する。今まさに子供を押さえつけていたその強盗を軽々と私が押さえつける事実を事実としてその親は受け入れられないのだろう。令嬢など関係なく10歳の少女が拳銃を所持した大人を押さえつけてはそう言う反応にもなるかな?



 とは言え状況の把握はここまで。



 これ以上は返って危険、それは他にも強盗が残っているからだ。私は押さえつけていた強盗が気絶したのを確認するとスッと立ち上がって次の標的を睨み付けた。残りは三人、だが反応はそれぞれだった。


 一人は怯えて「ひ、ひい!!」と叫んでいるけど残り二人は違う。私はまずは与し易そうな方を選んで走り出していた。小柄な体躯を活かしつつ低い姿勢を保って強盗の懐に入った。


 そして強盗の顎に目掛けてアッパーを放り込む。強盗は「あ、あ、が」と呟きながら前のめりに倒れてくる。私はそんな強盗をすり抜けて今後は怯える方の強盗を抑えにかかる、と言ってもソイツはすぐ左にいたから鳩尾に蹴りを入れるのみ。



 これで強盗は残り一人、私はキッと目を強めてソイツを視線で射抜いた。


 コイツだけは絶対に許さない、それはそうだ。コイツは私の付き添いをしてくれているメイドを人質に取っているのだから。何よりも許せないのはこの強盗はメイドを私と同様に下卑た目で見ていたこと。


 下品なコイツらに相応しくメイドのスカートを拳銃で持ち上げて舌なめずりをしながら彼女の生足を鑑賞して楽しんでいたのだから。今更謝ったって絶対に許してあげないんだから。


 絶対にお前だけは許さないと視線だけでは物足らないと感じて敢えて口にして己の感情を強盗にぶつけた。だがその強盗は己自身が人質を確保しているからか仲間が全てのされても態度を一向に崩さない。


「ウチのメイドをモノ扱いするんじゃないわよ」


 そして私と舌戦を望んでいるのかメイドの眉間にゴリゴリと銃口を当てながら表情を歪めながら彼は口を開いていった。


「召使いなんて貴族様からすればモノ同然だろう? テメエの親父だって好き勝手につまみ食いしてんじゃねえのかあ?」

「アンタ、ウチのメイドを怖がらせるだけじゃ飽き足らずお父様まで……」

「アンタも公爵様からご寵愛とかってのを貰ってるんじゃねえのか?」

「だ、旦那様はそのような人では断じてありません!!」

「じゃああれか? 実の娘で楽しんでるからメイドじゃ物足りないってわけか、ハッハ!! 笑えるじゃねえか、ロリコン公爵様にバンザイだ!!」


 強盗は貴族に何か恨みでもあるのだろうか? 私の目の前で父を侮辱したかと思えば、メイドと父の関係を軽はずみな発想で深掘りしようとする。父は清廉潔白な人格者だからそんなことはないとメイドも即座に否定をするが、強盗はまたしても私を挑発にかかるのだ。


 もはや理由は要らなかった。



 私のやることは一つ、この場から全力で走り出して強盗に向かって攻撃を放り込むだけだった。と言っても実は拳を痛めている、初めての戦闘と言うこともあり使い慣れない拳を使っていたからなのかも知れない。


 大の大人を相手取って拳からジワジワと痛みが込み上げる。


 だから手をクルリと回転させて拳を掌底の形に変えてから力一杯強盗の顎を目掛けてぶち込んだ。既に私の怒りは頂点に達しており、手加減なんて出来る精神状態じゃなかったから顎が割れる音が聞こえた。



 ゴキンと鈍い音が響くと人質に取られていたメイドは必死になって逃げだす。おそらくメイドの立場にも関わらず私を守れなくて情けないと思ったのだろう。頭を抱えながら「申し訳ございません!!」と叫びながら私の後ろの回り込んでいた。


 そして何度も私に呟くのだ、「怖かった、恐ろしかった」と。


 私は彼女をあやすように頭を撫でて彼女の勘違いを指摘する。目の前では強盗が大きな音を立てて前のめりに崩れ落ちる様子を確認するとメイドもようやく安堵して落ち着いたようで私の言葉に涙交じりながらしっかりと耳を傾けてきた。


「主人たるものメイドを守らないとね」

「で、ですがそれでは立場が逆では……」

「いつもお世話して貰ってるんだから困ったら助けるのは当たり前じゃない」

「うううう……、お嬢様は女神様か何かですかああああああ!?」


 メイドは私の背中にしがみ付いて離れない。そして恐ろしかったと号泣を止めないものだから私は呆れてため息を吐きながら更に彼女をあやす。


 そして一段落つくと銀行員が歓声をあげて私を称えてきた。「聖女様は可愛い上に強いだなんて凄え!!」とか「可愛いは正義よ!!」などと散々に持ち上げてくれる。私はつい照れてしまい、ポリポリと頭を掻く仕草を見せる。



 場は最高潮となる、拍手喝采とともに銀行のお偉いさんだろうか、スーツ姿の中年男性が私の前に現れてまたしても散々にお礼を口にした。そして誰かが「おい、まずは騎士団の詰所に連絡だ!!」と言い出す。


 当然だ、銀行強盗ともなればそれは国の安全を司る部門への連絡は当たり前。その管轄はこの国では騎士団がそうだ。事態が収拾を見せると一気に雪崩の如く後始末の作業が開始されたのだ。




 すると人は油断をするもので目的に盲目になると作業に速度が求められる。


 速度が求められれば雑さが浮き彫りとなっていく、つまり銀行にいた職員もお客も私にしか目が行かなくなるのだ。そして当の私も周囲が見えなくなっていた。そんな私にメイドは背中越しでガクガクと震えた様子を伝えてくる。


 私に抱きついているのだから震えはダイレクトに伝わってくるのだ。そしてそれに気づいた私はまだ事態が解決していないと気付く。それと同時にメイドがそれを言葉にして私に伝えてくるのだ。




 強盗はまだ動けたのだ。




「お嬢様、強盗が!!」

「……さっきも言ったわよね? ウチのメイドを怖がらせるんじゃないわよ!!」

「知らねえよ!! こちとら貴族様に人生を不意にされたんだ、だったらテメエがそれを受け止めやがれ!! それが筋ってもんだ!!」


 強盗は両手で拳銃を構えて私に銃口を向けてきていた。そして顎を撃ち抜かれたからだろう、彼は口から大量の血を滴らせながら己の人生を簡潔に述べてきた。


 貴族に人生を不意にされた? つまりこの強盗たちは貴族に何かしらの恨みがあると言うことなの? だけどもし仮にそれが不幸なことだとしても、他人を傷つけて良い理由にはならない。


 私はメイドの手か静かに離れて小さく跳躍していた。そして動きづらいドレスをビリビリに破りながら右足で強盗の手を蹴り抜いた。すると強盗の悔しそうな声と共に拳銃は音を立てて床を滑っていく。


 普通の人間だったら弾き飛ばされた拳銃を目で追いかけるだろう。だがこの強盗はそう言った本能を拒絶して私を恨めしそうに睨み付けるのだ。ギリギリと歯軋りをするものだから彼の口からこぼれ落ちる血の量がどんどん増えていく。


 これは後で事情を聞かないとな、この強盗は絶対に何かを隠してる。何よりも先ほどの貴族に恨みがあるような発言、私は次の蹴りの動作に移りながら敵の本質を考えていた。



 そして強盗の顔面に私の左足が回転蹴りで放り込まれる。



 最初の蹴りの勢いを利用しているから恐ろしいほどに威力を誇った回転蹴りとなって私の左足がゴキン!! と金属の衝撃のような音を立てて敵を無力化していた。そして私は泡を吹きながら気絶した強盗を見下ろしてから静かに着地して周囲を見渡す。



 今度こそは全ての敵を倒し切ったと確認するためだ、残りの強盗で意識があるものは全員手をあげて降参の意思表示をしていた。


 私はホッと安堵して「疲れたー」と呟くと再びメイドが後ろから抱き付いてきた。そして銀行全体が今度こそ事件が解決したと強盗を紐で縛り付けながら湧き上がっていた。まるで野球のスター選手がホームランを放ったように熱気が立ち込める。



 先ほど私が助けた子供などは親共々私へのお礼にと何度も頭を下げながら「恩返しにご奉公させて下さい!!」と言ってくる。



 まあ、本心はそう言うのも嬉しいのだけどね。



 だけど今の私にはやる事があった。周囲の反応に照れを見せつつも、それは後でとジェスチャーで周囲の人々に伝えてから騎士団に連絡を取ろうとしていた銀行のお偉いさんにお願いを口にしていた。


 だが一瞬だけ気絶した銀行強盗に視線を向けたからか、お偉いさんは私の考えを察したらしく私が全てを話す前に部下に指示を出していた。


「この銀行の責任者ですよね? 一つだけお願いがあるんですけど」

「君、騎士団の詰所に早急に連絡を。それからアイシア様が同行をお望みだと付け足しておいてくれ、……これで宜しいでしょうか?」

「うん、完璧。ありがとう」


 私はまるで町娘のような笑顔を振り撒いてお礼をするとお偉いさんはどう言うわけか慌てふためきながらアワアワとしていた。そしてこれまたどう言うわけか突然カメラを取り出しては私を激写する。



 この世界は個人情報とかプライバシーの侵害と言った概念が存在しないようです。

 


 だがそれでもこれにて銀行強盗の事件は解決した、私は騎士団に同行を求めなくとも事件に大きく関わった参考人として事情聴取を求められた。



 しかし本当に事件とは人の知らないところで起きるもので、その時になって見落としに気付くのだ。銀行のお偉いさんが私を激写した行動の意味、あれはどうやら銀行なりの私へのズレた感謝の印だったようです。



 強盗が発生したその日を銀行が『聖女の日』として大々的に告知することになるのだ。そしてその銀行の至る所に私のポスターが貼られるようになってしまい、気が付けば私はアイドルの如く広告塔に仕立て上げられてしまったのだ。


 もはや完全に空回りの感謝の気持ちだった。


 笑顔の私に回転蹴りをして生足が露となった私、結婚前の女の子にはとても耐えきれないポスターを銀行が作りやがったのだ。そしてそれを私が抗議しようと思い、行動に移そうとするや否いや、それをどこで入手して来たのか父までもがデレデレになって私のポスターを鑑賞しだすのだ。




 その日以来、私は新聞の一面に取り上げられて銀行内は私のポスターまみれ。実家の父の書斎も私のグッズまみれとなり私は大きく頭を抱えてしまうこととなった。



 『聖女、アイシア・ブラトニー様の格闘家デビューが間近!!』が新聞の一面のタイトルでした。オリンピックでメダルを獲得した選手はこう言うものなのかな、と私は一人部屋の片隅で悲しみに暮れるのだった。




 頼むからポスターにするなら事務所を通してくれません!? あ、事務所と言ってもあの父だから満面の笑みで「ウチのアイシアは可愛いからオッケー」とか言いそうだ。



 完全に詰みじゃん!! 私はその日の夜、寝ながらにして霊体的な何かを口から吐き出していた。

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