Period.悪役令嬢、ヒロインに告白される
後日談の第二弾、と言うよりもストーリーの終着点です。
ここまで読んで頂いた読者様に感謝を申しあげます、よろしければ最後までお付き合い頂ければ至福に存じます。
「オワタ」
周囲が騒然となった、私の漏らした一言でメイドたちがザワザワと一斉に騒ぎ出すのだ。当の私はと言えばガクリと肩を落として落ち込んだ感情をアウトプットすべく膝を突いて地面に突っ伏していた。
ここは王都の大通り、公爵家の令嬢が大粒の涙を流すものだから通行人までもがざわついている。女の子グループが「ねえ、あれって聖女様じゃないの?」と私を指差しながらヒソヒソと話す声が耳に届く。
だが今の私にはそんな体裁を気にする余裕などなかったのだ。
それほどまでに落ち込む私だったが、世界の終わりに直面したような面持ちで「うううう……」と唸る公爵家令嬢に付き添いのメイドたちは心配の声をかけてきた。
「お、お嬢様? どうされたのですか? 本日はお嬢様も楽しみにされていた外出の日ではありませんか?」
「財布を……屋敷に忘れちゃった」
「で、でしたらまた後日……」
「あれ……、本日限定発売なの」
私は泣きながらとある店舗を指差した。その指の先にあるものは人気鍛治職人作の剣、あの剣を狂四郎にプレゼントしようと思って気合を入れて入店したにも関わらずやらかしてしまった。
私との結婚を目標に日々の公務を頑張る彼に細やかなプレゼントでもと思ってはきりった結果がこれかと己のおっちょこちょいを呪ってしまった。そして人目を憚らず泣きじゃくる私に店員らしき可愛い女の子が「あ、あのー。公爵家のご令嬢ですし、後払いでも構いませんよ?」と気を遣ってくれる。
だが流石にそれはマズいと思い私は即座にお断りをした。
「……貴族だからって特別扱いはダメ」
「聖女様と誉高いアイシア様にご購入頂ければ当店としても鼻が高いのです」
「……やっぱりダメ。これを買うために一生懸命節約したり朝から並んでる人を見たら……」
首を横に振って特別扱いをキッパリとお断りした。
そう言って突っぱねるとどう言うわけか私に向かって拍手喝采が向けられてしまった。「やべえ、俺アイリス様のファンになっちゃったよ」とか「きゃー!! あんなに可愛いのに健気で泣ける……」などと良く分からない称賛を通行人が送ってくれる。
終いには通行人だけでなくメイドたちも含めたその場の全員によって私は胴上げをされるのだ。
「きゃー!! スカートがあああ!! 下着が見えちゃうから止めてええええええ!!」
私は空中に飛ばされながらドレスの裾を必死になって押さえる。そしてようやく場の空気が落ち着くと私は地面にへたり込んでげっそりとしながら疲れたと言わんばかりに息切れをしていた。
そんな疲労を全面に押し出す私だったが、ここでも相変わらず油断をしていたのだ。
私がふと上を見上げると一人の人物と視線が重なる。
グレゴリー近衛騎士団長だ。
彼は私の存在に気付いたようで笑顔を振り撒いて歩み寄ってくる。公務なのだろう、彼は騎士団の正装を着込んだ状態で笑顔で私に話しかけてきた。
「出来る女のおっちょこちょいは萌えますな」
「……通報しますよ?」
「いやあ、聖女様から通報されるならば本望。はっはっは」
だから以前にセクハラだって言ったよね?
私はダンディーな攻略対象に対してジト目で抗議すると変態発言を爽やかな笑顔で流されてしまった。「はあ……、ため息が勿体無い」と私が嫌味を言うとグレゴリーは「はっはっは、聖女様のため息ならば温暖化も浄化してくれそうですな」と嫌味なのかなんなのかすら分からないコメントを返してくる。
運営はダンディーおじ様というポジションをどう捉えているのか、私は再び運営に対しての不信感を深めると当の本人はキョトンとした表情で「?」と首を傾げてくる。
そんな本人も自覚していない生まれながらにして背負ったサガを今更愚痴ったところでどうにもならないと、私は本日最大級のため息を吐きながらスッと立ち上がった。するとメイドがサッとドレスの汚れを払ってくれて、私は綺麗になるなり淑女の礼を取った。
するとグレゴリーは公衆の面前にも関わらずわざとらしく膝を突いてくる。公爵家の令嬢と近衛騎士団長、この世界における有名人二人が王都とは言え店舗の立ち並ぶ大通りでこんなやり取りをするものだから周囲も本格的にざわつき出す。
私は目立ってしまい失敗したと思って周囲にも礼を取って丁寧に「失礼しました」と言うとどう言うわけか二度目の胴上げをされてしまった。そしてその胴上げに今度はグレゴリーまでもが参加するものだから「セクハラ!!」と叫んで強制的に終わらせた。
そして地面に降ろされてメイドたちによって再びドレスを綺麗にされて、本日何度目かのため息を区切りとして私はグレゴリーに彼がここにいる理由を問いかけた。
「騎士団長殿は一体どうされたのですか?」
「先日のあなたがご提案された花壇の件、陛下が正式に触れを出しまして。その件で罷り越しました」
「え!? もう公募されたのですか!?」
「はい。あなたが部屋を出たと同時に」
早っ!!
五年の年月をかけないとあのレベルの案も出せないのに、動くとなると電光石火の如く動き出す国王に私は本気で呆れてしまった。そう思い呆然と口を開けているとグレゴリーは豪快に笑って何事もなかったかのように再び口を開いた。
そしてこのグレゴリーがここにいる理由が私自身の運命を大きく左右することになると気付かされることになったのだ。
グレゴリーは私が訪れた店舗を指差して静かに語り出す。
「この店舗の従業員が引いた図面が陛下の目に止まりましてな。それで私自らが足を運んで設計者に会いに来ました」
私はグレゴリーの指差す方向を凝視した。すると先ほど私に話しかけてきた店員の女の子がチョコンとそこに立っている。私は絶句してしまった、と言うよりもどうして気が付かなかったのかと思わず頭を抱えてしまったのだ。
先ほどの女の子、可愛いと感じたのは当たり前だった。それはそうだ、この女の子は『薔薇が彩る庭園にて』の正式なヒロインだったのだ!!
ギャーーーーーーーーー!! と言うかヒロインって武器屋の一人娘だった、完全に忘れてました!!
そして一つのことを思い出すとまるで詰まった水道管工事の如く、一気に水が噴射するように記憶が私の脳内に雪崩れ込んでくる。そうだ、これは隠しキャラのルートだ。
この光景を私は見たことがある、これは隠しキャラ専用のスチルだった。
隠しキャラの攻略ルート発生は第一王子のフランク攻略が絶対条件だったのだ。その隠しキャラとは国王陛下その人、そうだ、国王陛下の攻略ルートは悪役令嬢のアイシア・ブラトニーが王妃の弔い方を助言することから始まるのだ。
え!? じゃあこれって強制イベント!?
と言うか私ってフランクを攻略してたの!?
ああ、またしても思い出した。そうだ、ストーリーの流れで徐々に国王陛下の覚えが良くなるヒロインをアイシアは嫉妬によって刺し殺そうとするのだ。ヒロインは公の場に出るとアイシアの上辺だけの人気など一瞬で抜き去って、当のアイシアによってそれを盛大に嫉妬される。
そしてアイシアはその凶器をヒロインの実家で購入する。
おおおおおおお……、セーフ!!
あっぶねえ、私は危うく己の破滅ルートを己自身で切り開くところだった。そしておっちょこちょいで財布を忘れてきた私、グッジョブ!! 狂四郎には悪いけど、私グッジョブ!!
私は公衆の面前で心の中で派手なガッツポーズを取っていた。そしてそんな心情を隠しながら淑女らしくグレゴリーに探りを入れてみた。
これは重要なことだ、私の破滅を回避するためにやらねばならない私だけの強制イベント。私は頬を叩くが如く気合を入れ直して笑顔を浮かべてグレゴリーに話しかけた。と言うかヒロインが私を凝視してくるよー、緊張するー。
あると思います!!
「それで陛下は女の子を王宮に?」
「おや? アイシア嬢は設計者が女の子だとご存知なのですかな?」
またやらかした!!
しまった、そうだった。グレゴリーは設計者が女の子だなんて一言も言っていないじゃない。私は心の中でマグマさえも冷やしそうなほどの冷たさを誇る冷や汗を掻きながら言い訳を考え出すも、勘違いしたグレゴリーによって過大評価を受けることになる。
「え……っと、なんとなくと言うか、女の勘?」
「ふむ、そうですか。もしやアイシア嬢はこの武器屋の娘の才能を見抜いておられた。だから陛下にあのようなご助言をされたのかな?」
んなわけあるかい!!
ヤッベー、グレゴリーが私のことを「いやはや、私だけでなく陛下すらも手玉ですか」と恐ろしいことを口走る。そして私とグレゴリーのやり取りを最初から見ていた女の子、つまりヒロインまでもがキラキラとした視線で私に向けてくるのだ。
そして私はここに来てヒロインの魅力を思い知ることになる。
彼女は良く見れば、いや良く見なくとも美少女だったのだ。そして彼女のキラキラとした視線が私に襲いかかる、ヤッベー、既に私自身がヒロインの魅力に攻略されかかってます。
グレゴリーの私への過大評価はさらに加速する。
「なるほどなるほど、つまり本日は道化となった陛下をほくそ笑むためにこの店舗に査察に参ったわけですな?」
「え!?」
「いやあ、ご謙遜は不要ですぞ? 陛下も仰っておりました。アイシア嬢は10歳なのに後妻にしたいほどの才女だと」
国王陛下自身があの噂をギャグに引用しちゃった!?
こうして私は自らが転生した世界で知らずのうちに己を追い込むことになる隠しキャラの攻略ルートのトリガーを引いてしまった。そして公衆の面前で恐ろしいほどに評価を上げてしまうのだ。
しかもそれが国家の軍部における最高責任者、国王陛下の右腕とも称される人物の発言からだったものだから国民の間にもの凄い速度で広まっていく。そしてそんな私に羨望の眼差しをメイドたちが向けてくる。
「やはりお嬢様はクソ王子とじゃ釣り合わなかったのね!!」と大声で言うものだから周囲の通行人までもが狂ったように「クソ王子!! クソ王子!!」と騒ぎ出す。この後、フランクのあだ名は「クソ王子」と全国民によって認知されることとなった。
そして私に羨望の眼差しを向けるもう一人の人物、ヒロインこと『アン・シンデレラ』。私は引き攣った笑顔で彼女に笑いかけていた。そして彼女の発した一言によって私は思い知るのだ、もはや引き返せないと。
国王陛下の攻略ルートの開始が宣誓されるのだった。
「ア、アイシア様のお導きに私、アン・シンデレラの一生涯を賭けて報いてみせます!!」
あぎゃーーーーーーー!! それってヒロインが国王と結ばれる時に言うセリフーーーーー!?
「あ、ハハハハ。……運営め、このタイミングで強制イベントなんて発生させやがって……」
私の呟きは天高く登っていって風に流されていくのだった。
どうやら私の苦労はまだまだ続くようです。
Period.
ここで悪役令嬢ものは終わり、アイシア・ブラトニーの生涯はピリオドです。
転生して王子とバトって、愛されて勝手に評価を上げていく。そんな自分の人生の舵を取れないヒロインの話はここからどこに行くのかは読者の皆様次第となります。この後も色々と構想は練っていたのですが、私個人としてはこのくらいが丁度イイかなと感じてのピリオドです。
もしかしたら更なる後日談を単話で描くかも知れませんが、ソレはまだ未定。次回作はずっと描きたかったファンタジーものを描いていこうと思います。とは言ってもソレがいつになるのかもストーリーの構築次第ですので、一気に長編を描くのではなくチョイチョイと短編を書き綴ろうと考えてます。
またお目に書かれたらその時はぜひよろしくお願いします。
では皆様に良き未来が在らんことを。




