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異世界ダンジョる

 きゅんきゅん鳴いているポチを撫でて適当に構ってあげているふりをしつつ、その実ほったらかしにして異世界ネットで調べてみると、俺の部屋と繋がってしまったのは、地球とよく似た環境を持つ惑星コメニスター。

 文明レベルは、地球とほぼ同程度。つまり、人類は月にまで行ったことがあるけど他の惑星にはまだ行けていない程度。

 あとは、世界旅行もできるし、ネット環境も整っている、といった感じ。


 けれどもこの惑星コメニスターには未開の土地がたくさんあって、そこにはモンスターがうようよと生息しているとか。

 スキルとか魔法とかがあるみたいで、地球とは、ちょっと違う摂理が働いているっぽい。宇宙が違うのかもしれない。


 このダンジョンがコメニスターのどこにあるか、ネットがつながるなら異世界GPSとかで分かるんじゃないかと思って、スマホを持ってダンジョンの方に行ってみた。


 部屋からそんなに離れていないので、Wi-Fiのお陰で通信はできる。

 けれど、マップで現在位置は特定できなかった。がっかり。


 そのうち、スマホ先輩は『ダンジョン探索に役立つスマホアプリはこちら!』なるバーナーを表示してくれた。

 さすがスマホ先輩。いつもならうざったいだけだけど、今は本当に助かる。


「あ、これ本当に役立ちそう」


 基本無料のアプリ、『ステータス鑑定アプリ』なるものがあった。

 さっそく異世界ダウンロードし、自分の顔をカメラ機能で撮影、俺のステータスを表示させてみる。


 俺

 職業 召喚士サマナー

 スキル 異片世界商ワールド・エンド・マーチャンタイズ

 年齢22歳

 攻撃力 犬の力を借りないと声をかける度胸も出ない

 防御力 綺麗なお姉さんに言い寄られると避けられない

 俊敏性 犬に追い抜かれる程度

 運の良さ 17歳の学祭で使いつくした

 女神のひと言 「まあ、本人が楽しければ、それでいいんじゃない?」


「誰だ、女神」


 なんだそのつかず離れずの心地よい距離感のアドバイスは。お前は俺の彼女か。


 ともあれ、このアプリの優れたところは、パーティを組んだ仲間とデータを共有することで、仲間の残り体力やMPなんかを確認しながら戦うことができる、というところだ。

 今は仲間がいないため必要ないが、パーティ探索にはうってつけで、これでラインのようにメッセージを飛ばしあい、みんなでわいわい楽しめるアプリだそうだ。パーティの認識ってこれであってる?

 追加課金で色々な機能がついてくるらしいが、今のところ必要ないだろう。


 構ってくれないポチがきゃんきゃん俺に向かって吠えていたので、それ以上の探索は諦めて部屋に戻った。


「待ってろよ、ポチ。もうちょっとでお散歩できるからな」


 ポチは、ダンジョンの方を気にして、うろうろと歩き回っていた。怖がりだから、1人じゃいけないのは分かっている。もうちょっと待っててくれよ。


 異世界ネットで『ダンジョン探索 初心者』を検索してみると、ずらり、とクエストが並んだ。

 アイテム収集の依頼に、モンスターの討伐依頼。


 中でも、トップに出てきたサイトが冒険者ギルドオンラインBGO。

 依頼者と冒険者の橋渡しをするマッチングサイトのようだ。


「へぇー、モンスターの素材を郵送したら、報償が貰えるんだ、へぇー」


 郵送でいいんだ。

 ギルドのむくつけき男たちにびくびくしながら受付に並ばなくてもいいんだ。

 今どきの異世界は進んでいる。

 そりゃそうだ、いつまでも中世ファンタジーの世界じゃいられないよな。


 さらに、異世界YouTubeでは、モンスターと戦闘する戦士のハウツーが公開されていた。

 異世界でも、男子小学生の憧れの職業は、動画投稿者みたいだ。


 戦っている相手は、ぶにぶにした体を持つスライムや、ちっこいこびとみたいなゴブリン。

 おっと、SやGって言うんだったっけ。


 ダンジョンで出てくるのは、基本的にそういったモンスターばかりらしい。

 なんかみんな簡単そうに倒しているので、俺にも出来そうな気がしてきて、テンションマックスになった。


「よし!」


 俺は覚悟を決めた。ダンジョン探索、やってみるか!

 隣でなかばふてくされていたポチの頭を、ふかふかっと撫でてやる。


「よし、待ってろよ、いま装備を調えてくるからな!」


 半眼で呆れるポチさまを部屋に置きっぱなしにして、電車で2駅先のドンキホーテに向かい、必要最低限の装備を買いそろえてきた。

 まずはライト付きヘルメットに、軍手に手ぬぐい。ピッケルがあればマインクラフトっぽくなるかと思ったが、スコップがあるので余裕があるときにする。スコップって最強の武器なんだぜ。


 動画では靴が重要、とあったので、長時間はいていても疲れの来ない軽いシューズにして、ロッククライミングみたいに絶壁を降りていくことを想定して、10メートルのザイルやハーネスも装備。

 まあ、実際に絶壁を降りていかなきゃならない場面に出くわしたら、ムリせず絶壁を避けて回り道していくけど、備えあれば患いなしだ。


 さらに、万が一の場合に備えて、アパートの近所にある病院の場所も把握しておいた。電話番号を電話帳に登録。

 モンスターとの戦闘になっても、ムリして戦わず、ケガをしたら真っ先にここに飛び込む。

 車の常備品である発煙筒も買っておいた。暗闇に住むモンスターの目くらましには最適だろう。

 あとは、両手が自由に使えるチョーカーバッグ。そして、ダンジョンでモンスターを倒しても、調理して食べられるとは限らないので、水や携帯食料をどっさり入れておいた。


 なによりも、必須なのはスマホの情報だ。

 Wi-Fi通信ができる範囲内なら、なにか困難に直面したとき、異世界ネット掲示板で質問することもできる。


『ダンジョン探索中のおまいらの質問にダンジョンマスターの俺が答えるスレ』なるスレッドが立っていたので、お気に入り登録する。

 顔も種族もわからないが、なかなか丁寧な受け答えをするダンジョンマスター(自称ドルイド僧)に質問をぶつけてみるつもりだ。


 全部装備したら、割とずっしりした。

 部屋の真ん中に垂れ下がる電灯の紐をゴブリンに見立て、シャドーイングを繰り返したのだが、たった10分ほどで汗をかいた。1日2日じゃ無理だこれ。


「よし、準備は万端だ。ポチ、行くぞ!」


 ふてくされていたポチに呼びかけてみたのだが、ポチの姿は見当たらなかった。

 涼しい風を取り入れるために、押し入れの引き戸を開けていたので、ひょっとして勝手にダンジョン探索をはじめちゃったんじゃないか、と思いつつ、暗闇をのぞき込んでみた。


 きゃんきゃん! と吠え声がして、暗闇からててて、と駆けてくるポチ。

 びっくりした、犬は暗闇でも割と平気なんだよな。


「勝手に行くなよ。よし、ポチ、行くぞ!」


 ポチの首輪にロープをつけて、右手にスコップ、左手にビニール袋と、お散歩用グッズを提げ、散歩者としてのマナーも忘れない。


 ダンジョン探索の第一歩を踏み出し、ヘッドライトの明かりでじりじり、と暗闇を照らしながら、すり足で移動する。

 ポチがガンガン俺を引っ張って先に行こうとしているが、俺も小型犬のポチに振り回されるほど軟弱ではない。

 敵がいない事を確認したら数歩進み、壁にスコップで印をつけ、また敵がいないことを確認してから数歩進む、を繰り返し、モンスターが1匹も出現していないうちから右手がどうも痛くなってきたので、目印はほどほどにつけることにした。


 洞窟のど真ん中に、なにか光るものを見つけた俺は、ポチの首輪をぐいっと引っ張った。


「待て、ポチ。不用意に近づくな。罠の恐れもあるからな。ぜったいに近づくなよ。いいか、俺が合図するまで、ぜったいに近づくんじゃないぞ。わかったな!」


 しかし、ポチはいつの間にか首輪抜けの技術を会得していたらしく、「不用意に」の辺りですぽっと首輪を外し、「罠の恐れ」の辺りですでになにか光るものの匂いをふんふんと嗅ぎ、前足でかちかちつついていた。

 ポチと俺の噛み合わないチームワークが光る。ポチのお陰で、罠は無さそうだと判断した俺は、それを拾い上げてみる。


 ぼんやりと光っている、謎のクリスタル。

 ガラス細工ではなさそうだ。けっこう堅い。

 まるで意思を持っているかのように、光が強くなったり弱くなったりする。


「おい、まてポチ……! こ、この石、石なのに……!」


 俺は、謎のクリスタルの光の明滅にあわせて、呼吸を整えた。


「意思を持っているぞ……!」


 俺とポチは、にやり、と笑みを交わした。

 もし俺が他の探索者とパーティを組んでいたら、今後クリスタルを見つけるたびに言われ続けていたであろう、記念碑的なギャグであった。

 他に探索者がいないのが残念だな。


 ポケットにクリスタルを入れて部屋に戻ってみた。

 BGOのクエストに、こういう石を集めている、という素材の収集クエストがあるかもしれない。


「さーて、問題はどうやって郵送するかだよな……」


 異世界ネットで調べてみると、アイテムの郵送は最寄りのコンビニでできるそうだが、地球のコンビニから異世界まで送られるとは書いていない。


 ひょっとすると、地球と異世界を繋ぐ謎の力を持ったここの大家だか惑星コメニスターの女神だかに頼む必要があるのではあるまいか。


 一番確実なのは、ダンジョンを突破して地上に出ていくことだろう。

 だけど、それまでアイテム換金お預けとか、初心者にはちょっとハードルが高そうだ。

 ダンジョンマスターに質問をぶつけてみることにした。


「ダンジョンで石を見つけたのですが、ダンジョンから出られなくて郵送する方法がわかりません。どうしたらいいでしょうか?」


 写メを送るために、ポケットからクリスタルを取り出してみると、クリスタルは光を消して、ただのガラスになってしまっていた。

 おや、と思って、ダンジョンに持っていくと、またぼっと光が灯る。部屋に入れると、光が消える。どうやら、部屋とダンジョンはそれぞれ違う摂理が働いているみたいだ。


「長いこと部屋に置いといたせいで、光がつかなくなったとかあったら嫌だな……」


 昔、ノートパソコンのサブ機を購入して、セットアップだけして半月ぐらい放置したせいでバッテリーが干上がってしまい、電源を繋いでもしばらく充電すらはじまらなかったことがあった。

 クリスタルでも同じことがあったら嫌なので、今後はクリスタルが手に入るたびに、部屋の前に置いておくことになるだろう。


 手に入れたクリスタルを、一番光が強くなる引き戸の下に置き、写メを撮った。

 こうしてこの出入り口が、赤や青や紫の光を放つクリスタルでデコレーションされていって、そのうち秘密のバーの入り口みたいになっていく未来が想像できて、思わず笑みをこぼしてしまう。


 ダンジョンマスターからの答えは、すぐに戻ってきた。


「そんなアイテムなんか放っておいて、まずはダンジョンから生還する事を考えなさい」


 そりゃそうだ。ダンジョンマスター、良い事を言う。


「お願いです、どうやら俺は謎の呪いにかかってしまって、ダンジョンから出られないみたいなんです。気がついたら、体がこんな風になってしまって」


 と打ち込みつつ、ポチの写真を送ってみた。

 ちなみに、異世界にチワワのような可愛らしい生き物はいないらしく、しばらくの間スレッドは犬で大騒ぎになっていた。

 ポチは、「あれ? 俺また何かやっちゃいましたかね?」みたいに首をかしげていた。

 なんとかドルイド僧からの答えを引き出せた。


「お近くに召喚士サマナーがいませんか。郵送魔法ポストマンが使えるはずです」


郵送魔法ポストマンってなんですか?」


「詳しい事は私も知りませんが、指定した住所までアイテムを飛ばすことができるスキルです。召喚士サマナーは、レベル1からみんな使えるはずです」


 なるほど、郵送魔法ポストマンなんてのがあるのか。

 偶然にも俺の職業は召喚士サマナーだったな。




 異世界ネットで、初心者のための召喚士講座なるものをみつけた俺は、さっそく郵送魔法ポストマンを使って、クリスタルを送ってみることにした。


 まずは、ダンジョンの古代遺跡を探すことからはじめる。


 地面が少しばかり盛り上がっていて、魔法陣的な何かが書かれているのが古代遺跡だ。

 その真ん中に送りたい荷物をぽんと置く。送り先の住所を記入しておいて、あとは呪文を唱えるだけだ。


 しゅーん、と光に包まれて、クリスタルは消えていった。

 ポチの両手をもって、パンチの練習をさせながら待つことしばし。

 ふたたび、しゅーん、と光が溢れ、小包が魔法陣の真ん中に現れた。

 中を見ると、クエスト報酬の金貨1枚。

 おお。


 で、クエスト報酬の金貨1枚を、今度は郵送魔法ポストマンで異世界アマゾンに送る。

 しゅーん、と光に包まれて、金貨は消えていった。

 ポチの両手をもって、パンチの練習をさせながら待つことしばし。

 ふたたび、しゅーん、と光が溢れ、焼きたてのピザが湯気をたててあらわれた。


 おおおお。


 チーズが糸を引く美味しそうなピザだ。


「なんとか生きて行けそうな気がしてきたよ、ポチ」


 俺とポチ隊長は、嬉しそうな顔を見合わせた。

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