思い出のアルバム
「「なに見てるのー?」
肩越しにリンちゃんがのぞきこんできた。
「うん? アルバム」
と手にしたものをリンちゃんに見せる。
「ふーむ」と難しい顔をして、リンちゃんは目を凝らしていた。
「なにも見えないねー?」
「うん、なにも貼ってないからね」
手にしたアルバムは真っ白なのだった。
***
僕は写真を撮らない。
特別にこだわりがあるわけではないのだけれど、写真を撮る意味がよくわからないのだ。
写真にとっておくような輝かしい過去は……ないわけではない。
村は焼かれたけれど。
ただ、「写真にとってどうするの?」という疑問が浮かんでしまうのだ。
アルバムに貼って、とっておく。
そうやってとっておきたいものって、本当に写真なんだろうか。
***
学生のころノートがうまくとれなかったこと。
ノートをとれない代わりに予習をして、「ちゃんと授業の内容はわかってますよ」とうなずく癖がついたこと。
知り合いに騙されて借金を背負わされたこと。
その知り合いが潜伏しているという山小屋を襲撃したこと。
部屋に遊びに来た女の子がそのまま一か月近く帰ってくれなかったこと。
3日目から怖くてどうしようか悩んでいたこと。
新幹線で会社に行っていたころ、何度も電車を逃してマンガ喫茶に泊まっていたこと。
朝になって駅の近くでなんとなく時間をつぶしていたら、同じような人がたくさんいたこと。
そのときの空はどんよりとした青色だったこと。
おんぼろの部屋に住んで、おんぼろのライトバンで日本中を回って数億円を稼ぐおじさんのお手伝いをしていたこと。
わけのわからないお坊ちゃまの思い付きのわけのわからないイベント運営に走り回らされたこと。
リンちゃんが興味津々という様子で質問してくるので、アルバム片手にそんな昔の話をするのだった。
***
「ところでリンちゃんは写真を撮るの?」
「私? 私はとるよー!」
とリンちゃんはスマホを取り出してアルバムへ向けて、パシャリ。
「そうか、スマホがあるか。なら簡単に写真が撮れるよな」と僕は思うのだった。
「どういう写真撮るの?」
「うーん? 風景とか。気に入ったもの。忘れたくないもの」
「ふむふむ」
「このとき楽しかったー! とか。こういうこと思ってたんだあ! っていうこと。忘れないように!」
「なるほど。そういうことは、残しておきたいよね」
「うん!」
でも、それって写真じゃないよな、と思う。
残しておきたいものは写真には写っていない。
だから僕は、写真を大事にとっておくと、本当に残しておきたいものがすっぽり抜け落ちてしまうような気分になってしまうのだ。
一生懸命写真を撮るリンちゃんが、残しておきたいもの。
ずっと忘れないといい。
本当に大事なものを保存する。
たとえば全部カギ括弧に入れてみたりして。
そうやって思い出をぺったりアルバムに貼りつけられるようになるといいね、と思うのだった。」