召しませ!邪神様!~食べられたい私の話~
邪神様にどうしても食べられたい女の子の話。
丸呑み、という性癖があるのを皆様ご存じだろうか。
読んで字のごとく、巨大生物にぱくりと丸呑みにされる様に興奮する性癖である。
そしてこの私もその性癖を持っていた。
しかも「丸呑みされたい」方で。
自分よりはるかに強力な力を持った怪物になすすべもなく呑み込まれたい、という願望はあれど、割とこの現代日本では難しい。
アマゾンなんかに行けば巨大な蛇なんかが呑み込んでくれる可能性もあるがまあ可能性だけだ。確実性はない。
だが。
限界集落になりつつある地元が邪神様なんてものを祀っていたのが私にはよい方向に向かった。
邪神様は別にちゃんとした名前もあるのだが、その名前を語ることは禁止されているためとりあえず邪神様と呼んでいる。
その呼び名の通り、呪詛にたけた神様で祈れば子々孫々末代まで呪ってくれるという。
信仰している父の話によれば、今は封じられているがこの世に放たれれば滅亡の危機を起こすほどの力をお持ちらしい。
姿かたちは詳しくわかっていないが、視ることができる人によれば、巨大な蛇に人のパーツがでたらめに取り付けられたような姿をしているらしい。
邪神様の話を聞いて巨大な力と巨大なお姿をした邪神様に丸呑みされたい、と私が思ってしまうのはもう運命なのだろう。
そして村は私が供物になりたい、というのをそれはもう絶賛した。
因習だと若い人間が嫌うものを好むどころか、苦痛を伴ってさえその因習に従いたいと若い私が言い出したのだ。それはもう歓迎された。
そこからは邪神様の供物になるため、日々の研鑽が始まった。
食事に必ず一品は混ざる毒草、月に一度、村の太夫による呪詛祈祷。
苦痛は伴うが邪神様に美味しく丸呑みしていただくためだと思えばその苦痛も甘美なものに変わった。
私が供されるのは20年に一度の大祭の日だという。
指折り数えて丸呑みされる日を心待ちに毒と呪いで病んでいく身体を持たせた。
そして今日。
やっと邪神様に捧げられる日がきた。
20年ぶりの大祭に村は湧き、それはもうかってないほどの大宴会が開かれた。
そして禁足地となっている森への、立ち入りが20年ぶりに許可された。
森へ入れるのはそれでも供物となった私だけだ。
入り口で今生の別れを済ませ、といっても両親二人とも邪神様の信徒なのでそれはもう嫁入りかと言わんばかりに祝福されての出立だったが、鬱蒼とした森へと踏み込んだ。
どう進めばいいかは分からない。けれど確実にこちらだと、重苦しい人では与えられないようなプレッシャーが森の奥から届いてくる。
そのプレッシャーに逆らうように進んでいれば、そのうちずるりずるりという重たいものを引きずるような音と、明らかに人のうめき声が聞こえ始めた。
怖くはない。
それは邪神様の領域に入った知らせだからだ。
自然と頬が緩む。
着せられていた浴衣のような服を脱ぎ棄て全裸で足を進める。
ずるりずるりという音はもう耳の傍で聞こえていた。
途端に視界が黒くなる。山道を歩くために俯き加減になっていた顔をあげれば、そこに、いた。
黒々と長い胴体は蛇のような形をしていたが、人の腕と足がてんでばらばらにぽつぽつと生えていた。顔があるだろう部分には髪ともぼろ布とも分からない長い何かがまとわりつき、目だけがうかがい知ることができる。
その目も動物の物ではない、人間の目によく似た形をしていた。
ぐば、という鈍い音と共に口らしきものがひらく。大きく開いた口の奥には歪な形に並んだ歯のようなものと、蠕動する肉の筒が見えた。
理想の、邪神様だった。
人が逆らうことなど難しい異形の姿に大きな体躯、私なぞ丸呑みすることなんて簡単だろう口の大きさ。
今から食べていただけるのだと思うと逸る気のまま邪神様の前にスライディング土下座の勢いで身体を差し出した。
「どうぞ、お召し上がりください!」
そしてなぜか、食べられないまま、今に至る。
邪神様はそんなにお腹が空いていらっしゃらなかったのかもしれない。
その証拠に私を邪神様の領域に招いて眷属にしてくださっている。
それならば期待に応えて、非常食として頑張らねば!
そう心に決めて今日も領域に入ってきた人間に警告を出すのだ。
「邪神様に食べていただくのは私が一番初めなのだから帰ってください!」
と。