睡眠勇者は惰眠を貪りたい
「ふあぁ……」
眠い。もう限界だ。瞼が重い。この授業は睡眠用に特化した科目なのでは無いだろうか。
そう錯覚してしまうほど、僕には退屈な時間であった。
そして、意識がだんだんと心地よい暗闇の方へと沈んでいく。
『起きてください。もう、起きてくださいよー』
頭に声が響いてきた。だが、僕は絶対に起きることはない。睡眠ガチ勢は、一度睡眠体勢に入ると、授業終わりまで起きることはないのだ。
そう。僕は、三度の飯より睡眠が好きなのだ。
休日であれば、その日の大半は寝て過ごしている。
『おーい、聞こえてるんでしょー』
また頭に声が響いてきた。僕は起きることはない。
全く、睡眠ガチ勢を舐めないで貰いたい。
……だがよく考えてみたら、声は頭に響いてくるのだろうか。耳から聞こえると言うよりかは、直接頭に来ている気がする。
不自然に思った僕は、重い顔を上げた。
すると、どうだろう。黒板は無く、周りのクラスメイトは誰もいなかった。
白、白、白。
見渡しても白以外見えない。ここは、どこだ?
その疑問はすぐに解決することとなるが。
『ここは、転移の間。おめでとうございまーす、あなたは勇者として異世界に行くことになりまーす』
目の前にいた女性にそう告げられた。
じっくりと観察してみる。すれ違えば、誰もが振り返りそうな、綺麗な顔をしている。ひどく幻想的に輝く金色の瞳。その銀色の髪は風もないのに靡いている。
「拒否権は?」
『ないです』
拒否権は無いらしい。転移することに対しては何も思ってはいない。が、今聞いておくべき事がある。
「睡眠時間は十分取れます?」
『は?』
何言ってんだこいつ。と怪訝そうにその女性は僕を見た。
『ええ、取れますけど』
よし。その一言が聞けたなら一安心だ。いざ異世界で勇者して、睡眠が取れないって言ったら、僕は僕では無くなるだろう。
「それじゃあお願いします」
『えっ? ふざけるなーとか、チート能力くれーって言わないんですか?』
「言った方がいいなら言いますけど」
『いや、言わなくてもいいけどね。ここにくる人は、大抵皆そう言うから』
僕もそう言う事を言うと思ったのだろうか。
心外だ。僕は、そんな物より睡眠を希望する。寝れればそれで良いのだ。
「あ、じゃあどこでも安眠できる能力でもくださいよ」
『そんなのでいいの?』
そんなの扱いされた。全く、この人は睡眠の良さがわからないようだ。
「ええ。僕は寝れればどうでも良いので」
『そう』
女性はそう答えると、手を僕の前に突き出し、何かを唱え始めた。
『これで良し。っと』
僕の頭の中に色々な情報が濁流のように流れてきた。
『君が転移する世界の情報よ。そして君のステータスも送っておいたわ』
「ありがとうございます」
『それじゃあ、頑張ってね』
貴方の行く道に加護の在らん事を。
そう言われて僕は異世界へと送られた。あちらの世界ではどのような寝具が僕を待ち受けているだろうか。
「貴方様が、勇者様ですね!」
目の前にいた、いかにも位が高そうな服を着た少女が僕にそう聞いてきた。
「そうなんじゃない?」
僕がそう答えると、周りの大臣っぽい大人達がざわめき出した。
「皆の者静粛に。さて、よく我々の召喚に応じてくれた。異世界の勇者よ」
いかにも王様!っていう人がそう言った。
「ここは、グレヴェリード王国である。単刀直入に言う。勇者よ、魔王を討伐してくれんか?」
「良いですよ。そのためにここに来たんですから」
再び大臣達がどよめきだした。今度は、喜びの感情が見える。
「では、まず騎士団から戦闘訓練を受けて貰おう」
ヴェルリア、と王様が呼んだ。
「彼女から教えを乞うと良い。では、皆の者解散!」
そう言って、大臣達が退出していった。
「勇者様も行きましょう」
ヴェルリアさんにそう言われたので、大人しく付いていくことにした。
そうして、この世界から来て三年の月日が経った。
長い旅も終止符が打たれる。今日、魔王を討伐するのだ。
「ついにここまで来れたわね……」
僕の仲間達が少し、強ばった様子でそう言った。
「そうだね」
とだけ返した。
眠い。全く、十分に寝れなかったじゃ無いか。
詐欺師じゃ無いだろうか。あの僕をここに送り込んだ張本人は。
三年間色々あった。だが、僕の望む睡眠は、遂に手に入ることはなかった。
イライラする。さっさと帰って寝たい。
「さあ行きましょう!」
僕の仲間達がそう言った。
ちなみに三人いるが、自己紹介の時、眠すぎて聞いてなかったので、名前は知らない。
よくこんな状況でここまで来れたよな、と人事のように思った。
仰々しい椅子に、深々と座っている人物が見えた。
「よく来た勇者達よ! だが、貴様らはここで死ぬ! ここまで来た事を後悔すると良い!」
五月蝿い。こっちは寝不足なんだからもっと小さい声で喋ってくれよな。
そう思っていると、魔法を撃つ気配を感じたので、咄嗟に横へ飛んだ。
「ほう? 我の無詠唱魔法を避けるとはなかなかやるな」
「そいつはどうも」
こちらも負けじと反撃する。火系大魔法級、水系大魔法級を絶え間なく撃っているが、手応えはない。
「それは、攻撃しているつもりか?」
やはり効いていない。こちらの仲間に絶望の表情が浮かぶ。
「どうするの?!このままじゃ埒があかないわ!」
「僕が、斬ってくる。援護頼むよ」
そう言うや否や、僕は魔王との距離を詰めた。
「ちょっと!」
不満げな声を出しつつ援護をしてくれた。
「ふむ。いい太刀筋だ」
最も容易く受け止められてしまった。それでも、斬りつける事を止めない。
「だが、足りんな」
魔王の体から、強大なプレッシャーを放つのを感じた瞬間、僕の体は柱に叩きつけられた。
あ、やばい。眠い。
そう思った時には、もう遅かった。日々の疲れが溜まっていたようで、柱から立ち上がる事なく、僕は意識を飛ばした。
ふむ、いい太刀筋であった。
魔王、ヴェルデーニアは吹き飛ばした少年を見てそう思った。殺すには惜しい人材であったが。
「タツヤ!」
どうやら、仲間達が少年の身を案じているようだ。
甘いな。戦闘中だと言うのに。
駆け寄ろうとした、少女らに衝撃波を飛ばし、
「ふははははははは! 勇者は死んだ! 貴様らもそちらへ送ってやる!」
魔王はそう告げながら、多重詠唱を開始する。
詠唱するのは、火と風の古代魔術。詠唱時間がかなりかかるが、今の彼女らでは何の対処もしないだろう。
「そんな……」
彼女らの顔に絶望が浮かんでいる。勝った、そう確信した。
しかし、魔術を放つ前に、視界がぐらりと揺れた。
何が起こった? と言う疑問には答えが出なかった。
そして、視界が地面に着いた辺りで、思考する力は無くなった。
最期に見えた光景は、勇者と呼ばれる少年が、目をつぶりながら血の付いた剣を持っている所であった。
「勇者様、万歳!!」
あちこちからそんな声が聞こえてくる。
てんやわんやでお祭り状態だ。
魔王を討伐したから、戦勝パレードをすると言われて、顔を顰めた。僕は、さっさと帰って寝たい。
だが、強制的に参加させられてしまった。僕がいないと成り立たないそうだ。
三年もこの世界にいたが、結局、僕の心をくすぐるような素晴らしい寝具には会えなかった。
睡眠時間をしっかり取れるって聞いたのに。僕は満足するるほど眠れなかった。
あいつの顔を思い出してイライラしてきた。一発殴りたい。
そして、やはりと言うか、パレードの途中で寝てしまった。世界を救った勇者なのだから、これぐらいは許して欲しい。
暫くすると、あれほど五月蝿かった歓声が止んだので、思わず顔を上げた。
どうやら僕は、机に突っ伏していたようだ。あの教室の、あの授業の時だ。だが、授業自体は終わっていて、休み時間のようだった。
あの三年間は夢だったのだろうか?それにしては、なかなか濃い夢だと思うが。
だが、これだけは覚えておかなければならない。
異世界転移で案内するやつの言葉は信用しちゃいけないと言うことに。
お読みいただきありがとうございます。