7.王子様、告白す
「スタート!」
森久保の声で撮影が始まった。
颯爽と歩き出す莉英に続いて、少し遅れて足を踏み出す青柳。その表情は硬い。
「笑顔、笑顔! 拓斗、もうちょっと笑って!」
森久保がカメラのシャッターを切りながら、指示を出す。
青柳はニコッと笑うもその顔は引きつっていた。
対する莉英は堂々としたウォーキングで、表情も自然で柔らかい。
莉英本人に自覚はないが、今や莉英は正しくトップモデル『MARIE』の名に恥じない仕事をしているのだ。
「青柳くん、私、歩くペース早い?」
莉英の問いかけに青柳が動揺しながら答える。
「い、いや……早くはないよ……。いや、早いかな……いや、僕が遅いだけ……」
「もうちょっとゆっくり歩く?」
「う、ううん。いい」
いつもクールな青柳の動揺っぷりに森久保は
(拓斗もやっぱり純情な少年なんだな)
と心の中で笑った。
「いいよ、いいよ二人とも。じゃあそのまま普段の仕事でも学校の話でもなんでもいいから、適当に話しながら歩いてみて」
さらなる追い打ちをかける森久保。
青柳に課せられた指令など知りもしない莉英は、ごく自然に青柳に問いかけた。
「えーと、青柳くん。学校のほうはどう? 三年生になってクラス別れちゃったけど大丈夫?」
「え? あ、うん。大丈夫だよ」
「よかったー。試験の成績も良いし、さすが青柳くんだね!」
「そんなことないよ。全部松本さんのおかげだよ」
「私? 私は別に何も……」
「右も左もわからなかった僕に、ずっと付き添ってくれてたから。ありがとう」
「………」
莉英は胸がズキンと痛んだ。
記憶をなくしたのは自分が青柳を突き飛ばしたからだ。
非難されこそすれ、感謝される謂れはない。
「ごめんね、青柳くん」
「なんで謝るの?」
「だって、私のせいで青柳くんの記憶がなくなっちゃったんだもん……」
「もうそれは言いっこなしだよ。気にしないでって何度も言ってるじゃん」
実は事故以来、莉英は毎日のように青柳に謝罪の言葉を口にする。
何故、莉英が「私のせい」というのかは曖昧にはぐらかされるのだが、それでも莉英はことあるごとに謝罪してくるのだ。
青柳にとってはそれが不憫でたまらなかった。
なんとか莉英のその自分に対する後ろめたさを払拭させてあげたい。常々そう思っていた。
「松本さん。この際だから言っちゃうけど、記憶を失って得たものもあるんだよ?」
「え? なになに?」
「それはね……」
言うなり、莉英の手をギュッとつかむ。
「は、はひっ⁉」
「君を好きになったって気持ち」
「は、はひーーーっ⁉⁉」
思わず素っ頓狂な声を上げる莉英。
予想もしていなかった言葉にのけ反りそうになる。
(なになに? どういうこと? なにがどうなってるの?)
チラリとカメラを構える森久保を見ると、ニヤニヤ笑いながらシャッターを切っていた。
(あの人の指示かー!)
合点のいった莉英は、すぐさま青柳に合わせて手を握り返す。
「わ、私も大好きだよ! 青柳くんのこと!」
その言葉にブワッと顔を真っ赤に染める青柳。
これは撮影中の『演技』。それはわかっている。
でも、莉英にとっては本心で、二人とも恥ずかしくて死にそうだ。
「ほ、ほんとに?」
「うん! 大好き」
「嬉しいよ」
顔を真っ赤に染めながらも莉英はごく自然に青柳の腕に右腕を絡めた。
そんな莉英の左肩を青柳はそっと抱く。
そして、二人は幸せそうにカップルロードを歩いて行った。
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「いいよー、よかったよー。拓斗にMARIEちゃん。手を握ったあとの初々しい感じが最高だった! ごめんね、MARIEちゃん。拓斗には手を握れって指示してたんだよ」
カップルロードでの撮影が無事に終了し、労いの言葉をかける森久保。
一流カメラマンだけあって、フォローも忘れない。
「指示通りと言うよりは、拓斗本人が握りたくて握った感じでしたけどね」
少し離れた場所で撮影を見学していた保奈美が含みのある言い方をする。
その言葉に青柳は否定せずに顔を背けただけだった。
「あれ? 図星?」
森久保がわかっていながら保奈美の言葉に乗っかる。
青柳はプイッと今度は背中を向けてしまった。
いまいち状況を飲みこめていない莉英は青柳がからかわれてると思い、助け舟を出す。
「もう! 成田さんも森久保さんも青柳くんをからかわないでください! 青柳くんはプロなんだから本当っぽく握ってくれたんです! 私の気持ちを盛り上げるために告白までしてくれたんですから!」
「ま、松本さん!」
青柳が莉英の口を押えるも、時すでに遅し。
保奈美も森久保もお腹を抱えて笑い出した。
「こ、告白したの拓斗⁉ 撮影中に⁉ アハハ、あー!可笑しい」
「あはははは! やるなー、拓斗! やっぱ若者はこうでなくちゃ!」
何がなんだかわからない莉英は笑っている二人をポカンと眺めていた。
「わ、笑うなよ!」
青柳は青柳でそっぽを向いて不貞腐れる。
(え? なに? どういうこと? あの告白は指示じゃなかったの? 青柳くんの本心?)
チラリと目を向けると、青柳は「くっそー、タイミングまずった」とつぶやいていた。
◇◆◇
ラストのシーンでは、メインストリートを歩く高校生カップルの撮影ということで、用意された『制服』に着替えさせられ、車通りの多い場所へと移動させられた。
こういう場所での撮影は事前に許可はもらってはいるものの、危険が多い。
二人とも充分に注意を受けたあとでメインストリートでの撮影に臨んだ。
「今度は不意打ちしないよね?」
と念を押す莉英に、青柳は「しないよ」と静かに答えた。
(んー、あの告白、演技だったのか演技じゃなかったのか、どっちなんだろう)
莉英は上の空でメインストリートを歩きだした。
(普通に考えたら演技だよね? 私なんか、青柳くんが好きになるわけないし……)
思い返してても、青柳が自分を好きになる要素なんて何一つない。
怜奈のようみにオシャレでもないし、保奈美のようにできる女でもない。
他のモデルのように特別な美人というわけでもない。
強いてあげるなら、元々は地味な性格ゆえに庶民的で接しやすいところか。
(でも、もしあの告白が演技じゃなかったとしたら……)
「んー」と悩む莉英の耳に、青柳の声が飛び込んできた。
「松本さん、こっち!」
青柳の言葉にハッと我に返る。
気づけば、青柳と全然違う方向に歩いていた。
いつの間にか青柳の歩くメインストリートから逸れ、反対側の通りへと車道を横切ろうとしている。
「ああ、ようやく気付いてくれた! どうしたの⁉ そっちじゃないよ!」
「あー、ごめんなさい!」
莉英は慌てて向きを変え、メインストリートに引き返そうとした。
その刹那。
トラックのクラクションが莉英の耳に飛び込んできた。
「危ないっ! 松本さん……!!」
青柳が瞬時に飛び出し、突っ込んでくるトラックの前で立ちすくむ莉英の身を庇った。
バンッ…………!!!
「拓斗っ……!!!」
「MARIEちゃん!!」
その場のスタッフ全員が絶叫する。
莉英を抱きしめたまま青柳の体が宙に浮き、歩道へと叩きつけられたのだった。