6.王子様、心が動く
「うーん、美味しい~!」
莉英は口いっぱいにフルーツを頬張りながら幸せそうに笑った。
対する青柳は向かいの席に座ってお洒落にスムージーを飲んでいる。
「青柳くん、ここのパフェすごく美味しいよ! 食べる?」
「いや、僕はこのスムージーだけでいいよ」
「ええー! こんなに美味しいのに。もったいない」
莉英はそう言いながらフルーツパフェをこれでもかというほど口に含み、その美味しさに足をばたつかせた。
青柳はそんな彼女の豪快な食べっぷりを微笑みながら眺めている。
「にしても遅いね、成田さん。ここのパフェ食べて待ってろなんて言って、全然こない」
「撮影の準備に手間取ってるんでしょ」
ガラスタンブラーを手に取り、太いストローで新鮮なキーウィのスムージーをゆっくりと吸う青柳の目線の先には、親指を立てる保奈美がいた。
実はすでに撮影は始まっており、素の莉英の姿を撮りたいという森久保の意向に従って休憩中の彼女の姿をカメラにおさめていたのだ。
もちろん、それを知っているのは莉英以外の全スタッフで、肝心の莉英本人にはまったく伝えられてない。
莉英は自分の姿がカメラにおさめられてるなど露知らず、大口を開けてパフェを頬張っていた。
そんな彼女に青柳が言う。
「ここ、最近話題のフルーツパーラーで、インスタ映えするパフェが大人気なんだって」
「え⁉ そうなの⁉」
道理で美味しいわけだ。と莉英は思った。
「今は期間限定の国産イチゴが目玉らしくてね。運ばれてきた時、イチゴがふんだんに使われてたでしょ」
「え? あ? うん?」
見ちゃいなかった。
莉英はただ店員から「成田保奈美さんからです」と言って出されたパフェを遠慮なくかぶりついただけだったのだから。
「すごくダイナミックで可愛いパフェじゃなかった?」
「あー、うーん、そーだった……かなー?」
曖昧な返事をする莉英に、青柳は「くっくっく」と肩を震わせた。
「やっぱり食べることに夢中だった? インスタに上げようとか思わなかった?」
「え? だって目の前に出されたから……」
インスタ映えする人気のパフェと知っていればもっとじっくり観察したものを。
写メにおさめることすら頭になかった莉英の食いしん坊気質に、青柳はお腹を抱えて笑った。
「くくく……、あはははは! やっぱり食べることしか頭になかったんだ! あははは!」
「むー」
恥ずかしすぎて穴があったら入りたい。
花より団子とはまさにこの事だ。
「だって、お腹空いてたんだからしょうがないでしょ」
莉英は精一杯の反論をして見せた。
青柳は笑いながら「うんうん」とうなずく。
「そうだよね! そうだよね! パフェなんだから出されたら食べるのが当たり前だよね! はー、でもやっぱり松本さんは最高だよ」
「もう。青柳くんのいじわる」
そこへ、保奈美が姿を現した。
「二人ともお待たせ。撮影の準備ができたみたいだから行きましょう」
「あ、成田さん。パフェごちそうさまでした。すごく美味しかったです」
立ち上がって礼を言う莉英に保奈美は手を振って見せる。
「いいのよ。おかげで予想以上にいい画が撮れ……こほんっ。いい表情になってるわ」
「そ、そうですか?」
ニヤケながら両手を頬に当てる莉英。
甘いものの力はやはり偉大だ。
それ以上に青柳と冗談を言い合える仲になったのが嬉しかった。
青柳は未だに完全な記憶は戻っていない。
自分の名前や学校、モデルの仕事などほとんど一から生まれ変わったようにして覚えていっている。
莉英は青柳が記憶をなくしたことに責任を感じ、なにくれとなく親身に青柳の世話をしているが、まさか自分がモデルになって『スーパー高校生ファッションモデル』の青柳と一緒に仕事をするなど告白前は思いもかけなかったことだ。
告白前も今も莉英の青柳に対する想いは変わっていない。
(青柳君は私のことをどう思っているんだろう……)
そう思うと、とくんと胸が鳴る。
(青柳くんは……いつも優しいけど。ううん。青柳くんは記憶をなくしているから)
記憶をなくす前の彼なら、自分のことを好きになってくれるなど有り得なさすぎて想像すら出来ない。
でも、青柳は変わった。
そして今では、自分もトレンドを発信しリードするファッションモデル『MARIE』なのだ。
その自覚にはいまだに欠けてはいるものの、今ひとときはお洒落で可愛い『MARIE』として青柳に相応しい女の子でいたい。
莉英は弱気な自分を奮い立たせるように、きゅっと拳を握った。
三人が移動した場所は、メインストリートから少し外れた通りだった。
そこここに街路樹が植えられ、道にはたくさんのプランターが並べられている。
別名:カップルロードと呼ばれる道で、デートの定番スポットとなっている場所だ。
すでに多くのスタッフが集結しており、森久保もカメラ機材を抱えて待っていた。
さすがにここでは隠し撮りができないので、カメラマンの森久保が指示を出した。
「じゃあ二人とも、ここからあの木のところまで歩いて行ってくれるかな」
「歩くだけでいいんですか?」
莉英が恐る恐る尋ねる。
さっきまでの隠し撮りとは違い、今度は本当の演技だ。
写真撮影とはいえ、本物っぽく振るまわないといい写真が撮れないはずだ。
そんな莉英の質問に森久保は緊張を和らげるように言った。
「ああ。歩くだけでいい」
「わ、わかりました。頑張ります!」
そう言ってスタンバイを始める莉英。
対する青柳に森久保は近づいてそっと小声で指示した。
「拓斗、君には途中でMARIEちゃんの手を握って欲しい」
「は?」
怪訝な顔を見せる青柳に、森久保は言った。
「これはデート撮影だからね。手をつながないカップルなんていないだろ?」
「でもさっき、歩くだけでいいって……」
「ありゃ建前。MARIEちゃんが緊張しないように」
「僕だって緊張しますよ」
「そこはほら、男の子なんだから。リードしてあげなきゃ」
あっけらかんと言う森久保。
彼も保奈美同様、莉英の性格や青柳への気持ちは知っている。
一流中の一流のカメラマンの森久保は、莉英をどう動かせばいいかも熟知していた。
最初は二人ただ並んで歩くだけ。それから青柳にそっと莉英の手を握らせる。
そうすることによって、莉英の初々しさが前面に現れ、より一層可愛らしさを演出できると見込んでいたのだ。
そして、森久保の狙いはそれだけではなかった。
「それにさ。好きなんだろ? MARIEが」
そっと耳元でささやかれたその言葉に、青柳はバッと森久保を見る。
「な、なんでそれを……?」
「見てればわかるよ。いったいどれだけの若人をカメラに収めたと思ってるんだ」
そう言ってニヤリと笑う。
「チャンスだよ? 彼女と手をつなぐ」
「からかわないでください」
「からかってなんかいないよ」
できれば青柳の初々しい表情も一緒に撮りたい。
それが森久保の狙いでもあった。
「じゃ、お願いね」
「ちょ、森久保さん!」
引き留めようとする青柳に、横から莉英が口を挟んだ。
「青柳くん、私、足引っ張らないように頑張るからね!」
ただ歩くだけとわかって緊張がほどけてるのか、拳を握り締めている。
(どこをどう頑張るんだよ)
などというツッコミも入れられず、青柳はすでに胸がバクバクしていた。