4.王子様、撮影す
「今日の仕事は『ジュアン・クラブ』の表紙撮りよ」
仕事場に着き、保奈美は言った。
「カメラマンの言う通りに自然にポーズを取ればいいだけだから」
「ほわあ……」
莉英は現場につくなり間の抜けた声をあげた。
多くの照明やカメラ機材、そして慌ただしく動き回るスタッフたち。
無理やり連れて来られたとはいえ、莉英にとっては初めての撮影現場に感動すら覚えていた。
(青柳くんはこういうところでお仕事してるんだ……)
自分たちよりも一回りも年上の大人たちが、青柳一人を撮影するためにせわしなく働いている。
こういう光景を見ると、保奈美の言い分ももっともだと思わずにはいられない。
ここは個人の我が儘が通用する場所ではないのだ。
対する青柳は終始不機嫌なままだったが。
莉英は邪魔にならないよう、部屋の隅に移動しようとした。
ちょうどそこへ、一人の男性がやってきた。
長い髪の毛を後ろで束ねた軽薄そうな男だ。
「成田さん、待ちくたびれましたよ」
「すみません、森久保さん。拓斗を連れてくるのに時間がかかりまして」
「実は萌衣ちゃんの方も遅れてるから、取り急ぎ拓斗の方、準備してもらえる?」
「はい」
保奈美はそう言うと青柳に言った。
「さあ、拓斗。スタイリストさんから衣装を選んでもらって。撮影開始よ」
そうして、拓斗はなされるがまま衣装を着せられ、とりあえず撮影が始まったのだが。
「ダメダメ!拓斗! もっと僕の言うとおり、自然に動いて。それにその仏頂面だけはやめてくんない?」
そう容赦なく森久保はダメダシするが、今の青柳は記憶を失ったただの男子高校生に過ぎない。
体が覚えていると言っても限度があるだろう。
その時。
「森久保さん! 大変です! 萌衣ちゃん、交通事故に巻き込まれて来れないって!」
アシスタントがスタジオ内に駆け込んできてそう言った。
「何だと? 萌衣は大丈夫なのか?!」
「ええ、顔とかに怪我はないらしいんですけど、足を挫いて今日の撮影は無理だって連絡が……」
それを聞いて森久保が不機嫌そうに束ねた髪をいじった時だった。
「青柳くん!」
莉英が青柳の名を呼び、思わずステージ内の青柳の元に駆け寄った。
青柳がうずくまり、苦しそうに頭を抱えている。
強制的にモデルの仕事をしたことで、自分の何かを思い出そうとしているのだ。
「青柳くん。しっかりして! 大丈夫。ゆっくり息をして」
「松本さん……。悪いね」
「ううん、私は。それより、青柳くん、もう帰りましょう。こんなこと見てられないわ!」
莉英は無意識に青柳の手を握り、ふたりは見つめ合った。
「君」
「え……?」
そこへ森久保が口を挟み、莉英に言った。
「君、バイトやらない?」
「は?」
「モデルのバ・イ・ト。スーパー高校生モデル・青柳拓斗の相手役として」
「はぁっ……?!?」
「悪い話じゃないっしょ」
軽薄そうな物言いは見た目どおりだが、森久保の言葉は有無を言わさぬものがあった。
莉英は目を白黒させ口もきけず、一方、森久保はさっきの不機嫌さが嘘のようだ。
「君、見たところ、拓斗と相性が良いようだね。拓斗がスタジオに女の子同伴させるなんて初めてだ。それに君、今から『変身』させてあげるよ」
「変身……?」
「おーい、みっちゃーん。この子に雑誌のコンセプトに合う服、至急スタイリングして。それから、タカちゃん、メイキャップ頼むよ」
そうして莉英は別室に連れて行かれ、スタイリストから衣装を着せられ、一流のプロのメイキャップアーティストのヘアメイクを施されることになったのだ。
「あのぅ……私、どうすれば……」
莉英は服を脱ぐよう命じられ下着姿で、あまりに突然の出来事にオロオロするばかりだった。
しかし。
「ふーん。あなた、首と手脚が意外と細くて長いのね」
みっちゃんと呼ばれる若いスタイリストが莉英の体をざっと値踏みした。
「それに、肌のきめが細かいし。髪の毛もはねてるだけで髪質が柔らかくて、長さもボリュームも丁度いいわ」
ヘアメイクアップアーティストのタカが商売道具のメイクアイテムがぎっしり詰まったボックスを運んできた。
二人は互いに顔を見合わせ、呟いた。
「これは案外……」
「ひょっとするわね」
改めて二人は莉英を見つめると、自信ありげに言った。
「大丈夫。私達に任せなさい」
「あなたを見違えるように仕上げてあげる」
何を言われているのかさっぱりわからなかったが、莉英はじっと目を瞑りただ言われる通りになされるがままにしていた。
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
約20分後。
撮影現場に再び現れた莉英の姿に、誰もが「おおっ……!!」と感嘆の声をあげた。
(誰だ?! あの娘! マジやべぇ可愛い)
(さっきの冴えないあのこが……?!)
(嘘だろ。化けすぎじゃん!)
スタジオ中に激震が走る。
その莉英はと言えば、胸元のフリルが印象的な白いノースリーブワンピースに、耳には大ぶりのオーバル・ゴールドイヤリング。くせ毛だった髪はふんわりと綺麗な三つ編みハーフアップに結わえられ、リボンのバレッタで可愛くアレンジされている。
そして、ブラウン系のうるみ目に、唇はオレンジ赤リップでくっきり彩られて大人の雰囲気を醸し出している。
子どもっぽい部分も残しつつ、十七歳という年齢より大人びた印象を与える大胆なメイキングだった。
「いいね」
森久保は一目見るなり指をカメラのフレームに見立てて莉英を眺める。
ニキビ一つもない素肌に、白魚のような白さを湛えた細長い手脚。肝心のフェイスも主張するものは無い代わりに、これと言って難はない。
一流プロスタッフの手にかかれば化けるのも当然ではある。
しかし、まさかあれほど地味なただの女子高生に過ぎなかった莉英がここまでとは誰しも思わなかった。
その莉英の秘められた可能性を見逃さなかった森久保の見る目を流石と言うべきだろう。
「ふーん、これはこれは」
保奈美も、莉英の変身ぶりにニヤっと笑った。
これは嬉しい誤算だ。
まさか無理やり連れてきた少女がここまで化けるとは。
改めて森久保の審美眼、スタッフのメイキング術のすごさを感じた。
莉英は莉英でこんなお洒落な格好などしたことがないので、どうしていいかわからなかった。
(ど、どうしよう……。みんな呆気にとられてる……。そうよね、私なんかがこんな格好して……)
恥ずかしそうに青柳に視線を送ると、彼は唖然とした顔で莉英を見つめていた。
「松本さん……」
「あ、青柳くん」
「……」
青柳はそれ以上なんて言っていいかわからなかった。
記憶を失う前、彼は数多くの女性モデルと仕事をしてきた。
テレビに引っ張りだこのトップアイドルもたくさんいた。
けれども、その誰もが青柳の心には響かなかった。
「可愛いと思う」
口ではそう言いつつも、心の中ではまったくそう思っていなかった。
しかし、記憶を失った今、目の前にいる莉英の姿に目が釘付けになっている。
一言も口を開かない青柳に、莉英は若干ショックを感じつつ後ずさった。
「ご、ごめんなさい。やっぱり似合わないよね。私、断ってくる」
そう言って逃げ出そうとする莉英の腕を、慌てて青柳がつかんで引き留めた。
「逃げないで、松本さん! すごく似合ってる!」
「お世辞なんかいらない!」
「お世辞じゃないよ! すごくすごく似合ってる!」
大好きな青柳にそう言われると、たとえウソであっても嬉しかった。
「一緒に写ろうよ。僕、松本さんとだったら頑張れる気がする」
「……」
莉英は一刻も早く着替えたかったが、青柳にそう言われては逃げ出せない。
第一、メイクしてくれたスタッフにも悪い。
撮影もきっと今日中に終わらせたいだろうし。
莉英は観念して青柳の隣に立った。
その時、初めて青柳は無意識に莉英の腕をつかんでいたことに気付いて慌てて手を離した。
そんな青柳の雰囲気をすぐに察知したのが保奈美と森久保だった。
(おや、これはこれは)
二人は青柳が初めてドギマギしているのを見てニヤついた。
(これはもしかしてもしかするかな?)
(これはもしかしてもしかするわね)
お互いに目で会話を交わしているのを、青柳も莉英も気づいてはいなかった。




