3.王子様、地味子をかばう
「青柳くぅーん! 大丈夫?」
「はい、これ休んでいた間のノート」
「私、お昼のお弁当作ってきたの」
「あ、それなら私だって……!!」
青柳が教室に入るなり、クラスの女子全員が青柳の周りを囲み、口々にはやし立てる。
しかし、青柳はややいつものクールビューティーさを取り戻していた。
「悪いけど一人にして」
群がる女子達には目もくれない。
しかし、
「松本さん。僕の席はどこ?」
「え? うん。こっちよ」
一斉に刺すような女子達の視線に(ひぃぃっ……!!)と恐れおののきながらも、莉英は青柳のために自分を奮い立たせ、青柳を席へと案内する。
青柳は自分の席に座った。そこは奇しくも莉英の右隣の席である。
「松本さん、教科書見せてくれない? 時間割がわからないから、今日はノートだけしか持ってきていないんだ」
「う、うん。いいわよ。一時限目は世界史……」
「松本さんっ!!」
その時。
莉英の机の前で、バンっと莉英の机を両手で叩いたのは、あの木城怜奈だった。
どうやら校門で意識を取り戻し、速攻で教室に戻ってきたようだ。
「あなた本当に一体、青柳くんの何なの?! どうやって青柳くんをこんないいように丸め込んだの?!」
「わ、わたしは……」
気色ばむ怜奈の怒気に莉英がひるんでいると、
「やめてくれよ」
青柳が一言、不機嫌そうに言った。
「松本さんは僕が病院で目を覚ました時からずっと付き添ってくれてたんだ。学校に連れてきてくれたのも彼女だ。それをあとから現れて松本さんに文句を言うのは筋違いじゃないか?」
「う……」
莉英は心が痛んだ。
その病院に行くハメになったのも自分が殴ったからだ。
こうやってかばわれると何と言っていいかわからなくなる。
それでも青柳の言葉には説得力があり、莉英を責める怜奈も、同様のことを思っていたクラスの女子たちもみんな押し黙ってしまった。
「木城さん。私は別に青柳くんとはなんでもないし、みんなの前で独り占めするつもりもないわ。ただ一刻も早く記憶を取り戻して元の生活に戻って欲しいだけ」
莉英の言葉に、怜奈は「ふん」と鼻で笑いながら言った。
「そこまで言うなら今日のところは引き下がってあげるわ。でも松本さん、覚えてらっしゃい。青柳くんはあなただけのものじゃない、みんなのものだってことを」
「わかってるわ。だからあなたにも協力してほしい。青柳くんの記憶を取り戻すのを」
「ふ、ふん!」
怜奈はそっぽを向いて自分の席に戻っていった。
青柳と机を並べて受ける授業は思いのほか大変だった。
教師の説明にひとつひとつ疑問を浮かべる青柳は、その都度ノートに「これはどういうこと?」とノートに書いて莉英に見せ、それを莉英がノートに書いて教えるという連続。
幸い、莉英は学年の中でもトップクラスに頭がよく、青柳も飲み込みが早いのですぐに教えたことを吸収していった。
最初は机を並べて授業を受ける莉英を妬んでいる女生徒も多かったものの、その大変さを見ていくうちに、莉英に対する嫉妬心も薄れて行った。
やがて莉英の頑張りを助けてあげようという者まで現れて、休み時間は二人の周りにたくさんの生徒が押し寄せては青柳との思い出を語り、記憶を取り戻す手助けをしてくれた。
それでも青柳の記憶は戻ることはなかったが、莉英はじめ多くのクラスメイトが助けてくれるため、青柳にとってはこのまま記憶が戻らなくてもいいと思うようになっていった。
そんな中、桐花学園の校門前に一台の車がやってきて、中から一人の女性が降り立った。
「ここか」
高級スーツに高級バッグ、長い黒髪をアップにし、サングラスをはめている。
女優としても通るほど綺麗な顔をしたその女性は、一人門の前に立っていた。
下校する男生徒達がチラ見をしながら通り過ぎる。
(すごい美人だよな)
(誰だよ、あんなオトナの女を待たせてるヤツ。許せねえな)
彼女の耳にもそのひそひそ声は聞こえていたが、顔色ひとつ変えない。
その後方から、莉英たち女子生徒に囲まれた青柳がやってきた。
「青柳くん。みんなでお茶して帰りましょうよ」
「そうよ。青柳くんのこともっともっと思い出せるように話して上げるから」
たった一日のことで青柳の記憶はまだ戻らないが、莉英とクラスの女子達の親切心は青柳にも伝わっていた。
「そうだね。どこかいいカフェ知らない? 松本さん」
「そうね。この人数なら気楽にロイホがいいんじゃないかしら。長居できるし、ねえみんな?」
「「「「「「さんせーい!」」」」」」
「その必要は無用!!」
門前で青柳を待ち構えていたサングラスの女が青柳の前に歩み寄ってきて一刀両断に切り捨てた。
彼女は青柳に向かって一言言った。
「拓斗。仕事に行くわよ」
「仕事、て……? あなた、いったい誰なんだよ」
「記憶喪失の話は本当だったのね! なんてこと。私がパリコレの仕事でちょっと離れていた間に」
彼女は大袈裟に天を仰ぎ見ると、改めて青柳の顔を見据えて言った。
「私は成田保奈美。トップモデルである青柳拓斗、あなたのマネージャーよ」
そう言うと、彼女はサングラスを取った。眼光鋭く、彼女は青柳と莉英達を睨めまわした。
(この人……青柳くんのマネージャー?)
(凄腕なんでしょ。青柳くんをたった一年かそこらでトップモデルまで育て上げた……)
(にしても、感じ悪……)
ひそひそと女子達が話すのには目もくれず、保奈美は青柳の腕を強引に掴んだ。
「さ、車に乗って。仕事のスケジュールが目白押しなんだから」
「待って!!」
その時、莉英が叫んだ。
保奈美は訝しむように目を向けた。
「青柳くんはとても仕事なんてできる状態じゃないの! 連れてくなんてやめて!」
「あなたどなた?」
「青柳くんのクラスメートよ!」
保奈美はあざけるように笑った。
「ほほほ、たかがクラスメートの分際で邪魔はしないでもらいたいわね」
「じ、邪魔っ⁉」
「彼は今が一番大切な時期なの」
「で、でも……。記憶喪失の人を連れてくなんてあんまりだわ!」
莉英の言葉に保奈美はやれやれと肩をすくめる。
「いいこと? 現役高校生モデルはその名前の通り期間が短いの。一分一秒も時間を無駄にはできないのよ。わかる? あなたみたいになんの苦労も知らずのほほんと生きていけるような世界じゃないわ」
「そ、そんな……」
莉英は足が震えた。
しかしその時、青柳がゆらりと動いた。
(えっ……!?)
莉英は心臓が止まりそうになっている。
莉英より20㎝以上は身長が高い青柳の大きく広い背中が今、莉英の目の前にある。
青柳は正しく『王子様』よろしく、莉英を庇っているのだ。
「あ、青、青柳くん……」
「松本さんは心配しないで」
肩越しに振り返ると青柳は莉英に向かって笑んだ。
その必殺スマイルに莉英は全くの骨抜きになった。
自分に向けられる青柳の優しい笑顔にメロメロになっている。
しかし、このお姫様シチュに陶酔しながらも、
(青柳くんは私が守らなきゃ!)
と、握りこぶしで思いを新たにする莉英だった。
「そんな言い方はやめてくれないか」
青柳が改めて前を見据え、口を開いた。
「松本さんは記憶をなくした僕の面倒をずっと見てくれた言わば命の恩人なんだ。それに、僕にはモデルだったときの記憶もない」
「まったく。拓斗も人が良すぎるわね。そんな小娘に」
やれやれというように、保奈美は首を振った。
「大丈夫。トップモデルだったあなたは、仕事のやり方も体が覚えているはずよ。現場へ行けば思い出すわ」
「そんな無茶なこと青柳くんにさせないで!」
「とにかく時間が押しているのよ。面倒だわ。そんなに言うなら松本さん? あなたも一緒に来ることね。それならいいでしょう、拓斗。さ、早く乗りなさい、二人とも」
そう言うと保奈美は車のドアを開けた。




