2.王子様、一緒に登校す
翌朝。
青柳のマンションのチャイムが鳴らされた。
押したのは莉英である。
しばらくしてインターフォンから青柳の声が流れる。
『はい』
「青柳くん、私よ。松本莉英。約束通り来たわ。私が学校まで案内するから安心して」
『松本さん、ありがとう。来てくれたんだね』
優しい声に莉英はキュンとなった。
かつて彼のこんな声を聴いたことは一度もない。
『ちょっと待ってて。すぐ行くから』
莉英は青柳の住むマンションの入り口に来ていた。
青柳は中三の時スカウトされて、高校生になってから上京し、一人暮らしをしている。
青柳が退院して、翌日から学校へ行きたいけれど記憶が全くないと言うので、莉英がここぞとばかり自分が青柳の面倒を見る!と申し出て、朝、青柳のマンションまで迎えに来たのだ。
「待たせたね」
青柳が紺のブレザーに翠のストライブのネクタイ姿で現れた。
(ふわあ、格好いい……)
莉英は今更ながらうっとりした。
引き締まってとんでもなく長い脚、端正な顔立ち。モデルだけあって、記憶はなくても制服の着こなしも抜群だ。
どこから見ても『スーパーイケメン高校生モデル』の肩書きが頷ける青柳拓斗・十七歳。
「で、僕が通う高校はどこにあるのかな。どんな学校で、僕のクラスとかは……」
「ここから徒歩五分の駅から電車で十五分。そこから徒歩十分の『桐花学院高等部』の二年一組よ。私も同じクラスだから安心して」
青柳がどこか不安そうな顔をしている。
記憶がないのだから当然だろう。
(これは私に責任があるんだし、私が青柳くんを守らなきゃ!)
けれども、莉英のそんな気持ちは5分で潰えた。
青柳の隣を歩くだけで突き刺さる好奇な視線の数々。
歩くだけで何人もの女性が振り返る端正な顔立ちの青柳に対してTHE・庶民と言えるほど平凡なルックスの莉英。
対照的なこの二人の登校に、莉英は事情を知らない通行人からしたら奇妙に映っていると思い込んでしまったのだ。
(え? あんなカッコいい子にあんな子が?)
(釣り合わなくない?)
(弱みでも握られてるのかしら)
見られているだけで、莉英の脳裏にはそんな会話がチラついた。
一般の道でこれなのだから、学校についたら何て言われるかわからない。
最悪、刺されて死ぬかもしれない。
(ひいいっ!)
背後からグサリとさされる自分の姿を想像して、莉英は頭を抱えた。
「大丈夫?」
そんな莉英の顔を覗き込むように見つめる青柳。
その目は本気で心配しているようだった。
「え⁉ あ、うん! 大丈夫よ!」
「よかった」
必殺スマイルが炸裂して、莉英はさらに卒倒しそうになった。
(こ、これは、心臓に悪いわ……)
青柳の必殺スマイルは嬉しいが、今までそんな青柳の笑顔は青柳がモデルとして表紙を飾っている雑誌でしか見たことがない。
普段はあくまでクールビューティーの青柳なのだ。
女の子に対しても全く執着がなく、告ってくる可愛い娘達を片っ端からフリ続けてきた青柳が、こんなに優しい笑顔をよりによって自分に向けてくれるなんて。
莉英は、青柳の「記憶喪失」を今更ながら複雑に思い返す。
しかし、
「青柳くん。私が全ての責任を持つわ!」
がしっと青柳の手を握る莉英。
青柳はそんな莉英を不思議そうに眺めた。
「君はどうしてそんなに親切なの?」
「どうしてって?」
「記憶のない僕のために、なんの得にもならないことばかりしてるし」
「そんなの決まってるじゃない」
あなたを殴ったからよ、という言葉は飲み込んだ。
「……青柳くんのことが好きだからよ」
二度目の告白だが、一度目は言い間違えたため、これが初めての告白である。
けれども、青柳はしれっと答えた。
「僕も好きだよ」
「……へ?」
「とても親切だから」
「ああー! そっちね! そっちの好きね!」
危うく失神するところだった。
ピュアな反応しか返ってこない青柳に、莉英は理性を保っていられるか不安で仕方なかった。
◇◆◇
なんとか学校に着いた頃には、青柳の久々の登校ということで学校中の全生徒(ほぼ女子)が校門の前で待ち構えていた。
あまりの光景に莉英はギョッとする。
「キャー! 青柳くぅーん!」
青柳の登場に、全生徒(ほぼ女子)が手を振って出迎えた。
莉英と同じようにギョッとして顔色を変える青柳。
何が起きているのかわからない様子だ。
無理もない。普通の一男子高校生ならこの状況は異様としか言いようがない。
「ま、松本さん……」
「だ、大丈夫よ、青柳くん。みんなあなたのファンなんだから」
「ファン……?」
「あなたはこの学園の王子様なのよ」
「王子……僕が……。うっ……!」
「青柳くん⁈」
頭を抱える青柳に莉英は思わず脇から寄りそう。
青柳は何かを思い出そうとしているのだ。
しかし、そう簡単には記憶は戻らない。
そんな二人の前に、生徒の群れの中からスッと一名の女子生徒が青柳の前へと歩み出た。
「青柳くん、私よ。覚えてる?」
「君は……?」
「学園内のあなたのファンクラブ会長の木城怜奈。本当に覚えてないの?」
木城怜奈……桐花学園一の美女にして才媛。
『青柳拓斗・桐花学園ファンクラブ』のボスである。
青柳は顎に片手を当て、暫し考えたが、
「覚えてないな」
と、一言言った。
「松本さん。もう大丈夫だから。早くクラスに案内してくれない?」
青柳は明らかにこの場の女子達の異様な盛り上がりに戸惑っているだけでなく、嫌悪感のようなものを感じていた。
記憶を失っていても、本能で自分の苦手なものから逃れようとしているのだ。
「学校なら私が案内するわ」
怜奈はそう言い、青柳の腕を取ろうとした。
しかし、
「いや、いい」
青柳は瞬時に怜奈の手をはらいのけ、
「松本さん、教室に連れてってくれる?」
と、莉英の瞳をまっすぐに見つめた。
「え? う、うん……」
思わず即答する莉英。
そんな彼女を、怜奈はキッと睨みつけた。
「ちょっとあなた。青柳くんのなんなの?」
「わ、わたし? わたしは……えーと……」
なんなの? と聞かれても答えようがない。
まさか「青柳くんの記憶を奪った者です」なんて言えるわけもないし。
莉英がオロオロしていると、青柳が横から口を挟んだ。
「松本さんは僕にとって大切な人だ」
「な、なんですってー⁉」
怜奈は手の甲を口に当てて慄いた。もちろん、他の女子生徒もだ。
莉英にいたっては膝から崩れ落ちそうになっている。
「あ、青柳くん……、私というものがありながら……」
わなわなと震えながら怜奈が言った。
「毎日、あなたのために宿題をやってきてあげたり、掃除当番も変わってあげたり、お弁当も作ってあげたりしてたのに……」
(ああ、この人もけっこう突っ走っちゃうタイプなのね……)と莉英は思った。
「それなのに、なんでこんな地味な子にー! はふん……」
がっくりと崩れ落ちる怜奈に、まわりの会員たちが詰め寄る。
「会長!」
「お気を確かに、会長!」
「誰か、担架を! 衛生兵ー!」
騒然とする怜奈たちファンクラブを横目に、莉英は心の中で「ドンマイ」とつぶやきながら青柳を校舎の中まで連れて行ったのだった。