5章「ベッキー」
「最近、調子が良いわね」
エミリーの言う通り、ロッティとルークがミラージュ能力を覚醒させたこともあり、パラレル探索も楽になり、役割も分担できるようになりました。
ミラージュ能力を発動させるときの衣装は、アーメンガードとルークの姉弟はラインの入った黒地に白い襟のセーラー服、ロッティは黄色のブラウスにピンクのハイウェストのスカートです。
武器は、アーメンガードが2本の短剣、ルークが2丁の拳銃、ロッティが大きな猫の顔がデザインされた杖です。
セーラはミラージュ能力をウィルたち以外には秘密にしていました。セーラが話すと、どんなくだらない事でも、立派なお話になってしまうのでした。ラビニアなど一部の女子生徒はセーラのその力を大変羨ましがっていましたが、多少の反感を持って近づいて行っても、セーラの話のうまさには、つい聞いてしまうのでした。
セーラはお話がうまいばかりでなく、お話をするのも大好きでした。皆にとりまかれて自分でつくったお話をする時、セーラのエメラルドのような緑色の眼は輝き、頬は赤くなるのでした。彼女は話しているうちに物語にふさわしい声色や身振りを始めるのでした。セーラは生徒達が耳を澄ましていることなど、いつの間かに忘れてしまいました。セーラの眼に見えるのは、お話の中の妖精達や、王様、女王様、美しい貴婦人達などなのでした。語り終った時、セーラは興奮のあまり息を切らしてしまうこともありました。そんな時、セーラはどきどきする胸に手を当て、こういうのでした。
「私、お話をしていると、話していることの方が、ずっとほんとらしく思えてくるのよ。私はお話の中の人になっているような気がするの、何だか変ね。」
ある薄霧の日の午後、セーラが厚いコートを着て馬車から降りると、メイド服を着た猫耳の少女が、地下室の入口に立っていました。猫耳の少女は首を長くして、一生懸命にセーラを見ていました。セーラはおどおどしている少女にふと目を惹かれました。眼が合うとセーラはいつものように、にっこり笑いました。
その晩のことでした。セーラが教室でいつものお話をしているところへ、その猫耳の少女はほうきとちりとりを持って、こそこそと入って来ました。少女はほうきではいたり、そのごみを集めたりしていました。
少女は相変らずおどおどしていました。話を聞きに来たのだと思われてはならないとでも思っているらしく、音を立てないように手でそっとちりとりを持ちました。
しかしセーラはすぐ、少女がセーラの話に気を取られていること、セーラの言葉を聞きもらすまいと、休み休み掃除していることなどを、見ていたので、セーラは声をはり上げては、はっきりと話しつづけました。
「人魚達は、真珠で編んだ綱をひいて、サファイアのような水の中を静かに泳ぎ回りました。お姫様は白い岩の上に座って、それを見守っていらっしゃいました。」
それは、人魚の王子様に愛されたお姫様の面白いお話でした。姫は海の底の眩まぶしいような洞穴の中に王子と住んでいたのでした。
少女は一度掃いてしまうと、同じ事を二度も三度も繰り返しました。三度目の掃除が終ると、かかとの上にぺたりと腰を落して、酔ったようにセーラの話に聞き入りました。彼女は、いつか海の底の立派なお城の話に引きこまれていました。身のまわりには珍しい海草がなびき、遠くの方から美しい音楽が聞えて来るような気がしました。
ほうきが少女の荒れた手からことりと落ちました。マイクのお姉さんのローズが気付きました。
「あの子、聞いてたよ」
「ええ、知っていたわ」
セーラがローズに言うと、ラビニアは言います。
「あなたがたのお母様はどうおっしゃるか知りませんが、私のお母様は時間の無駄だと嫌がりますわ」
「私のお母様はきっといけないなんておっしゃらないと思うわ。お母様は、誰であれ同じようにお話を聞いていいとお思いになってるわ」
セーラは反論しました。そこに、ロッティも声を張り上げます。
「セーラのママは、何でも知ってるんだよ!あたしのママも」
「私達にはママなんていないんじゃないの?」
ロッティにメアリー・パリーゼは言います。でも、ロッティは続けます。
「ママには何でも解るんだよ!往来はぴかぴか光っててどこもかしこも百合の原で、皆百合を摘んでるの。いつだったか、あたしが寝る時、セーラが話してくれたんだ」
「天国をフィクションにするなんて…とんでもないですわ!」
ラビニアは、セーラの方に向き直っていいました。
「でも、聖書には、もっと素敵なことが書いてあるわよ。ちょっと開けて読んでみなさい。どうして解るの? もう少しお友達に対して親切な心を持っては?そうすれば、私のお話がただのフィクションじゃないことも解るでしょう。さあ、行きましょう。」
「あの掃除に来る女の子は誰なの?」
セーラはメイドのマリエットに言いました。
名前はベッキー・キトゥンと言いました。ベッキーこれやってとか言いつけているのをマリエットが聞いていたのでした。
ある日のことでした。その日は週に一度のダンスの先生が来る授業でしたので、普通のスポーツの授業では動きやすい服なのにみんながおめかしをします。
この日、セーラはバラ色のドレスを身に包んで、バラの髪飾りを付けていました。
セーラはそこで寝ていたベッキーを起こすこともなく、起きた後でお菓子を振舞いました。
「そしてこれから先、お話の続きをするから、仕事が終わったら部屋に遊びに来てね。」
ベッキーはとても喜んで、セーラの部屋を出ました。贈り物をもらったように喜んだベッキーを見て、セーラは、人を喜ばせるのは贈り物をするのと同じなのだと思いました。