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獅子隊長はどん底に

「後悔するくらいなら余計なことをしなければいいのに」


 執務室の窓際に立ち、中庭で鍛錬に励む隊員たちに視線を据えているブラッドの背後から呆れ返った声がかけられる。

 苦言の主を肩越しに一瞥し、彼はまた窓の外に眼を向けた。


 ゆったりとした足音に続き、無言のブラッドの隣にルーカスが立つ。

「さっき、ケイティに謝ろうとして探していたんじゃないですか?」

「……」

「彼女、かなり困っていましたよ」

「……」

「態度を一貫させてやった方がいいと思いますが」

「判っている」

 執拗なルーカスに、ブラッドは荒々しく息を吐きながら答えた。


 そう、行動に一貫性がないことなど、わざわざ指摘されなくとも自分が一番よく解っている。ケイティに他の男の目を向けさせようとして、実際にその場面を見ると腹が立って仕方がないなど、矛盾もいいところだ。

 ルーカスが言うように、ブラッドはアレンとのことに余計な口を挟んだことをケイティに詫びるつもりだった。いったん後にした食堂にまた戻り、厨房に顔を出したら彼女が怪我をしたとフィオナに教えられ、救護室に駆け付けたのだが。

 ケイティに対して異性としての興味関心など皆無なこの腹心の部下が彼女と仲睦まじげにしているところにも、狼狽と苛立ちを覚える始末。


 危うく、手を取り合い、額を寄せ合っている二人に詰め寄り、力任せに引きはがしそうになった自分に愕然とした。

 正直、彼自身が一番自分のことを理解できていないと言っても過言ではない。


 間に紙を挟めそうなほど深々と眉間にしわを刻んだブラッドを、ルーカスが見る。その視線は感じたが、彼は窓の外に眼を向け続けた。


 すると、ため息が。


「まったく、自分は彼女の保護者だと言いたいんでしょう? でも、当の本人はそれを望んでいないじゃないですか」

 ルーカスに淡々と指摘されたその事実に、ブラッドはぐうの音も出ない。

 何故なら、ブラッド自身、嫌というほどそれを理解していたからだ。


(だが、自分に保護者が必要だということに、ケイティが気付いていないだけだろう?)

 往生際悪く、ブラッドは声に出さずにうなる。

 彼女には、守ってやる者が必要だ。彼女が望むと望まざるとにかかわらず、それが必要なのは紛れもない事実だ。

 ただ、必要だということを、ケイティが受け入れていないということが、問題なのだ。


(オレの方に問題があるわけでは、ない)

 ブラッドは自分に言い聞かせるようにして胸の内でつぶやいたが、その横から別の声が、敢えてそんなふうに念を押さなければいけないということは、それが事実ではないということでもあるということではないのかと、囁いた。

 その囁きの方が正しいことが身に沁みて、彼は肩をガクリと落とす。


 外見には出なかったかもしれないが、正直、ブラッドは落ち込んでいた。他の誰よりも、彼自身がケイティのことを傷付けているのだということに。


 ケイティが慕ってくれるのは、嬉しいと思う。

 嬉しいと思う反面、重荷に感じてもいる。


(いや、重荷というか……)

 彼女の真っ直ぐな想いに、自分は相応しくないのではないかと思えてならないのだ。

 ケイティの想いを嬉しく思えば思うほど――彼女のことを欲すれば欲するほど――その気持ちは強くなり、彼女を遠ざけなければならないという思いに駆られる。


「オレは、彼女に幸せになって欲しいだけなんだ」

 その事実を確認するように、ボソリと、ブラッドは呟いた。

 彼が望むのは、真実、それだけだ。だが、ブラッドの元にいれば、ケイティは自分よりも彼のことを優先させてしまう。

 ブラッドがケイティのことを幸せにしたいのであって、その逆ではない。助けた恩は、もう充分に返してもらった。だから、彼女が彼のことを幸せにする必要は、全くないのだ。


 ケイティの幸せを何よりも優先させなければいけないのだから――たとえどれほど彼女を傍に置いておきたいとブラッドが思おうが、それを叶えるわけにはいかないのだ。


 またムッツリと黙り込んだブラッドに、再びルーカスがため息をこぼす。

「まったく……物事は素直に受け止めた方がいいですよ」

 彼の言う『物事』とは、ケイティがブラッドに注いでくれる想いのことか。

「だが、ケイティのアレは刷り込みのようなものだろう。幼い気持ちに付け込むような真似はできない」

 ブラッドは奥歯を噛み締める。


 ケイティはまだ子どもだから、恩と恋慕を一緒くたにしてしまっているのだ。もっと他の者とも接していれば、ブラッドを好きだという気持ちが『本物』ではないことに気付くに違いない。

 そう思うから、手始めにアレンやティモシーを紹介したというのに、心穏やかでいられないのはケイティの保護者を自任しているからだろう。一度自分の腕の中に抱え込んでしまったものだから、奪われるのに抵抗を覚えてしまうのだ。

 だが、それは間違っている。

(オレは、ケイティの保護者だ)

 愚かにもこの頭が納得しないというのなら、何度でも言い聞かせてやる。

 そう、自分は彼女の保護者であるべきで、保護者であるからには、見守りと保護に徹するべきなのだ。

 断じて、それ以上を求めてはいけない。


 だが、そんな自己分析を進め、決意を新たにするブラッドの横で、ルーカスが呆れたと言わんばかりに声を上げる。ブラッドの意志をへし折る勢いで。

「まだそんなことを……それ、絶対に本人の前では言わないでくださいよ? というか、私が言いたいのはそちらではないのですが」

「どういう意味だ?」

 眉をひそめたブラッドに、ルーカスは肩をすくめる。

「救護室でだって、私とケイティがくっついているのを見てムカッとしたんでしょう?」

「だから、それは――」

「保護者としての義務感?」

 先を越されたブラッドは、ムッと唇を引き結ぶ。そんな彼を、ルーカスは小首をかしげて見遣った。

「私には年齢とか恩とか義理とか義務とか、そんなものは言い訳に聞こえてならないのですがね。まあ、いいです。取り敢えず仕事しましょう。愚痴は夜に聞きますから」

 要領を得ないことを言うルーカスにその意味を問おうとしたが、ブラッドが切り出す前に話を打ち切られてしまう。


(好き放題言いやがって)

 内心ムッとしたが、仕事の時間であることは、確かに事実だ。

「行くぞ」

 言い置いて、ブラッドは執務室を後にする。ついてきたルーカスは、これ見よがしなため息を最後にまたぶつけてきた。


(まったく、何が言いたいんだ?)

 ギロリと睨んでみたが、飄々とした副官はどこ吹く風という風情だ。


 ――部下数名を連れて、日課のウィリスサイドの繁華街の見回りに出たが、その日はいつにもましてブラッドを見るなり路地裏に逃げ込む輩が多かったような気がするのは、気のせいではなかったと思う。


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