仔猫は決意を新たにす
ウィリスサイドの商店街を、ケイティは鼻息も荒く歩く。
その勢いに、すれ違う人々が振り返ったけれども、いつものように愛想笑いを返す余裕もなかった。
「怒っているのか」とその人たちに問われれば、もちろん彼女はそうだと頷いていただろう。
それはもう、怒り心頭の域だ。
(いくらあたしを遠ざけたいからって、他の人をあてがったりとか、普通はしないよね!?)
するとしたら本気でケイティの想いを迷惑がっているか、それとも、本気にしていないかのどちらかだろう。
どちらだとしても、腹の虫は治まるものではない。
(別に、あたしのことを好きになって欲しいとか、言ってないじゃない)
ただ、好きでいたいだけなのに。
気持ちを向けられるのは、そんなに嫌なことなのだろうか。
自問して、さほど考える必要なく答えが出た。
確かに、嫌なのかもしれない。
好きでもない相手から好きだ好きだと押しまくられたら、確かに、鬱陶しいし、迷惑だ。
だから、二進も三進も行かなくなって、彼もこんな手に出たのかもしれない。
そう気づいたら、今度はガクリと気持ちが落ち込んだ。
(そんなに、嫌だった……?)
それならはっきりそう言ってくれたら良かったのにと思ったけれど、そんなことができるブラッドではないのだろう。きっと、彼にとったら苦肉の策だったのだ。
それほどまでに迷惑だというのなら。
(自重しよう)
想いを殺すことはできないけれど、隠すことくらいはできる。この気持ちがブラッドにとって迷惑でしかないというのなら、そうしよう。
彼の傍から離れることはできないから、彼の重荷にならないようにするしかない。
ケイティは、決意を新たに拳を握った。
と、そんな彼女を、アレンと共に三歩分ほど後ろを歩いていたティモシーが呼ぶ。
「えぇっと、ケイティ?」
ピタリと、彼女は足を止めた。一呼吸置いてから、振り返る。
「ごめんなさい」
「え?」
唐突に投げられた謝罪の言葉に、面食らったようにティモシーとアレンが目を丸くする。二人に向けて、ケイティはもう一度繰り返した。
「ごめんなさい。せっかく付いてきてくれたのに、こんな態度で」
隊員二人は顔を見合わせ、そしてしょぼくれているケイティに笑顔をくれる。
「まあ、当然と言えば当然だしね」
「てか、あれは隊長が悪いでしょ」
「あの人、女心なんてこれっぽっちも解ってないからねぇ」
「ダメダメだよなぁ」
仮にも上司に対してほとほと呆れたと言わんばかりのティモシーとアレンに、ケイティもつい笑ってしまう。笑ったことで、少し気が晴れる。
(いつまでも落ち込んでいても仕方がないし)
気持ちを入れ替えて、役割を果たさなければ。
ケイティは努めて明るく隊員二人に笑みを向けた。
「取り敢えず、買い物をしちゃいましょう。今日は二人いる上に若いんだから、たくさん持てますよね」
ケイティやフィオナが買い出しに行くときは、護衛と荷物持ちを兼ねて必ず一人隊員が付いてくる。ただ、いつもは、その役は古参の者ばかりだった。多分、若い者は訓練やら何やらで、年長者よりも時間を取りにくいからなのだろう。
「買い置きのものも補充しておこっかな」
いいですか? と小首をかしげて二人に問うと、彼らは苦笑いを返してくる。
「まあ、お手柔らかに」
ケイティは、ふふ、と微笑み歩き出す。
今度は彼女を挟んでティモシーと横並びになったアレンがケイティを覗き込んできた。
「で、隊長の鈍ちんぶりは置いておいて、ケイティさえその気になれるなら、自分は喜んでお相手するんだけど。ケイティのご飯は美味しいしね。一生味わえるなら、言うことなし、だけど」
「ああ、それなら僕も」
と、反対側でティモシーも片手を上げた。笑みを含んだ彼らの眼差しは温かい。
二人の間でケイティはツンと顎を上げた。
「残念ながら、あたしはだんな様一筋です」
彼女の返事から一拍置いて、三人揃って噴き出した。
「他の野郎を……なんて無理だってこと、解かってないの隊長だけなのになぁ。たく、どうしてあんなに引いてんのかな」
そう言って首を捻ったのはアレンだ。その問いに、ケイティは頬を膨らませて答える。
「さあ? あたしが子どもみたいに見えるからじゃないですか?」
「いや、外見でどうこうする人じゃないし、ケイティの見た目は隊長の好みだよね、きっと」
「え?」
ティモシーの意外な台詞に眉根を寄せたケイティを、アレンがしげしげと見る。
「まあ、そっち方面の意味合いで好みかどうかは別として、あの人、小さくって可愛いもんにめっちゃ弱いよな」
「ああ、そうそう。道端で捨て猫とか見つけると、放っておけないんだよね」
頷くアレンとティモシーに、ケイティは足を止める。
「え、でも、詰所で仔猫とか、見たことないですよ?」
眉間にしわを寄せたケイティを見て、二人は顔を見合わせた後、また彼女に視線を戻した。そして、にやりと笑う。
「たまに、隊長の部屋が立ち入り禁止になることがあるだろ?」
アレンに問われて、ケイティは過去を振り返る。確かに、数ヶ月に一度程度だが、ある。
「それは、はい、ありますね」
何か、極秘の書類でもある時なのかと思っていたけれど。
「まさか、それ、ですか?」
目を丸くしたケイティに、ティモシーが笑いをこらえながら頷く。
「そう。それ。ほら、詰所では動物の飼育は禁止されているからね。バレたら罰があるし、知っていたらその人も同罪になるから、飼い主が見つかるまで隊長がこっそり世話してるんだ。って言っても、知らない隊員はいないんだけどね。だって、服の中に隠しながらとは言え、連れ帰るところを見ちゃうんだから。でも、またやってるよ、とか言いながら、皆見て見ぬふりをするんだ」
「なんか、すごく想像できます……」
想像でき過ぎて、脱力する。
足が止まっていることが往来の邪魔になっていることに気付いて、ケイティは頭を一つ振ってまた歩き出した。並んだアレンがため息をこぼす。
「あんな厳ついナリして、あの人、『守りたがり』なんだよなぁ。さっさと可愛い奥さんもらって思う存分甘やかしたらいいんだよ。なぁんで、いつまでも独り身のままなんだろ」
そうですね、と答えたケイティだったが、ふとその脳裏に浮かんだのは一人の女性の姿だ。
いつだったか、ブラッドが優しい笑みを向けていた、女性。
彼女は小柄で可愛らしい感じの人だった。
(もしかして、あの人のことがあるから?)
あの人は手に入れられない人で、彼女のことを今でも想っているから、『守りたがり』なのに独りでいるのだろうか――ケイティの想いを拒むのだろうか。
チクリと、胸が疼く。
「ケイティ?」
いつの間にか立ち止まっていた彼女に、アレンが振り返った。
「あ、すみません、行きます」
我に返ったケイティは、無理に浮かべた笑みと共に答えて小走りで彼らに追いつく。
それからアレンとティモシーを従え買い出しに精を出したけれども、胸の中に生まれた小さな痛みはいつまでも消えなかった。