SS:家族団らん、あるいは小舅の品定め
ケイティの弟妹たちとの初顔合わせを終えてから間もなく、彼女の両親も畑から戻ってきた。母親アビーはケイティと瓜二つ、そして、父親のベンは一番上の弟だというダンと瓜二つだ。ベンは寡黙な男だが、アビーの方は中身もケイティと良く似ているらしい。堅苦しく挨拶をしようとしたブラッドを笑い、屈託なく夕食の席へと誘ってきた。
総勢七名で囲む食事の場は、かなりにぎやかだ。警邏隊詰め所もやかましいと言えばやかましいが、幼い子どもが入ると、騒々しさの方向性が違う。
ロビンとリンジー――特にリンジーは、遥か昔、もう薄れ始めつつあったブラッドの記憶をそっと揺さぶった。
ケイティはロビンとリンジーに挟まれて交互に二人の世話を焼きつつ、他の家族と言葉を交わしている。
いつか、ブラッドとの間に子どもを授かれば、その時もきっとこんなふうに甲斐甲斐しいさまを見せるのだろう。
いつもとは少し違う彼女の様子を見るともなしに見ていたブラッドに、向かいに座るダンが予備動作なく爆弾を投げつけてきた。
「デッカーさんは、うちの姉と結婚するつもりなんですよね」
不意打ちのその台詞に、場がしんと静まり返る。年長組はともかくロビンとリンジーは寝耳に水だったのか、大きく見開いた目でブラッドを見つめてきた。
今この場でその話題を出してもいいものなのだろうか。
決めあぐねてケイティに目を走らせると、彼女は小さな頷きを返してきた。
ブラッドは、卓の下で未だ痺れが残っているような気がする右手をゆっくりと開閉させる。
昼間、ひたと見据えてきたダンの眼差しと、ブラッドの手を握り締めてきたあの力。
(本気で、オレの手を砕くつもりだったな、あれは)
常々、ケイティからはすぐ下の弟は過保護で……と聞かされてはいたが。
あれほど簡明直截に威嚇されるとはさすがに思っていなかった。
ブラッドは背筋を正し、ケイティの両親、そして弟妹たちへと順々に目を向ける。一回りして、最後にダンに戻った。ブラッドを射抜かんばかりに注がれている彼の眼差しを受け止め、静かに告げる。
「あなたたち一家にとって、ケイティはとても大事な存在だということは重々承知しています。ですが、オレにとって、彼女はあなたたちと同じくらい――いや、もしかしたらあなたたちにとっての彼女以上に、必要な存在となってしまいました」
そこでブラッドはふと言葉を切る。両側にいる弟妹たち以上に、ケイティが呆気にとられた顔をしていたからだ。
何をそんなに驚いているのか。
ブラッドは眉をひそめつつ、続ける。
「二年前にケイティをお預かりした時は、時期が来ればこちらにお返しするつもりでした。しかし、今となっては不可能です。彼女無くして、オレの生活は立ち行かない。ケイティあっての、オレ、なんです」
大きく息を吸い込み、再びブラッドはその場にいる人たちを見渡した。
この人たちが、ケイティを育んだのだ。
この人たちには、誰よりも、誠実でありたい。
「オレの全身全霊を持ってケイティを守り幸せにします。だから、彼女の中にオレの居場所を作ることを許して下さい」
想いを込めて言い終えて、ブラッドは卓の天板に額をこすらんばかりに頭を下げた。
「まあ、デッカーさん、そんな……そんなにこの子のことを想ってくださっているなんて……」
「ここまで言わせるなんて、やるわね、姉さん」
女性陣は感心しきりの声を上げたが、そこに重々しい釘が打ち込まれる。
「口ではどうとでも言えるよな」
皆の眼がサッと動き、発言者に向く。
「ダン?」
眉をひそめたケイティが名を呼ぶと、彼はヒョイと肩をすくめた。
「本当のことだろう?」
姉に対してそう答えてから、ダンはブラッドを見る。
「姉はこんなナリをしてますが、ただ猫可愛がりしてやるだけで満足するタマではないですよ。真綿で包まれて嬉しいと思うようなタマでもね」
鼻で嗤うようにして言ったダンは、目を細めてブラッドの答えを待っている。ブラッドの胸を切り開いてその奥を曝け出させようとしているようなその鋭い眼差しを、彼は静かに受け止めた。
「……確かに、そうだろう。ケイティを守りたい、幸せにしたいというのは、オレ自身の欲、オレ自身の望みだ。ケイティが欲しているものではないし、多分、オレが彼女に与えられていると思っている幸せよりも、彼女がオレに与えてくれる幸せの方が、遥かに大きい」
「そんなこと! ――ない、です。あたし、だんな様といられて、すごく、幸せですから」
椅子を鳴らして立ち上がったケイティは、一同から視線を注がれて頬を赤らめモゴモゴと口の中で呟いた。彼女は少し逡巡してからダンを見つめた。
「確かに、だんな様があたしに対してどうしてくれるかとか、関係ないの。あたしは、あたし自身の気持ちで、だんな様と一緒にいたいと思ってるのよ。あたしが、だんな様といると幸せなの。一緒にいられるだけで、幸せなの。あんたにも、それは解かって欲しいし、信じて欲しい。ダンに反対されてもだんな様と一緒にいるのは変わらないけど、あんたに反対されてたら、あたしは寂しいよ」
ケイティの声は、微かに震えていた。その鮮やかな緑の瞳は微かに潤んでいる。
まずい、と、ブラッドは思った。
ケイティの家族が揃ったそのさ中で、彼女のことを抱き締めたくてたまらなくなってしまったから。
彼は、今にも立ち上がってしまいそうな腿の上に固めた拳をきつく押し付ける。
そんなブラッドの胸中を読み取ったらしく、彼を睨みつけつつダンが奥歯を食いしばった。ギシギシという音が、ブラッドの耳にまで届く。
ガタイのいい男二人がみなぎらせている緊張に、夫妻は言葉もなく場を見守り、幼い子ども二人は身を硬くしていた。
と、ピリピリとしたその場の空気を、呆れ返ったと言わんばかりの声が入れ替える。
「まったくもう、いい加減認めたら? いい人じゃないの」
父親譲りの目をクルリと回しながらそう言ったコーリーに、眉間に溝を刻んだダンが唸る。
「コーリー、けどな……」
「兄さんの過保護っぷりを丸々引き継いでくれそうじゃない、デッカーさんなら。少なくとも、最初っから母親代わりを求めてはいないんじゃないの、この村の連中とは違って?」
「……」
反論がないのは、多少は彼の思うところをかすっているからなのか。
だが、それでもダンが浮かべているのは渋面極まれりというもので、まだ譲歩はできそうもないようだ。
ケイティは無言の弟をジッと見つめ、彼女の父母は困ったように顔を見合わせている。
と、再びコーリーが、やれやれとため息をこぼした。
「納得いかないなら、いつものように力業で解決したら?」
「ちょっと、コーリー?」
ギョッとしたように妹を見たケイティに、コーリーが笑う。
「やだ、殴り合うとかじゃないわ。腕相撲よ、腕相撲」
「う、で、ずもう?」
「そ。姉さんは全然気付いてなかったけど、姉さんがここにいた頃から、粉掛けてくる連中はそれで撃退してたのよ。姉さんを手に入れたくば俺を倒してからにしろってね」
ケイティ本人は寝耳に水だったらしく、目を丸くして弟を見つめている。そんな彼女から眼を逸らし、ダンは居た堪れなそうに声を上げる。
「コーリー!」
だが、ダンの抗議などどこ吹く風で、コーリーは肩をすくめた。
「二年くらい前から姉さんよく手紙くれるようになったでしょう? 何か察したのか、兄さんてばそれまで以上に鍛え始めて、今じゃ、村の中で向かうところ敵なしなのよね」
そこで、どうです? とブラッドに眼を向けてきた。
もちろん――
「挑戦は、受ける」
だが、そう答えはしたが、ダンがそれで納得するかどうかは彼次第ではないだろうか。
思いは共通らしく、皆が同時にダンを見た。追い詰められて、明らかに仕方なくという風情で、彼はため息をついた。
「……判った。俺に勝てば、その人のことを認め――てもいい」
「往生際が悪いわね。ま、いいわ。で、今晩やっちゃう? 明日にする?」
「今すぐだ。いいですか、デッカーさん」
「ああ」
頷いたブラッドに、ダンは静かに立ち上がった。




