SS:初顔合わせで意気投合――?
家族に、今日帰ることは伝えてある。
ケイティは扉の前に立ち、いったんブラッドを振り返った。
「いいですか、だんな様?」
見上げた彼は、何というか――すごい顔をしている。そう、まるで、足を踏み入れたら二度と戻っては来られない荒野にでも赴こうとしているような。
「そんなに緊張しなくても、うちの父は優しい人ですよ?」
苦笑混じりでそう言うと、ブラッドの眉間の谷間がギュッと深くなった。
「だが、もしもオレの娘にオレのような男が現れたら、取り敢えず剣は手元に置いておくぞ?」
その真剣な眼差しを見るに、きっと本心なのだろう。
娘ができたら苦労するだろうなとため息をこぼしつつ、ケイティは扉に手をかけた。
「普通はそこまでしません。とにかく、開けますから」
「あ、ちょっと待――」
滅多に聞けない彼の慌てふためく声を耳から耳へと聞き流し、ケイティはサッと扉を開け放つ。
「ただいま、来たよ」
部屋の中、彼女のその声に真っ先に反応したのは末っ子のロビン、次いでその上の妹のリンジーだ。
「あ、おねえちゃん!」
待ちかねていたようにパタパタッと駆け寄ってきたロビンとリンジーは、その勢いのままケイティに飛びついてきた。が、二年前ならいざ知らず、一番小さい弟も、父親譲りの成長ぶりですでに彼女とほとんど身長が変わらなくなっている。二人を受け止めきれず後ろに倒れ込みかけたケイティを、すかさず伸びてきた大きな手が支えてくれた。
「ありがとうございます」
頭を反らせて礼を言ったケイティに釣られるようにして、ロビンとリンジーも視線を上げる。そしてその目が大きく見開かれた。
「うわぁ」
発せられたのはその一言だけだ。
ケイティにしがみついたまま言葉もない弟妹の気持ちを代弁するように、彼らよりももう少し年長の少女の声が続く。
「怖い顔」
「ちょっと、コーリー!」
ケイティはパッと部屋の中へと視線を投げて、その声の主を睨み付ける。
咎めたケイティに、コーリーが肩をすくめた。母親似の幼い顔立ちで小柄なケイティとリンジーとは違って、この上の妹はスラリとした長身の美人だ。確か、もう十六歳にはなったはずだけれど、その年齢よりも大人びて見える。並んで立てば、知らない人ならコーリーの方を姉だと思うに違いない。
そんなコーリーは姉のお叱りなど意に介さず、腕を組み、立てた人差し指を唇に当てて小首をかしげた。
「ホントのことじゃない。その人がデッカー隊長さん――姉さんの『だんな様』?」
怖い顔、と言いつつ、コーリーに怯んだ様子は全くない。しげしげとブラッドを見つめた後、ケイティにその眼を移した。
「なんかすごくオジサンだけど、いいの? 村に戻ってきたら、もっとピッチピチなのから引く手数多じゃない。姉さんが村を出てからもう三年は経ったんだっけ? なのに、まだ道を歩けば絶対に誰かしらからいつ帰ってくるのかって訊かれるのよ?」
一瞬、ケイティの肩に置かれていたブラッドの手に力がこもりかけ、握り潰してしまうのを恐れたのか、パッと離れていく。眼だけを彼に走らせると、極めて渋い顔をしていた。
「コーリー、初対面でだんな様をからかうのはやめてよ。だんな様も真に受けないで。コーリーってば、村の祭りでいっつもあたしが独りだったの、覚えてるでしょ? あんたはモテモテだったけど、あたしは声かけてくれる男の子なんていなかったから、毎回ダンがついてきてたじゃない」
「それはついてきてたっていうか……まあ、いいわ」
小さくため息をこぼしたコーリーは、若干呆れ混じりの声で呟いた。その溜息とその口調に眉をひそめ、その台詞に首を傾げたケイティをよそに、コーリーは姉の頭上を通り越して晴れやかな笑顔をブラッドに向ける。
「初めまして、デッカーさん。お義兄さんって呼んだ方がいいかしら」
「いや、それはまだ、少し早いかと」
「手紙どおりの堅物なのね」
「コーリー!」
「何よ、姉さんの手紙を読んでの率直な感想よ」
ケイティはコーリーを睨み付けたけれども、彼女はどこ吹く風という風情だ。この妹に、口で勝った試しがない。諦めて、肩越しにブラッドを見上げた。彼はコーリーの口撃に面食らっているようだ。
小さく笑い、ケイティは弟妹たちを彼に紹介する。
「これが末っ子のロビン、こっちが四番目の妹リンジー、あれがその上の妹、コーリーです。コーリーの言うことは、話半分で聞いてくださいね」
と、ケイティのその台詞にコーリーはにこりと笑う。
「しょっちゅう姉さんが手紙に書いてくるから、なんかもう初対面って感じがしなくって。でも、姉を狙ってたのがいるのはホントの話ですよ、隊長さん。確かにうちの父は優しいですけど、父より数倍手強いのがいますから。ソレが、姉がこんな鈍チンになった原因なんですけどね」
「あたしは鈍くなんてないわよ? 何よ、その『原因』って」
唇を尖らせたケイティに、コーリーはグルリと目を回す。
「だから――」
だが、ケイティのその問いかけにコーリーが再び口を開きかけた丁度その時、低い声がそこに被った。
「お帰り」
声は家の中からではなく外からのもので、ケイティはパッとそちらを振り返る。
「ダン! ――って、また大きくなった……?」
彼女は目を見開き、先ほど弟妹がブラッドに対してそうしたように、一番上の弟をポカンと見上げた。
大きい。
というより、いかつい。
前に会った時もすでに背丈は充分に育っていたけれど、なんというか、あの時よりも厚みが増していた。ブラッドと並んでも、遜色ないくらいに。
扉の間近でかなりの場所を占めているブラッドには全く目を向けずに大股でケイティに歩み寄ってきたダンは、手を伸ばしてリンジーとロビンを彼女から引き剥がす。しゃがみ込んで二人を下ろしてから、ケイティにその目を向けた。
「お帰り、ケイティ」
「ただいま。父さんかと思っちゃった」
にこりと笑ってケイティがそう言うと、ダンの目元も和らいだ。
「よく言われる。父さんと母さんもすぐ来るよ」
「ありがと。あ、ダン、そちらがブラッド・デッカー隊長よ」
「……ああ、例の」
呟きスッと目を細めたダンは短く応じ、立ち上がる。そうしてゆっくりと身を翻した。
「姉がお世話になっているようで」
ずいぶんと低い声でダンは言い、ブラッドに片手を差し出す。
「いや、こちらこそ、彼女にはいつも世話になっている。君のことは、よく聞かされた。とても頼りになる、と」
十は年下の相手にブラッドは生真面目な顔と口調で言い、ダンの手を握った。
「そうですか。俺もあなたのことは古くからの知り合いのように感じますよ。姉が毎回手紙に事細かく書いてくるもので」
「そうですか」
「ええ」
ダンもブラッドも、初対面にも拘らずずいぶんと会話が弾んでいるようだ。二人とも、普段はあまり口数が多くないのに。
と、組み合わされた彼らの手を見て、ケイティは眉をひそめる。
(……ずいぶん、固く握り合うのね)
二人とも妙に筋が張っていて、微妙にプルプルと震えている。緊張で、というわけはないだろうから、力が入っているのだろうけれども。
(そんなにガッチリ握手をするなんて、一目で意気投合してくれたのかな)
外見だけでなく彼らは世話焼きで過保護なところもよく似ているから、実際、気が合うことだろう。
大事な二人が仲良くしてくれたらいいなと微笑むケイティの隣で、チラリと彼女を見たコーリーが何故か深々とため息をこぼした。




