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SS:旅路にて

 良く晴れた秋の日、警邏隊の指揮を副隊長ルーカスに任せ、ケイティとブラッドはロンディウムを旅立った。目指すのはケイティの故郷バルベリーだ。

 目的地までは片道でも七日ほどを要する。

 ――詰所を出て半日もせずに先を思いやることになろうとは、見送ってくれるフィオナたちに笑顔で手を振っていた時には、ケイティは夢にも思っていなかったのだが。


 ソレが始まったのは、サウェル地方への駅馬車に乗り込んでから間もなくのことだった。


「ケイティ、寒くはないか」

「ケイティ、尻は痛くないか」

「ケイティ、気分は悪くないか」

 ……などなど。


 よくぞそんなに案じることがあるものだと呆れ――いや、感心してしまうほどに、ブラッドは間断なく彼女に訊いてくる。彼はずいぶんな荷物を持ってきていたけれど、そこにケイティ用の毛布やらケイティ用の座布団やらが入っているとは、誰が予想できたであろうか。少なくとも、事前に彼女が知ってさえいれば、荷物の半分は減らせたはずだ。

 とはいえ、乗って早々ズイと差し出されたそれらをむげに断ることもできなくて、ケイティは今、温かな毛布と柔らかな座布団に守られている。


 そして、ブラッドの『守り』はそれだけではない。

 ロンディウムで乗り込んだ時に隣に座った若い男性が少ししつこいほどに話しかけてきたのだけれど、ケイティが適当にいなしているうちに調子に乗って手を伸ばしてくると、ひと睨みで撃退してしまった。

 彼はあの後次の停車駅でいそいそと降りていってしまったが、目的地があそこであったことを祈るばかりだ。

 ようやく行程の半分ほどまで来たところだけれど、復路も入れれば旅路はまだまだ残っている。

(ホント、何でこんなに過保護なの)

 思わず彼女がため息をつくと、ブラッドがすかさずそれに反応する。

「ケイティ――」

「寒くも痛くも気分が悪くも喉が渇いてもお腹が空いてもいません」

「……そうか」

 機先を制して流れるように言ったケイティに、ブラッドは憮然と呟いた。


 ブラッドは、たとえるならば大型の猟犬だ。けれどそんなふうに肩を落とされると、ケイティは、何だか仔犬の尻尾を踏んでしまったような罪悪感に駆られてしまう。

「少し、うちの家族のことをお話しておきましょうか」

「え? ああ」

 パッと顔を上げたブラッドは、やっぱり大型の――忠犬だ。

 思わずプハッと笑ってしまったケイティに、ブラッドが訝しげに眉根を寄せる。

「何だ?」

「いえ、なんでも、ないです」

 見上げるような上背があって、体重なんて余裕でケイティ二人分はあるような人に対して不適切だとは思うけれども、そんなところを見させられたら可愛いと思ってしまうのは仕方がないことなのではなかろうか。


 ブラッドはまだ怪訝そうな顔つきをしていたけれど、ケイティは小さく咳払いをして話題を変える。

「えっと、ですね、父のベンは真っ直ぐな茶色の髪と、茶色の目をしてます。あまりしゃべらない人ですね。大きくて見た目は厳ついけど、とっても優しいです。母のアビーは、多分ビックリするほどあたしと似てますよ。もう四十になるけど、全然そう見えないと思います。一番上の弟はダンって言って、あたしよりも三歳下です。あたしと同じ赤毛なんですけど、父と同じように真っ直ぐなんです。そのまた三つ下に、妹のコーリーがいて、更に四つ下に二番目の妹のリンジー、その三つ下に一番下のロビンがいます」

「子だくさんだな」

 感心したように言うブラッドに、ケイティは頷いた。

「ええ。父と母は仕事で忙しいから、特に下の二人はあたしが育ててたようなものでした……家を出るまでは」

 その『家を出る経緯』があまり良いものではなかったから、ケイティは、口ごもった。そんな彼女の頭を、ブラッドがクシャリと撫でる。

 ケイティは彼に笑顔を返し、続けた。

「上の妹のコーリーは、ちょっとおマセです。いつかロンディウムに出て来たいって、いつも手紙に書いてきます。すぐ下の弟のダンは――過保護、です」

 ケイティはチラリとブラッドを見遣った。


 そう言えば、ダンとブラッドはちょっと似たところがあるかもしれない。どちらも、ケイティに対して妙に――過剰なほどの――庇護欲を抱いている。

(よく、父親は娘の結婚に反対するっていうけど、うちはダンがそうしそうよね)

 最後に弟に会ってから、もう一年にはなる。あの時もずいぶん大きくなったと感心したものだけれども、彼は父と似ているから、きっと、もっと大きくなっていることだろう。


 大きな身体で睨み合う二人の姿を想像してしまったケイティが思わずクスリと笑いを漏らすと、ブラッドが眼で「なんだ?」と問いかけてきた。

「いえ、その、だんな様はうちの弟と気が合うかもしれないな、と思って」

「……そうか」

 ボソリとそう答えたブラッドは、微妙に嬉しそうだ。


「えっと、それからですね……」

 尽きることのない家族の逸話を披露するケイティに、いつもは硬い表情を和らげてブラッドが頷く。


 ――そんなたわいもない話を重ねているうちに、馬車の揺れのせいか、旅の疲れのせいか、ケイティはいつの間にか眠りこんでしまっていたらしい。

 ふと気づくと、彼女は温かな何かに包み込まれていた。頬は弾力のある壁に押し当てられている。


(あれ?)

 片足を眠りに突っ込んだままでもそりと身じろぎをすると、頭の上から声が降ってくる。

「まだ寝ていろ」

 声は上からだけではなく、壁からも響いてきた。そして、背中から肩に回された力がケイティを動かし、寝心地が良いように姿勢を整えてくれる。


「ん……」

 夢うつつで頷き、規則正しい太鼓の音が低く響いてくる温かな壁に頬をすり寄せた。絶え間なく続くその音はとても心地良くて、より一層眠気を誘われる。


 守られている。


 無条件にそう感じられて、ケイティの全身から力が抜ける。

 ふわりと微笑むと、頭の天辺に、何か柔らかなものが押し当てられた気がした。低い声が何かを囁いたけれども、眠い頭はモヤモヤと聞き流してしまう。ただ、とても嬉しい気持ちにさせてくれる言葉だったとは、思った。


「あたしも、ですよ」

 無意識にそう答えて、丸まる。

 それを最後に、ケイティは毛布以上に心地よい温もりに包まれて、また深い眠りに落ちていった。




あと数話、です。

またしばらくお時間をいただきます。

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