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獅子奮迅の獅子隊長

 馬で駆けつけた現場は大混乱の態だった。

 燃えているのはこじんまりとした一階建ての家で、人が住むためというよりもちょっとした倉庫か何かのようだ。建物は小さいが、火の勢いはまだまだ強い。しかし、隣家とも通り一つ隔てていて、幸いなことに飛び火は見られない。


 状況を一望し、ブラッドは眉間にしわを寄せた。


 まずは、何より延焼を防がなければ。

 先行した警邏隊員たちが指示を出そうとしているものの、慌てふためく町民たちの耳には半分も届いていないようだった。消火にかかり始めている者もいるが、何をしていいのかが判らないという風情で右往左往している者の方が、目立つ。


 ブラッドは馬上で声を張り上げる。

「落ち着け!」

 空気を震わせんばかりの咆哮は、炎が燃え盛る音も人々の叫喚も貫いて辺り一帯に響き渡った。と、皆がピタリと動きを止める。

「慌てるな! この程度であればすぐに消せる」

 ブラッドは馬から飛び下りた。

「皆、水桶や盥は持ってきたな? ここより東に住む者は東の井戸から、西に住む者は西の井戸から水を運ぶ。三列に並び、汲んだ水を隣の者へ渡していけ。先頭の者は家に掛けろ。端の者は隣家へだ。訓練を思い出せ、違いは火が実際にあるかないかだけだ」

 言いながら彼は馬の背から斧を取り、炎が燃え移りそうになっている木箱を打ち壊す。

 窓から炎が伸び熱気が肌を舐めるが、意に介さなかった。

「燃えやすいものは撤去しろ」


 木箱の残骸を蹴り飛ばして炎から遠ざけたブラッドの動きで、皆我に返ったようだ。わらわらと動き出し、これまで嫌というほど積み重ねてきた訓練通りに列を作り始める。

 確かに水瓶という物理的な備えは使えなくされていたが、住人への訓練は無駄にはなっていなかったようだった。ブラッドの一喝が功を奏したのか、あるべきものがないということに取り乱していた近隣の者たちもするべきことを思い出し、効率よく動き出す。


 しかし、しばらく状況を観察してブラッドは気付いた。


 家という家から集めた盥や水桶を駆使して運んだ水を近隣の家に浴びせることで延焼は防げるが、出火元の家はレンガの壁に阻まれて内部の炎に水が届かない。燃えるものが無くなればいずれ鎮火に至るのだろうが、今はとてもではないが悠長にそれを待ってはいられない。ブラッドは、とにかく一刻も早くケイティの元に戻りたかった。


「壁を壊す!」

 業を煮やして一声吠えて斧を振り被ったブラッドに、ルーカスが目を剥く。

「ちょっと、隊長、それは危険でしょう!?」

 確かに、密閉された空間で不完全燃焼を起こしているところに突然新しい空気を送り込むと爆発的に炎が噴き出すことがある。だが、これだけ燃えていれば、むしろその危険はないはずだ。

「黙れ。下がってろ」

「隊長――ッ」

 ルーカスの制止を無視してブラッドは斧を壁に叩き付けた。熱で脆くなっていたのか、その一撃で穴が開く。そこから噴き出す熱気も意に介さず、ブラッドは渾身の力で斧を続けざまに打ち振るった。

 隊員も住人も束の間呆気に取られていたが、すぐに我に返る。微塵も火を恐れていないブラッドに鼓舞されたように、運んできた水をぶちまけ始めた。


 あっという間に壁のほとんどが失われ、ブラッドは斧を地面に放り投げる。

「水! 水だ!」

 すぐさま手渡された水桶の中身をひとまず我が身に被り、ギリギリまで炎に近づいて次いでやってきた二杯目をその根元に叩きつけた。

「次!」

 熱と煙でひりつく喉から声を張り上げる。と、町民の幾人かもブラッドに倣って前に進み出た。

「無理はするな。自分の身の安全を第一に考えろ」


 次から次へと水を浴びせかけられて、音を立てて燃え盛っていた炎も次第に抑えられていく。燃える物はあらかた燃え終わっていたこともあって、くすぶる程度になるのに、そう時間はかからなかった。

 煙で喉も目も痛む。

 しかし、ブラッドは怯むことなく踏み止まり、下がっていく火を追いかけるようにして一歩、また一歩と足を踏み出した。家の中へと進んだ時、再びルーカスが警告の声を上げたが、無視する。


 やがて内部にも炎らしきものは目に入らなくなり、ブラッドは周囲を見渡して声を張る。

「小さな火も残すな。怪我人はどうだ? 医者の手がいる者はいるか?」

 そこかしこで声は上がるものの、それはどれも無事を知らせるものばかりだ。

「どうやら大ごとにはならなかったようですね」

 駆け寄ってきたルーカスの台詞に、ブラッドは黒焦げになった家屋に目を遣った。

「幸いな。この家は今晩中に撤去した方がいい。残しておいたらくすぶっている残り火が再燃するだろう」

「そうですね。何人か残して作業させましょう」

 ルーカスに頷きかけ、ブラッドが適当な人材を選び出そうとした時だった。


「隊長!」

 猛る馬の蹄の音がみるみる近づいてきたかと思うと、喧騒を貫いて彼を呼ばわる声が響く。ハッと振り返った先に、馬上のアレンがいた。

「来たか!?」

「はい! 総勢二十三名、間違いなくデリック・スパークです」

『何が』を入れないブラッドの性急な問いに、急な停止で後ろ断ちになった馬をいなしつつ、アレンが答えた。

 ブラッドは奥歯を噛み締める。


 やはり、か。


 アレンは見張りの為に詰め所に残しておいたのだ。護衛ではなく、奴らが姿を見せたらすぐさま報せに来るようにと。


「ガイ!」

「はい」

 呼ばれた隊員の一人が駆け寄ってきた。警邏隊の中でも古参の彼に、ブラッドは短く告げる。

「この場は任せた」

「了解です」

 指示とも言えない指示を受け、ガイは何一つ問い返すこともなくまた皆の中へと戻っていった。


「ティモシー、フランク、ジェス、ディーン!」

 ブラッドが声を張り上げると、すぐさま呼ばれた四人がやってくる。彼らは隊員の中でも特に荒事に向いている連中だ。一人で五人を倒すだろう。彼らにアレン、ルーカス、そして彼自身を入れれば戦力的には充分だ。

「オレたちは詰め所に戻るぞ」

 少し離れた場所でおとなしく待つ馬の元に走りながらそう言うと、彼らもガイ同様何ら疑問を呈することなく付き従ってくる。

 鞍にまたがり脇腹を小突くと、馬は心得たとばかりに地面を蹴って駆け出した。


(大丈夫、彼女たちは無事だ)

 風を切って疾駆する馬の背にピタリと身を伏せ、ブラッドは祈るように何度も胸の内で繰り返した。そして、奥歯を食いしばりながら唸るように呟く。

「今度は、間に合う」


 間に合わせて、みせる。

 大事なものを、二度と、この手から取りこぼしはしない。

 嫌な予感など、くそくらえだ。


「ケイティ、待っていろよ」

 その一言を最後に風に乗せ、あとはひたすらに馬を走らせることに専念した。


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