感情
結局、あの日から彼女のことを思わない日が一日としてなかった日々は、あっという間に半年を過ぎていた
本当に我ながら、こんなにひとつのことを続けたことがあっただろうか
好奇心というものがなかったわけじゃない
だから、小学生の自分は何か興味を持ってはそれをし出し、面白がって群がってきたクラスメイト
でも、それを見ると、途端につまらないもののように感じる
要は、それほどの興味はなかったということになるのだろう
恋愛だって、それなりにしてきた
多分、してきた「つもり」だったのだろう
もし、本気だったか?と、誰かに訊かれたとしたら、「心底、自分の命を懸けてもその人を愛し抜こうと思った」
と、思えた人はいなかった
それなりに、「好き」になった
ただそれだけのことだったのだろう
好きなのだから、その人のために自分の出来得る限りのことはしたいと思ったし、男である僕が何かあれば守ろうと思ったりもしたし、その女性に負担にならないようにと、神経は遣ったつもりだ
それが、その人にとってどれだけ満足の行くものだったかはわからない
結局人間は、どれだけ自分の尺度で相手の気持ちを想像したところで、皆それぞれの価値観があり、似ていると錯覚を起こしたところで、別れが訪れる頃には、「こんなはずじゃなかった」という台詞が聴こえてきたり、音として聴こえずとも、その心の声が届いてくるものだ
そうでなければ、別れなど訪れるはずがない
不思議なことに、その時々で、それなりに自分ではその相手を好きになったつもりだったはずが、別れが訪れると、そこに感情は残らなかった
そんな自分を、毎回、なんと冷たい人間なのだろうと思ったものだ
最後の別れはいつだっただろう
それすら記憶の隅にも引っかからないなんて、相手の女性も気の毒だ
自己分析をし自分自身をどこか遠くの方から眺めてみると、心が動いていない、人間離れした生き物のようにすら見えてくる
そんな自分を好きでも嫌いでもなかった
自分には興味がないのだろう、きっと
それなのに、何故一度だけ会った彼女にこうも執着するのか、何度考えてみても、わからない
いつものように、離れたところに立って自分を見てみようと思ったところで、それすらできない
もう、今日こそは止めよう
もう、絶対にあの場所には行くまい
休日の朝、そう決心するのに、何故か僕の足はあの場所を目指してしまう
行ったところで会えるはずもないのに
僕が彼女の質問に答えた内容の解答を、ちゃんと聞いておけば良かったと、彼女が放った言葉を何度も反芻してみたりもした
どんなに掘り起こしてみても、浮かぶのは、僕に訊ねたときの言葉と、その時の表情と、あとはあの大きな口を開けて、腹を抱え、涙を零しながら笑っている、あの顔と声だけだ
実際、そうだったはずだ
彼女は、僕の放った言葉への解答は何一つ言っていない
例えば、
「結婚は、指輪をしていないだけで、しています」
の解答をもらっていたら、今この瞬間はなかっただろうか
「私は、銀行員です」
そう仮に彼女が教えてくれていたら、その辺りにある銀行に出向いて、彼女を探すことができたかもしれない
「私に穴?あなたばかじゃないの?」
と、僕を罵ってくれていたら…
そんなことを考えている自分が、これまでに存在していなかった自分であって、困惑することも多いが、決して嫌悪するものではなかった
だから、こうして続けているのだろう
そんなことを考えているうちに、結局僕はあの日のあの場所に立っている
いつも、着いたら夕方だ
そこで、どのぐらいの時間をただ佇むことに費やしているのだろう
辺りが暗くなってきて、ただ黙って立っているには寒くなってきてしまった今、何も起きずにまた家に戻るのだ
無駄に思えるこの行為を、たったの一度でも無駄だと思ったことがない自分もまた、不思議でならなかった
でも、もう本当にこの日々には終わりをどこかで決めなければいけないのではないだろうか
そう思っていたある日、また仕事で彼女に出会った街へ行くことになった
半年も通って会うことはなかったのだから、仕事で訪れるとしても会えるとは限らない
寧ろ、会えない確率の方が高い
なのに、僕の心は今までにないような感覚を覚えていた
それは、今までにないのだから、表現は難しい
よく、ドラマや小説などで目にする、「心が躍る」と言う表現は、こういう感情なのかもしれない
それと、きっと、「胸が苦しい」などは、きっとこういうことなのだろう、と思えるような症状も初めて経験した
息苦しいような、胸の奥の方が微かに細い針か何か尖ったもので刺されているような、そんな感覚だ
それは、彼女と出会ってから知ったものだった
僕はただ彼女に会いたかった
その後のことや、それ以外には何も望むことはなかった
もし、この先会えなかったとしても、ずっと思い続けてしまうような気もしていた
それでいいとすら




