何故
朝起きると、彼のことを考える
朝と言っても、アルバイトは週に5日、時には6日出ているから、私の朝は大体昼過ぎになる
起きたらすぐに彼がいる
私の頭の中にだ
頭の中なのか、心の中なのか、どちらなのだろう
心の方が、しっくりくるかもしれない
顔を洗って歯磨きをして、食事を作り、出来上がったものを食べるときもずっと心の中にいる
真ん中に、座っているかのように、動くことがない
最近では、食事が済むと、彼と出会った場所に毎日足を運ぶ
あの日、その時間帯に出会えたからだ
そうして、何の用事もないのに小一時間「これは散歩なのだ」と、する必要のない言い訳を自分に言い聞かせ、あの場所で少し座りこんでみる
当然のことながら、これまで一度も彼に会えたことはない
何故あの日があったのかが不思議なぐらい、会えない
そう考えては、そんなの当たり前だとその自分をせせら笑う
「これは散歩なのだ」
そんな言い訳は、時々あまりに自分が滑稽に思えてくる伏線なのかもしれない
羞恥心のようなものが、顔を出す瞬間だ
そういう瞬間に、その伏線を張り巡らす
誰にかと言えば、自分にだ
そんな自分がまた、滑稽に思えてくる
こんな独り芝居をして
そう思うくせに、そんな自分が嫌いではなかった
思えば、ここまで感情がぐらぐらと動いたことはあっただろうか
そう考えると、自分の人生に、今の今までなかったことを知る
それなりに恋愛と呼べるような出会いも多くはないがあり、結婚までした
人生なんてこんなものなのだろうと思っていたし、それも結婚生活を送り、離婚をすることになるまではそこまで考えたこともなかったのかもしれない
あのことがあってから、結婚生活を送ってみて、自分がしてきた『恋愛』は『恋愛の真似事』だったのではないだろうか、と思うようになり、そもそも『恋愛』とは何か?を考えたりもした
『恋愛』自体がわからなければ、『真似事』と言うことすら意味を持たないような気がした
そしてあの日、彼に出会ってから、その感覚は更に強度を増した
恋愛という言葉に何かとてつもない違和感を覚えてみたり
愛自体を知らなかった自分を、確信とまで言えるぐらいに感じ
では、これまでは何だったのだろうか
ここまで、ただ知った風な顔をして生きてきたのだろうか
小さな粒のような、まだ形にもなっていないような、目には見えない種はどこかにあったような気がしてはいる
何故生まれてきたんだろう
何故生きているんだろう
何故この人と一緒にいるんだろう
何故この父と母から私という人間が出来上がってきたのだろう
何れ来る死の後は、その後は…
何故
何故
それは、幼少期の方が強く思っていたことかもしれない
大人と呼ばれる年齢になるに従って、そんなことを考えていることの方がおかしい、と、すぐに振り払って日常を送っていた
不満があったわけではなく、かと言って、何かに満足して生きてきたか?と誰かに訊ねられたら、即答はできない
もしかしたら…
それが、彼が言った「穴」なのだろうか
答えが見つかりそうな気がしたけれど、また日常生活に戻らなければならない
それもまた、その日常生活はじゃあ何のためにするのか
と、思考が止まることなく継続してしまうことを遮断して歩き出す
そんな日々を、もう止めてしまいたい
そう思っては、ずっと続けていたい
相反する気持ちが毎日交差する
どうしてこんなに彼が私の心の真中に動かずに居続けるのか
たった一度だけ
それもたったの数時間
あの瞬間のことに、何故これまで自分は執着するのだろう
今度もし彼に会えたら、それを質問してみたい
それすら、あり得もしないことなのに
きっと会える
どこかで、そう思っている自分もいた
無意識に近い、意識の中で




