穴
年齢
30
そう、あの男性の言ったところの30から前後3歳
ではなく、どんぴしゃ30
結婚は、していない
離婚してからどのぐらい経ったのだろう
結婚は一度、した
仕事は…
ジーンズにTシャツ
そのTシャツも、気に入ったら何度も着てしまうから、薄とぼけた色になったブルー
ちょうどスカイブルーになったから、自分的には尚更お気に入りになったけれど、同時にヨレヨレになるという副産物もついてきている
でも…
ヨレヨレでも、スカイブルーの方を私は選ぶ
そんな私を見て、カタい仕事はしていないかもしれない
でも、休日にラフな恰好をしているだけかもしれない
もしかしたら、何もしていないのかもしれない
そうあの人は、言った
何もしていないわけではないけれど、カタい仕事をひと月前に辞めた
そのあとは、近所のコンビニで、夜中のシフトを選び働いている
本当は、しばらく失業保険をもらえるはずで、その金額もそう少なくはないけれど
失業保険をもらうのが嫌だったから
その理由は…
いや、理由はないに等しい
そして
『穴』だ
その言葉が一番私の真ん中に刺さった
どんな『穴』なんだろう?
形も去ることながら、深さは?大きさは?色は?穴だから、黒いのか?どんなイメージなの?
私には、『穴』が開いているの?
それは、嫌な感じなの?それともどういう意味合いで言ったの?
あの時のように、鬱陶しいぐらいに質問が湧いてくる
ふとした瞬間
歯磨きをしているときとか
ドライヤーで髪を乾かしているときとか
眠りにつく数分前とか
どうして?
どうしてそう思ったの?
そして
なんとバカげたことが頭を支配するのだろうと、頭に浮かんだそれらを払拭し、目を閉じているといつの間にか眠りについているようだった
大体が、何故私はそんなことをあの男性に訊いたのだろう
あの男性は、何故あんなに真剣に答えてくれたのだろう
そもそも、『穴』が開いているように見える
なんてことは、言うにとても勇気のいることではないだろうか
初めて会った、いきなり変な質問をしてくる相手に
初めてではなくても、知人だったり、もっと親しい間柄であっても躊躇するはずだ
なのに私は、そう言ってもらえたことが、驚きはしたものの
どこか嬉しかった
あの後、ふたりでわけもわからず笑いあったあと、じゃあこれで
とお辞儀をして別れたのは、私が声をかけてからどれぐらい経っただろうか
多分、暗くなりかけていて、夕焼けがきれいだな、と思ったのだから、私があのあたりをぶらついていた2時ぐらいから2、3時間はいたのではないだろうか
所謂、『アカの他人』って方とそんなに長く一緒にいた自分が、今ではとても不思議なのだけど
それでも私は、あの時間が愛おしくてたまらかった
もう、二度と会うこともないあの男性
もう一度会ってみたいという感情が、私の中で充満していた
どこかで、映画やドラマのように、そんなことがあるのではないだろうか?と、期待している自分もいた
そんなこと、これまでの人生で思ったことなどなかったのに
『アカの他人』は、親族や周りの親しいと呼べる誰よりも
家族のような気がした
こんなこと、普通に世の中で発言した日には、『イタイヒト』と言われてしまうのだろう
普通
「普通…普通ってものも、何を基準に捉えればよいかわかりませんけどね」
あの男性は、そう言った
あの瞬間、もしかしたら、『穴』が開いていると言われたよりも深く、何かが刺さったのかもしれない
私もずっとそう思っていたから




