独り芝居の待ちぼうけ
あの場所がある、あの街へ降り立ったのは午前10時
仕事上の予定は、昼には終わることになっている
多分、あの日と同じような時間帯に、あの場所に行けるはずだ
日々の仕事の中で、仕事中は仕事以外のことを考えたことはなかった
移動中や休憩中には、彼女のことが頭に浮かぶ頻度は、高く
高く、と言うよりも、全てと言っても大袈裟とは言えないぐらい、仕事以外の時間は彼女が頭に、心に棲んでいる
でも、仕事は仕事だ
なんとか集中し、早く仕事が終わるのを心待ちにしていた
そうなると、仕事も楽しく感じられるから不思議だ
思いの外、仕事が長引いてしまい、あの日よりも数時間遅くなってしまった
多分、あの日は午後の1時から2時の間ぐらいだったはずだ
僕は、時計が3時を回ってしまったことに若干焦りのようなものを覚えながら、あの場所に向かった
そして、いつもの休日とは違って、
「あるはずもない」
と、心の中で思いながらも、どこかいつもよりも期待してる自分がいた
しばらくその場所に立ち、立っていることに疲れてはしゃがみ込み、そしてまた立って
それを何度繰り返しただろう
空は青を赤に染めようとしていた
誰が染めているのだろう
そんな、誰かに訊いたとしても、どうしようもないようなことを考え出していた
かれこれ何時間経ったか
赤はすっかり群青色に色を変え、そこから星が浮き出るぐらいの暗さになるのにはさして時間は必要なかった
その日の夜空は、心が透き通ってしまうぐらいに、星が綺麗だった
彼女はこの夜空を、星空を観ることはできただろうか
とうとう、彼女に会うことはできなかった
落胆しているか?
と訊ねられたら、どうだろうか
落胆とは、決して言い難い
どちらかと言うと、晴れ晴れとした気持ちに似ているような、良いか悪いかと言えば、「良い」方に傾いた気持ちだった
勿論会いたかった
出来ることなら、会って、これまでたくさんの文字を頭に浮かべたことを、彼女と共有してみたかった
そして、自分の気持ちを確認したかった
でも、彼女にはとうとう会うことはできずに、僕は、その場所を離れることにした
これからまた電車を乗り継いで、自宅に戻るだけだ
ふと、昼食を取引先の担当と摂ったのを最後に、何も飲食していないことに気づいた
まだ、繁華街であるこの街は眠ることを知らない
入ろうと思えば、ラーメン屋だって、蕎麦屋だって、飲み屋だって、あらゆる飲食店の灯りはまだまだ消える様子は見えない
朝が来るまで、きっと数軒は点いているだろう
それなのに、さっぱりどこかで外食をしようという気持ちにはなれなかった
食欲がもう、永遠に無くなったのではないだろうか、というぐらい空腹感がなかった
ただ、喉の渇きには、数時間前から気づいていた
ふと目に入った、国道を挟んだコンビニに向かった
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今日は、夕方からのシフトの子が休みとかで、いつもと少し生活が変わった
朝方帰宅したものの、昼過ぎの私にとっての朝が来て、日課である「あの場所」へ足を運ぶことはできなかった
どうせ、毎日のようにあの近辺には仕事のために行くのだけれど
なんとなく、日常になった生活を覆されてしまったようで、居心地が悪かった
それでも、仕事となれば仕方がないので、今日の深夜まで働いて、また明日に日常が戻ればいい
そう思っていた
平日は、昼前後の、サラリーマン・OLの利用客が多いらしく、その次は夕方から夜にかけての客の入りが多いことを、同じアルバイトの中国人の女の子が教えてくれた
その彼女の言う通りに、6時を過ぎたあたりから脚足は増え続けた
レジは4台
私は、自動ドアから2番目のレジで打つことが多い
お客様が居なければ、大概陳列棚を整理したり、パソコンの業務を頼まれ、それに従事している
その日は人足が途絶えることがなかったので、殆どをレジに立つことで過ごしていた
中部地方の水を手にした、男性の手
普段、あまりお客様の顔を見ることもなく、ただ商品のスキャンをし、レジに表示される合計金額を確認し、お客様に伝えるルーティンだったが、何故かその男性の手を目にしたときに、顔を上げ、男性の顔を見た
そのときの心臓は、止まってしまうぐらいの衝撃だった
そこに、あの彼が立っていたからだ




