客観性ってやつ
誰でもよかった
とりあえず、誰でもいいから訊きたかった
だから、まさに今すぐ傍を通り過ぎていこうとしている男性に声をかけた
「すみません、私はどのように見えますか?」
男性は、立ち止まり、何を言われたのかわからないのか、ただ私を凝視して、
「え?どういうことですか?何とおっしゃいましたか?」
私は自分から訊ねておきながら、その男性を逆に凝視し、この男性の年の頃は、何をしているのだろう、何を考えているのだろう、何を好み、何を…
そんなことを凝視し合いながら脳を動かし始めていた
「あの…」
そして、男性の『あの…』で我に返った
「あ、すみません。私を見て、どのように感じるかお訊きしたかったのです」
「…そう言われましても…急にそういうことを訊かれることはまずないですから」
「そうですよね。普通じゃないですよね、きっと」
「普通…普通ってものも、何を基準に捉えればよいかわかりませんけどね」
男性は少し、笑った
そして、なんとか頭の中を総動員させたのだろうか、ぽつりぽつりと『私』について語り始めてくれた
そのときにはふたり、お互い凝視したまま炉端に座りこんでいた
時間の経過はどれぐらいだったのか
然程短い時間ではなかったと思う
「あなたは多分、三十を3つぐらい若いか、逆に進んでいるかぐらいではないでしょうか?そして、私から見たら、確実に女性。結婚指輪をしていないから、結婚はしていないのかもしれません。でも、指輪が嫌いなのかもしれませんね。服装から想像すると…カタいお仕事をされているようには感じられませんが、それも休日にラフな御姿でお散歩をしているだけかもしれませんし、何とも言えません。寧ろ、お仕事をされていないのかもしれませんしね。そして…」
せっかく、口を開いてくれたかと思ったら、『そして…』で止まってしまった
止まった時間はどのぐらいなのだろう
10分ぐらいだったか
もしかしたら、30分ぐらい経ったのかもしれない
空を見上げたあと、
「穴があいているように見えます」
と言って、ふーと息を吐いた
もし、私に穴があいているとしたなら…
その息が私のその穴に、すーっと入ってくるような気がした
「何故?その穴は何?」
私は、そんな回答に困るようなことを口走っていた
「わかりません。私も何故そんな言葉が口から出たのでしょう。わからないけれど、表現できないから『穴』と言いました。もし、気分を害されたらごめんなさい」
ごめんなさい?
こんな不躾なことを訊いているのは、私なのに
私は何故か可笑しくなって、突然笑いがこみ上げてきて、腹の底から笑った
どれぐらいぶりだろう
どれぐらい笑っていなかったのだろう
笑えば笑うほど可笑しくなって、更に笑った
すると、男性も私の笑いにのせて、笑った
ふたり、路傍で止まることを忘れたように、笑った
一頻り笑ったあと、お互い涙を拭きながら、それでも凝視し合ったまま路傍に座っていた
「あなたは、通りすがりの、私のこんな変な質問に何故そんなに一生懸命考え、答えてくれたのですか?」
とてもおかしなことを訊くものだ、と思いながら、再び男性に訊ねた
すると男性は、
「わかりません。何故でしょうね、いい加減に答えることもできますし、それこそ無視して去ることだってできたはずなのに。なのに、あなたのお訊ねに真剣に考え、答える自分がいました。私も考えながら、何故だろう?こんなことを突然訊かれ、何故こんなに真剣に考えているのだろう?と、幾ばくかの葛藤はありました」
そう真剣に答えてくれるものだから、また私は腹を抱えて、笑った
失礼なことをしている自分に気づいていながら、何故か、笑った
すると、また男性も、
笑った




