まあ、よくあるシチュで影を見た。
拙い文章ですが、読んでいただければ幸いです………
体育の授業で使用しているジャージで来たのは間違いだったな、と、少女は軽く溜め息をついた。汗をかいたくらいなら洗えば何とでもなるが、血がついてしまったらどうしようもない。ましてや、紫色の血がこびりついているだなんて。
(まあ、明日の授業の時は適当に忘れたとでも言って、誰かに借りよう)
少女は武器―――――天使の羽を模した細身の剣を鞘に戻しながら、目の前の残骸を眺めた。蛇のような形の巨大な怪物が、午前2時半の校庭のど真ん中に転がっている。先程の紫色の血云々は、蛇から飛び出たものだ。所謂『悪の怪物』であるこれを少女が倒しておかなければ、深夜の街は今頃跡形も無かったことだろう。
少女はこういった怪物を倒す役目を担っていた。先祖代々が家業としていることで、彼女は果たすことに特に不満も誇りもなかった。
これの肉片や血で荒らされた校庭等の片付けは、彼女の『相棒』がやってくれる。少女は早く帰宅しようと、剣の収められた鞘を右肩に背負った。
彼女の『相棒』は蛇が苦手で、戦闘が始まると早々に気絶した。彼女はその体を安全な場所に運んでから、蛇をめった刺しにしたのだった。
そろそろ起きた頃だろう。臆病だが、ちょっとやそっとの危険なものにやられるような奴ではないし、どうせ無事だよな………と、少女は『相棒』を放置することに決めた。
『相棒』は少女と同じ年の男であるので、いくら少女が強いとはいえ、運ぶのには難儀するのだ。
明日も彼女には通常の学校生活が待っている。本来なら、健康健全な女子高生が起きていて良い時間ではない。
少女は乗ってきていた自転車に跨がった。
「今度のは変身とかするタイプじゃないんだね」
背後から、若い男の声がした。少女は驚き、振り向いた。そこには闇しかない。そのことが一層恐怖を掻き立てた。
そもそも、普通の人間がこんな時間にこんな場所にいるわけがない。つまり、声の主は少女にとっての『敵』だということだ。
戦いの前にいつも、『相棒』によって学校の土地全体には結界が掛けられる。一般人が入ってこないように、また『敵』が校地から出ないようにするためだ。先程まではこのような気配はなかった。この声の主は、結界を破って侵入した様子である。
強力な結界を抜けるとは、かなり上位な『敵』のようだ、と察した少女は素早く自転車から降り、背中の剣に手を掛けた。
じんわりと辺りに響くような声は話を続ける。
「そう警戒しないでよ。今夜は君を襲いに来たわけじゃないんだから」
「…………誰だ?『敵』だよな?」
少女は出来るだけ平静を保つようにした。彼女の教師役だった者が、『敵』は弱い心に付け込む、と語っていたからだ。精神攻撃を仕掛ける『敵』がいるとも。
敵意がないという敵が何処にいる?簡単に人を信じるな、とも教師役は忠告していた。
「そう、君にとって僕は『敵』だし、僕にとって君は敵」
詩吟のように、闇の中の男は言った。柔らかい口調だが、熟練の戦士である少女を身震いさせるだけの覇気を纏っていた。
「何をしに来たんだ」
「君を見に来たのさ」
闇から二つの赤い瞳が覗いた。
「私?」
「そう、君」
赤い瞳は瞬きをしない。ずっと、震える少女を眺めていた。
「期待してるよ、『魔法少女』さん」
慈しむようなその声に、少女は動けなくなる。
闇の声はそれっきり、何も言わなかった。去ってしまったようだった。
少女は暫くその場に立ち竦んでいたが、再び自転車に跨がり、何故か開いていた校門から出ていった。
彼女が去った後の校門は、音もなく閉じられた。