隙間妖怪 2
「さて、新しい住人たちとの交流も終わりましたし、霊夢に異変を伝えましょうか」
異変を伝えるというと語弊があるだろう、何せこれほどの大規模なまでの紅霧だ。博麗の巫女どころかむしろ気づかない方がどうかしている。正しくは、異変の黒幕を伝えにいくのだ。しかし紫の中では紅霧の異変や、それを起こした優しき吸血鬼よりも腑に落ちぬことがいくつもあった。しかしその違和感をひとまず胸のうちにしまいこみ、次の行動に移る。紅魔館での挨拶が終わった紫は、藍に異変の概要を伝えるべく、隙間を使い、一度迷い家に戻った。隙間から顔を出しいつもの迷い家が見えた瞬間・・・
「紫さまー!!」
「ギャー」
まだ幼い容姿の少女が、紫の顔面に向かって飛びついてきたのだ。
「紫さま!ご無事でしたか!心配したんですよ!」
「おお・・・もう 橙は心配性ね」
この少女は 橙。八雲藍の式神であり、茶髪の癖毛にモブキャップを被ってはいるが、キャップを突き破るかのごとく、猫の耳が生えている。
身に纏っているのは橙色の道士服であり、頭と同じくお尻にも服の間から二股の尻尾が生えている。橙は元は化け猫であり、式神を付けていない時はこのような会話すらできない。
あくまで八雲の姓を持たぬいわば飼い猫のような扱いで愛でていたのだ。
しかし藍が愛着を持って育てているうちに、式神にしても構わないだろうかとの相談を受け、特に断る理由も無かったので、そのまま藍の式神で落ち着いたが妖術の練習を一人でしているような時には、少し口出ししたりしていたので、徐々に、孫を見るような気持ちになってしまったのである。
「藍さまから聞きましたよ!悪鬼の巣に一人赴き、退治にいったんですよね」
「いろいろおかしいわよ・・・橙」
どこでどう話が捻じ曲がったのか知らないが悪鬼というより吸血少女だし、退治でもなんでも無くむしろ雑談に近い。確かに妖気も実力も並々ならぬものは感じたが、それだけで事実を捻じ曲げ虐げるような発言をしては八雲の名が廃るというものだ。
「まあ、詳しい話は三人でしましょう。藍を呼んできて頂戴」
「はい」
「此処に」
「うわっ!藍さま早いですね!」
「というか早すぎよ藍も橙も・・・・・・」
「・・・・・・吸血鬼ですか」
「強そうです!」
「ええそうよ、しかもただ強いだけじゃない、明確な知性も兼ね備えてる。」
「厄介ですね。それほどの勢力となると、異変を食い止めるのは容易ではありませんか」
「ところがそうでもないのよ」
「え?」
「その吸血鬼ね、不思議と憎めないの。最初なんでかなーって思ってたんだけどね、ちょっと話してみてわかったわ。
レミリアっていうんだけどね・・・・・・その子私の顔色を必死にうかがってるの」
「・・・そのような大妖がですか?」
「そう、もう気づいたらおかしくって!だって強いのよ確実に、身のこなしだって見事だし、連れてる従者の実力も相当なものだわ」
「紫さまとお友達になりたかったとか!」
「何いってるんだ橙」
「あ・・・」
「・・・・・・紫様?」
そうだ、もう答えは出ていた、否、気づかされたのだ。
顔色をうかがうだけのものがどうして憎めぬだろう、今までにも居たではないか、そのような矮小な存在が。己の利のみを考え、他人に取り入ろうとする下らない、
目先の欲しか見えぬものなど、腐るほどに存在していたはずだ。
そうではない・・・あの少女レミリア・スカーレットはそのような矮小な存在ではない、下らない有象無象でもない。
・・・・・・それは強いから。それは決して体のことではない、妖力でも、徒党を組んだ時の勢力でもない。
・・・・・・自らの力に、欲に溺れることの決して無い強さ、その気になれば力で押さえつけることもできる、だがそんなことは絶対にしないのだろう。
恐らく、そんな彼女に着いて行きたくなったのだ、紅魔館の住人は。
答えは出た。ただ・・・・・・違和感は強烈に増していく
「さて、じゃあ霊夢のところにいってくるわ」
「かしこまりました」
「は、はい!」
「紫さま・・・・」
「ん?どうした橙」
「紫さまどうして怒ってたんでしょう・・・」
・・・・・・間違いなくこの異変を仕向けたやつが居る
レミリアにこの異変を唆し、博麗の巫女を 嗾けようとたくらんだものが・・・しかし異変が起こってしまった以上、私は手出しできない。
私は妖怪であり、私がレミリアを止めようとしてもそれは妖怪同士の闘争になってしまう。そうなっては平穏な決闘方の意味が無い。
人が妖怪を退治しなければ、博麗の巫女に解決を一任するしかないのだ。
紅い霧が遣る瀬無い気持ちを募らせる・・・どうしようもない焦りを抱いたまま、私は博麗神社に赴くこととなった。
隙間で神社の境内に移動すると二人の少女が居た。
一人は幼少のころから知る人物、いわずと知れた幻想郷の巫女 博麗霊夢である。
・・・もう一人の少女は始めてみる顔だ、染めたような金髪に白と黒のワンピースを纏い、白いエプロンを付け箒をそばに置いている。
物語の魔法使いをそのまま当てはめたような格好をしているが、その様子はえらく様になっている。
まあそれはそれとして、予感どうり今のところ被害は無いようだ
「被害がなくてなによりですわ」
「うわっ」
「紫、遅いわね」
霊夢には以前、異変が起こりそうになれば情報提供をすることを伝えているのだ。
しかし、霊夢も本当に強くなった。以前は一人で空を飛ぶこともままならなかったのに、今では能力を身に付けてそれを克服したのだ。
本人は面倒だから修行もしないなどとぼやいてはいるが、一人のときは必ずといっていいほど修練に打ち込んでいる。
ただ問題はもう一人の少女、初めてみる顔だが、心当たりは無いではない。
8年ほど前、人里の少女が行方をくらませた。霊夢から、今は修行を終え、魔法使いとなっているということを聞いたことがある。
しかし先ほどの会話を見るに、魔術がどんなものなのかは看破していた。一応それなりの技量はあるようだ。
「えっと霊夢・・・このかたは?」
「ああ、こいつは」
「お初にお目にかかります、八雲紫と申しますわ、幻想郷の統括、管理、霊夢の後見人をしております。以後、お見知りおきを」
「おお、これはこれはご丁寧に、私は霧雨魔理沙。普通の魔法使いだぜ。後見人ってことはつまり霊夢の母ちゃんってことか!」
やはり霧雨家の一人娘だったか・・・。
紫は記憶にある話と目の前の人間とが同一人物であることを確かめると、僅かな疑問が生じる。
魔力とは先天的なものであり、生まれながらある程度魔法使いになれるかは決まっているものなのだ。
なろうと思ってなれるものではなく、才能や、血筋によりなるべくしてなる「種族」こそが魔法使い。
しかしそれほどの抜きん出た才は、失礼ながら見受けられない。これは紫の長年の感によるところが大きいのだが。
「クスクス・・・違いますわ、私は幼いこの子に修行を付けているだけに過ぎません。
そして今回こちらにお伺いしたのは、情報を(博麗の巫女)に渡すため。
平たく言うと、異変解決のためですわ。」
「何だ、こんな大妖の血が混ざってるんなら、こんだけ強いのも納得だったんだけどなー
今明かされる衝撃の事実」
「勝手に事実を捏造するな!あんたは私を何だと思ってんのよ!」
今・・・何と言った?
間違いない。魔理沙は私を大妖と言ったのだ。
妖怪を見分ける方法は二種類に区切られる。一つは鬼や土蜘蛛といった外見で判断できるもの。そしてもう一つ、妖気により妖怪と判断するものである。
確かに隙間での移動は行ったが妖術師の術としても判別はできたはずだ。そして何より私は妖気を境界操作によって完全に殺しているにも関わらず、魔理沙は確信を持った言い草で看破してのけたのである。
「・・・面白い方ですわね、それより霊夢、先ほども言った様に
貴方には異変解決に出ていただきます。この紅霧の元凶は粗方
分かっていますから。」
「紅の霧、紅霧か」
「それで・・・、その元凶ってのはどんなやつなのよ。」
「場所は、霧の湖のほとり、紅魔館。元凶は、その館の当主、吸血鬼ですわ。」
「吸血鬼が魔法を!?いや、あり得ない話じゃないか・・・」
「それに館ってことは仲間の内の誰かが魔法を使った可能性もあるわよ」
「確かにな、なあ紫さん。あんたは巫女にだけ情報を公開しに来たんだろうが私も聞いちゃったんだ、この異変、私も一緒に行っていいか!」
すべて見透かすような瞳で強くそう告げる魔理沙に、私は自然と笑みがこぼれ、口を開いてしまった。
「もちろんいいですわよ」
「やったぜ!」
「軽っ!ちょっと紫、あんたこの前、(人間の魔法使いがどの程度のものだと言うのかしら)みたいなこと言ってたでしょ!? それに魔理沙、あんたもあんたで許可取る前に勝手に動く様なやつだったでしょ!!?」
「ちょっと霊夢!」
「あはは、まあいいよ紫さん、いや、紫、私は面白いやつはすきだ。気に入ったやつには敬意を払う。親しき仲にもなんとやらだぜ」
・・・・・・底知れない強さを感じた。
この魔法使いは私を気に入ったのだと言う。完全に妖気を殺した私を妖怪と看破したほどの「人間」
それほどの謎めいた実力者なら私の妖怪としての実力も、私が魔理沙を警戒していることも見破れたことだろう。
しかし、恐怖や警戒など微塵も無いような魔理沙の態度に私は、あの吸血鬼と同じものを感じたのだ。
妖怪など、まして自らが人であることなど関係はないと・・・。そんな強さを。
「行くわよ魔理沙!」
「応!」
「いってらっしゃーい」
この子なら、この二人なら救えるかもしれない・・・あの吸血鬼を。レミリアたちを・・・。