東方の青い空
今日は終末の為、寺子屋の授業は午前のみだった。
私、上白沢慧音は、人里の商店街を歩いている。
寺子屋に勤め早一年、家庭教師とは違い、多くの心労はあるけれど、生徒達と関わることができるし、一人ひとりの事を見ていられるこの仕事は、それなりに充実している。
しかし、今日は一人、私の級に欠席している女生徒がいた。
その少女は代々と続く魔女の家系であるらしく、勉学も優秀な成績を常に修めている手のかからない生徒だ。
そして皆幼いながらも、その少女が人外だということを許容し、受け入れている。
いや、むしろ人気者なぐらいだ。
少女からは前日に祖母の看病をするために、休むことを知らされていたのだ。
曰く、おばあちゃんが重病にあるのだという。
無遅刻無欠席をいつも守ってきた少女の頼みを受けるのは、二つ返事でもおつりが来るぐらいだ。
心配を生徒に見せぬよう、悟られぬよう、そして感づかれぬように平静と、私は午後の授業を無事に終え、そして今、人里から自分の家のある迷いの竹林に向かう帰路の途中だったのだ。
私は人間の血を引いてはいるが、中国の聖獣である白沢の力を持つ半人半妖だ。
その為、妖力で空を飛ぶのは容易い。その方がずっと早く帰れるだろう。
だが、人里の路を歩むのは、心地いい。
「おかえりなさい」
「おつかれさま」
「いらっしゃい」
「何時もどうも」
何気なく、他愛なく交わされる言葉に紛れると、その言葉に返事していくと、自分も人里に住まう何の変哲もない一人の人間として、受け入れられているような気さえする。
否、それは、実際にそうなのだろう。
幻想郷に住まう住人は、大妖こそ恐れることはあれど、見慣れぬ妖魔に恐怖することもあれど、しかし、妖怪をそこにある存在と認識し、受け入れる強さを確かに持つ、強かなもの達なのだ。
そんなことを考えながら、私は今日も帰路に付く。
いつもの道を、まだ明るい午後の蒼ざめた空の下を帰る風景を、一週間に一度しか見られない景色を噛み締めながら往くのだ。
「おうらっしゃい!狐のねえちゃん!ちょうど厚揚げが揚がったよ!!」
不意にそんな声が聞こえ、私は横を振り向いた。
━━きつね?
私は思わずギョッとしてしまった。
その豆腐屋にいたのは九つのふわふわした尻尾を生やし、金の短い髪をした女性だった。
その尻尾は地面に付かんほどに伸びきっていて、いかにも柔らかそうなことが伝わってくる。
しかしこんな派手な容姿をしていてなぜこの商店街の人たちは普通に接しているのだ・・・・・・この女性は初めて見たが、完全に大妖だ・・・・・・。
「お!慧音先生もどうですか?」
「え!?あ・・・・・・。」
不意に店主に声を掛けられて吃驚してしまう。
そしてその狐の妖怪であろう女性が振り返ってきた。
「慧音・・・・・・?」
――――な・・・・・・。
私は声が出なかった。その女性を見てしまったから。
美しい切れ長の瞳は髪と同じ黄金に染まり、端正な顔立ちは匂い立つほどに麗しい。
これほど美しい女性は未だかつて見たことがなかった・・・。
そしてその瞳に吸い込まれるようにしばらくの間睦みあっていると、その女性が声を掛けてきた。
「魔理沙なら、もう家に帰っていると思うぞ?」
「え?ま・・・・・・魔理沙?」
「なんだ・・・探しているんじゃないのか・・・・・・読み違えたかな?」
「!!・・・・・・なぜ魔理沙の事を知っているのですか!?」
私は上ずった声で疑問を漏らす。魔理沙は7年ほど前に家庭教師をしていた名家の娘であり、その年に行方不明になってしまっていたのだ。
そして半年ほど前にひょっこり帰ってきた少女の名でもある。
本人曰く「魔法使い」になったのだという。
しかしここ最近はめっきり人里でも顔を見なくなり、一体どこで何をしているのかも知れぬ状態だったのだ。
ただ・・・・・・目の前の人物は魔理沙の事を知っている。
恐らく私の事も魔理沙から聞いたのか・・・・・・。
「そうだな・・・・・・魔理沙には少し世話になったんだ。
おそらく、そう遠くない内、また世話になるだろうと思う。紫様は素晴らしいお方だが、まあ、少々、危ういところもあるからな・・・・・・。」
「何の話だ?」
要領を得ぬその妖怪の話に苛立ち、少し言葉が荒くなる。
「まあ一応伝えておくよ。魔理沙は魔法の森の東部、霧雨魔法店に住んでる。今訪ねたら居るんじゃないか?」
「あ・・・ありがとう・・・・・・あの、貴女は一体」
「あ、魔理沙」
「え!?・・・・・・あ!!」
私の後ろを覗き込み、そう告げたところで思わず振り返ってしまう。・・・・・・しかしそこには誰も居なかった。あわててその狐に向き直ると、そこから忽然と姿を消していたのだ。
「くっ、やられた!・・・・・・店主さん!あの狐はどこに行きましたか!?」
「さあ?俺も見てなかったからね」
「う・・・・・・すみません」
「いいよいいよ慧音先生・・・・・・ははっ、アンタは狐に化かされたのさ」
「・・・・・・どうやらそのようですね」
私は苦い顔をしていたのだろうと思う。その顔を見かねたのか、優しい声で店主が厚揚げを手渡した。
「ほらよ慧音先生・・・」
「え?あ・・・・・・」
「まあ奢りだ。アンタが頑張ってるのも風の便りで聞いてるぜ?これ食って明日も頑張ってくれよ」
「・・・ありがとうございます」
厚揚げを受け取り、私は再び帰路につく。
様々な考えが脳裏をよぎった。
あの狐は何者なのか
魔理沙とはどういう関係なのか
少女のおばあちゃんは大丈夫なのかとか
明日は何時もどおりの先生として授業できるかとか・・・・・・。
――明日じゃないな・・・
私は決意を固めて動き出す。
色々考えていると、そして考えるのを止めると、それに比例するように足取りも軽くなってくる。
魔法の森にいるといっていたな。ちょっと顔を出してみるか。それに少女の家に訪問するのも悪い事では無いだろう。よし!!
踏み出した脚は回る様に軽い。
そうだ・・・たとえお節介だと言われようと、これは私がやりたいから、動きたいから動くのだ。
「会ったら説教してやる!どれだけ心配したと思ってるんだ!!」
私の独り言は蒼穹の彼方に吸い込まれるように消えていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「狐のねえちゃん・・・アンタも、ちと人が悪いね」
語り掛ける豆腐屋の店主の対面には誰もいないように見えた。
しかし、暫くして豆腐屋の路を挟んで向かい側、離れた位置にある和菓子店の中から、人里の住人であろう小さな少女が、ゆっくりと団子を片手に歩いてくる。
その声は、そこまで届くほどの距離ではないはずなのだが・・・・・・
「そうだなあ、でも・・・・・・悪いのは妖怪の性だよ」
「ははっ違いない」
「さて、揚げたての厚揚げを貰おうかな」
「もう慧音先生に上げちゃったぜ?」
「え?」
「あはははっ、珍しいなねえちゃん、狸に化かされたみてえな顔してるぜ?
まあ、あとちょっとしたら新しいの揚がるからよお・・・待っててくれよ。妖怪なんだ、こんな時間一瞬だろう?」
「うーん・・・少し解せんが、まあ、待とうか」
納得いかないような顔のその少女、八雲藍は、しぶしぶという様に、厚揚げが揚がるのを見守るのだった・・・・・・。
紅魔館 北館二階 外部テラス
お茶会は三人から四人に増え、姦しい声が轟いていた。
「それにしても・・・ダメじゃない咲夜!いきなり言語変えたらラグが出るかもって伝えたでしょ~!」
「う゛・・・・・・それはホントにごめん。感動し過ぎてしまったようだわ」
「まあいいけどねー。あ、そうそう靈夢、魔理沙は元気にしてる?」
「・・・・・・ああ、あんたの目的はアイツか・・・・・・まあちょっと席外してるわ、でも直に会えるわよ」
「え!?来るの?」
「・・・・・・さあね?来るんじゃない?・・・勘だけど」
他愛ない会話を繰り広げる少女たちは今まで何事もなかったかのような雰囲気を出している。
それは金髪の少女と巫女以外の2人が、意図的に作り出していた雰囲気だった。
しかしその雰囲気を崩すように、重々しい口調で一人の従者が赤い学者へと語り掛ける。
「・・・・・・夢美、さっきはごめん・・・・・・貴女にはまず感謝しないとダメね」
「別にいいわよーついでだもん」
「感謝なんてしなくていいわよ」
「え?」
霊夢は苛立ちを隠していた。そう、この旧知である岡崎夢美への苛立ちを。
咲夜から聞いた話に寄れば、日本から現れたこの少女の紹介により、幻想郷にやってきたのだという。
日本語を不自由なく理解できるのも、夢美の疑似魔法のおかげだった様だ。
そしてレミリアの未来予知とも合致したため、この提案を紅魔館は受けたのだ。しかし・・・・・・
「夢美・・・・・・確かにアンタが居なかったら幻想郷に来ることは出来なかったかもね。それは感謝されるべきことなのかもしれない。でもあたしはどうにもそれが気にくわない。こいつらの仲間みたいな面をしているのが、堪らなく腹立たしい・・・・・・」
「・・・あら、どうして?手助けしたのは事実でしょ?」
「・・・・・・雰囲気ぶち壊すと思って黙ってたけど、蒸し返すのも悪いと思ってたから黙ってたけど、私の柄じゃないからもう言うわ・・・・・・どうしてアンタは私のところに来るように言わなかった!そうしなかった!」
「「「・・・・・・」」」
紅霧異変が起こったあの日、チルノが居なければ間違いなく霊夢はフランを封印し、魔理沙が紅霧を散らしてそのまま幕を閉じていただろう。そう、フランドールが今こうして皆と会話できているのは完全なイレギュラーだったのだ。仮にもし、夢美からの紹介として博麗神社にそのまま赴いていたら、もっとすんなりと事は済んでいたはずなのだが・・・・・・
「大体私は咲夜に聞く前にパチュリーからちょっと事情は聞いてんのよ!・・・・・・あんた・・・『幻想郷で異変を起こすのは通過儀礼』だなんてほざいたそうね・・・」
「あーそんなことも言ったわね・・・」
「・・・・・・幻想郷で死んだやつが生き返るみたいなことは?」
「言ったかもね・・・」
「ッッ!・・・ふざけるなっ・・・・・・もう確信した!あんたは幻想郷に害を成す!この地の秩序を乱す悪党だ!あんたの方がこいつらよりよっぽど人外だ!!」
「!!そんな・・・」
ばっっ・・・と言葉を放とうとした咲夜を広げた左の手で、赤い学者が制した。
「ふふっ・・・・・・しばらく見ないうちに大分冷静になったわね靈夢・・・だったらどうするのかしら?」
「アンタたちは、いつもそう・・・真に思いやる事なんてしない・・・・・・。
自分自身が最優先だ!」
霊夢は気づいている。半ばこれが八つ当たりのような苛立ちだということに・・・・・・。
昔、親友を救えなかった自分への苛立ちを、夢美にあてがっているだけだということにも・・・・・・。
「フランドールがどんな気持ちでいたと思ってる!アンタの軽はずみな行動で総てが水泡に帰すところだったのよ!・・・・・・どうするかだって!?決ってんでしょ!命名決闘よ!!」
「霊夢・・・・・・」
嬉しいような、それでいて苦悶の表情を浮かべたフランドールは言葉を紡げなかった。
「ふふっ、最新ルールね・・・・・・素敵だわ、枚数は?」
「即行で決着をつける・・・二枚!!『八方鬼縛陣』、『夢想封印』よ!!」
「それに新しい術ねー、早く見たいわ!
同じく二枚、『StrawberryCrisis』、『夢幻伝説』よ」
宣言と同時に二人は空中に飛び上がった。そしてその動きに何故か驚いたような瞳を向けた夢美は、手を肩口から横に薙ぐような動作を取ると、背中にトレンチコートをスッポリと覆い隠すような深紅の外套がはためくように現われる。
「外套も久々に羽織るわね・・・・・・」
直後、バンッとテラスの扉から二人の影が飛び出るように現れた。
「みんなー!来たよー!!」
「うわーん咲夜ー!チルノの奴砂糖水じゃなくてただのお湯で洗わせようとしてたー!!・・・・・・てあれ?」
尋常でない剣呑な雰囲気を察したレミリアは、二人の空を飛ぶ少女に目線を向ける。
「こい夢美!!あたしが勝ったら、何でも一つ言うことを聞いてもらう!!」
「遺跡異変の再現ね・・・私が勝ったら、今度こそ貴女を私たちの世界に連れて行くわ!!」
互いに相手に突きつけるように術名符を掲げた二人を見て、氷精と吸血鬼は目を見開いた。
「弾幕ごっこ!? 霊夢と・・・・・・だれ?」
「ええ!?・・・夢美が居る!?・・・・・・・・・というかコレどういう状況!!?」
命名決闘法、弾数制限『2』
博麗霊夢 対 岡崎夢美
勝負・・・開始!!




