閑話 紅魔の赤い違和感
後に、人里で『紅霧異変』と云われる怪異が、一週間ほど前に収束した。
概要は、『紅い霧が幻想郷全土を多い尽くす。』
というものであり、未だ嘗て、霊夢が解決してきた異変のなかで、最大規模のものである。
しかし、最大の規模でありながら、その被害は最小、というより、無い。といっても過言ではないほどの無害な異変だった。
ここはその紅魔館の北館、二階のテラスである。
北館といっても完全に棟が別れているわけではない。紅魔館は咲夜が空間操作をしていることを抜きにしても、外見だけで城の様に巨きい。そしてこの建物全体を、北館、南館、そして中央部分である本館とに呼び名を別けている。
この北館と南館は、二階の中央廊下にある、中心地点の左右扉から移動することが出来る。
霊夢たちは右手側の扉から、これまた広大な間取りに成っている廊下を伝い、その最奥。━━━外部テラスに行き着いて、お茶会をしていた。
燦々たる太陽がテラスの紅く染め上げた土瀝青を照らし、初秋に思えぬほどの熱気が立つ。
そして円状の真白いテーブルを囲い、麻栗樹木材の椅子に三人の少女が座っていた。
設置型の同じく真白いパラソルは三人を覆い隠すほどの大きさは無く、一人の、紅いミニワンピースを着た幼い少女を守る為のものと言わんばかりに、その少女の真上に置かれている。
三人の前に置かれた乳白色の円筒状のグラスは、外界との温度差により小さな玉のような汗をいくつも掻いていた。
「ねえ霊夢!・・・このアイスティー美味しくない!?・・・流石ね咲夜!」
手にしていたグラスを置き、華が咲き誇らんばかりの満面の笑みを湛え、自らの従者を称える。
その少女はつい一週間前まで狂気に冒されていたことがまるで悪い夢物語のように、爛漫たる姿で、午後の一時を憩う。
―――悪魔の妹、フランドール・スカーレット。
紅魔館の主、レミリアの妹であり、紅霧異変の最後の決闘を、姉妹の禍根を、勝利にて終結させた少女だ。
「光栄で御座います、妹様」
称賛を受けた咲夜はいつもと寸分違わぬ瀟洒な態度で、静かに返す。
「ちょっと、私のただの牛乳なんだけど・・・・・・」
二人が霊夢のグラスを上から覗き見ると、真白なミルクであろう液体が入っていた。
「霊夢、飽きたら攪拌棒で混ぜてみなさい」
咲夜は目を細め、小馬鹿にするような冷めた笑みを浮かべながら、霊夢に攪拌棒を手渡した。
言われた霊夢は意図が分からぬまま、白乳色のグラスの中をかき回す。すると・・・
「?・・・・・・おお!?・・・色変わった・・・・・・」
霊夢が混ぜると、牛乳の真白な液体が、徐々に茶の色彩を取り込むように染まっていく。
「えへへっすごいでしょ!上から見たらミルクだけ入ってるように見えるけど、これミルクティーなんだって!最初にシロップ入りのアイスティー注いで、ちょっと生クリーム注いだら、最後に注いだミルクと比重で完全に別れるんだよ!」
「真面か・・・」
「妹様、御解説ありがとうございます。」
「固いなあ咲夜は・・・・・・フランでいいのに」
「お仕えしているお方にそのような無礼は働けませんわ、フラン様」
「いいのに・・・・・・てあれ!?」
「言うんかい!あんたほんとつかみ所無いわね」
「これぐらいの柔軟性がなければ従者など務まらないわ・・・あんまり気にする性格だと、ストレスで禿げ上がるわよ霊夢」
「はあ!?」
「ええ!?私も禿げちゃうかな!?」
頭を両手で抑えながら愕然とフランが咲夜に問う。
「フフッ・・・フラン様は大丈夫ですわ、霊夢だけです」
「なんで私が禿げること前提なのよ!ふざけんな!
・・・・・・はあ、なんでアンタが魔理沙と気が合うか分かる気がするわ」
「そういえば魔理沙はどうしてるのかしら・・・呼ばなかったの?」
「ああ、詳しくは知んないけど、あいつはなんか自分とこにお客さん来るとか言ってたわ・・・・・・あいつ一応店持ってるから」
「え・・・お店!?なんの!?」
「霧雨魔法店・・・・・・平たく言えば≪何でも屋≫みたいなもんよ。最も全然客は来ないわ、来ても肝心の店主が留守だったり、ろくに生計は立てれてないみたいだけどね」
「へえー、でもあんな若いのにお店の経営者なんてすごいよ!」
「そんなに褒めたらあいつ調子に乗るからやめなさいよ・・・。アンタ達のとこは?フランしか居ないの?」
「ええ、パチュリー様と小悪魔は図書館・・・?で魔法の研究、まああのお二人方は自由だから・・・それに美鈴と大妖精は庭園で花壇の整備、チルノはレミリアお嬢様の私室でお世話をしているわ。」
「チルノ大丈夫かアイツ・・・粗相してんじゃない?」
「それが意外に大丈夫なのよ・・・何者なのあの妖精は・・・・・・」
咲夜は異変が終わってからのこの一週間、チルノへとこの紅魔館の清掃、主たちのベッドメイキングや、洗濯等、数多くの業務をつきっきりで教えていたのだ。最初の内は確かに慣れぬ業務が多く手間取っていた節があった。
しかし咲夜が教えていくうちにこの短い期間でも、少なくとも咲夜に認められる程度には、チルノは従者然としてきたのだ。
レミリア・スカーレット 私室
「ハァックションッッ」
「ええ!?チルノどうした!」
いきなり盛大な嚏を放ったチルノを心配し、レミリアは声をかける。
レミリアは寝起きであり、チルノが洗顔用の桶を持っていたため、ぬるま湯ではあるが、少しチルノ自身の服にかかってしまっていた。
桶を置き、用意していたタオルをスカートのポケットから取り出す。
自らの服を優しく叩いてぬぐいながら、心配及ばずという様に、チルノは今の主に向かい告げる。
「ああ、失礼いたしました・・・なんか出ちゃったよ」
「そうか、風邪には気を付けてくれ・・・・・・え氷精って風邪ひくの?」
「引いたことないから大丈夫だよ!・・・ねえレミリアはお茶会いかないの?」
「うーん、私は正直 太陽の光は苦手なんだ・・・私は悪魔の伝承が始まった本場で妖怪化して、伝承通りの吸血鬼になってしまったからなあ・・・・・・」
目を細め、どこか遠くの、ここではないどこかを憧憬の念を込め見遣る様に、レミリアはそう呟く。
15世紀のワラキア国の王であり、吸血鬼伝説の題材となった、一人の傑物がいる。
―――ヴラディスラウス・ドラクリヤ。
その人物の残虐な伝説は数知れず、自国の統制の為に行った貴族への『串刺しの刑罰』はあまりにも有名な伝説だ。この残虐性から彼は敵国にて串刺公と云われ、恐怖の象徴として、世界に名を知られるようになる。
しかし今のルーマニア国内では彼は英雄として語り継がれているのだ。本来貧民の重刑である串刺しを貴族に示すことでの《自国の民への戒め》と《強大な敵国への牽制》を同時に行っていた。串刺公と呼んだ主な勢力は敵国のオスマン帝国の方だったのだ。そして苛烈な情報操作により、瞬く間にその悪名は広まった。
余談だが、現在 本場以外に世界中で彼の存在は見直され、英雄として認められる様になっている。
・・・レミリアは偉人としての彼に、崇拝にも似た尊敬の念を抱いているのだ。
本来の彼がどのような人物であったか、それは、今では誰にもわからない・・・。しかし、優しくも強い彼と同種の存在に成れた事が、昔、力及ばず大切な者を死なせてしまったレミリアにはどれ程心の支えとなっていたことか、察するに余りある・・・・・・。
しかしそんなことを知る由もないチルノは怪訝な顔で会話を続ける。
「?ふうん・・・・・・フランは大丈夫なの?」
「アイツは私との血が共鳴して若干歴史の伝承を受けているけど、元が妖怪だからなあ・・・・・・日傘とか差してたら大丈夫なんじゃないか?・・・え、フランもいるの?なんか私もいける気がしてきた・・・・・・行こうかなー」
「いるのはフランと咲夜と霊夢だよ・・・紅、白、赤・・・墺太利かな?」
「え?なにか言ったか?」
「何でもないよ、じゃあ・・・顔洗い終わったら行きましょうか、お嬢様」
「いきなり敬語に切り替えるのやめなさい!びっくりするから!!うー・・・よし、じゃあちょっと待っててくれ、すぐ洗うから」
「うん!!」
白い歯を見せるように満面たる笑みを浮かべ、臨時の小さな従者は元気に返した。
北館 外部テラス
「それにしても暑いわね・・・・・・パチュリー呼んで魔法で水撒いて貰ったら?」
霊夢は首元の衣服をつまみ風を送るようにパタパタとさせると、何気なく熱気に促されるように呟いた。
しかし咲夜は放たれたその言葉にむっとした顔になり、小さな怒気を孕ませて制するように言葉を掛ける
「霊夢!フラン様は吸血鬼なのよ!・・・・・・撒けないわ」
「いいよ咲夜、確かに暑いよねー」
「あー・・・・・・悪かったわ、無神経だった。
あんたがあんまり普通にしてるから、吸血鬼だって事忘れちゃってたのよ・・・」
「ありがとう・・・確かに私は正直太陽も真水も苦手だけどさ・・・やっぱり外には憧れるんだ。ここでお茶会したいって言ったのもアタシだし、二人にも付き合わせちゃってるしね・・・だから改めて・・・本当にありがとう」
「すべて貴女様の為ですわ、寧ろ何処へでもお伴致します。」
「はいはい・・・仲良いわねー。・・・まあフラン、あんたはそんなに遠慮しなくていい。今は少し酷かも知れないけどね。」
「えへへっ、なんだかんだ霊夢は優しいよね。そんなに強くて学も在って、人気者なんだろうなー・・・私もこれからこの幻想郷で・・・いっぱい友達作らなきゃね!!」
「フラン様ならきっと出来ますわ!」
「まあそれは否定しないけど・・・ねえ一個聞いていい?」
「なあに霊夢」
「あんたじゃないわ・・・・・・そこで慌ててる・・・咲夜に聞きたいことがあるのよ。」
霊夢は椅子に腰掛けたもう一人の、銀髪の従者に向き直る。その姿は先ほどから一切変わらず、背筋をぴんと張り詰めた糸のように伸ばした瀟洒な姿であったが、観察眼の鋭いフランには何故か少し緊張の色が見えていた。
「咲夜・・・?」
「何かしら、アイスティーの作り方なら別に今でもいいわよ?」
「誤魔化さんでいい、遠慮しなくていいって言ったのは、別にフランの事だけじゃないわ・・・・・・咲夜、あんたもよ」
「それは・・・・・・どういう?」
「言いづらいなら言わなくていいってことよ。意図なんて別にないわ、ホントにちょっと気になったから聞いてみただけなの」
「そう・・・・・・」
霊夢の、本当に露ほども意図など無いようなその態度に、咲夜は緊張を一気に解放するように安堵した。
「そうよ、ねえ、咲夜はまだいいのよ、日本人でしょ?
でもあんたらみんなルーマニアってとこから来たんなら・・・日本語上手すぎない?」
「へっ?日本語?」
意図など全くしていなかった霊夢の台詞にフランは目を丸くしてきょとんとしていたが、咲夜は下唇を上唇で隠すように、ばつの悪そうな、それでいてお茶目な顔で苦し紛れに返す。
「・・・・・・上手いでしょ」
「うん・・・・・・め、めちゃくちゃ上手いわね・・・」
咲夜らしからぬ微妙な返しに、霊夢は堪らなく可笑しくなってしまい、吹き出しそうになるのをこらえ、ただ相槌のように返したのだった・・・・・・。
日本語ペラペラになっちゃった紅魔館勢・・・一体誰の仕業なんだ




