亡き王女の為の七重奏(セプテット) 中編
「あ゛あ゛あああぁぁぁあぁあぁあぁぁあぁああ」
「フランッッ!!・・・・・・づぅっ」
狂気を纏う鬼気迫る瞳を向け、フランは私に迫り、攻撃を仕掛けてくる。
先ほどの迷いも、家族や博麗の巫女たちへの後ろめたさも、今は感じていなかった。いや、今は感じる暇もないほどに、私は目の前の妹の挙動に集中していた、といった方が正しいか。
矛盾しているようだが、そんな悠長なことを考えられるくらい今の私に妙な余裕があるのは、恐らく、引っ込みがつかない状況に自らを追い込んだ、半ば背水の陣のような心持ちとなっていたからなのだろう。
フランの攻撃は魔力を腕に込め、単純に引き裂こうと、私に向かい腕を振り回しているだけの単純なものだ。
しかし、そのスピードも膂力も、異様な程に速く、強く、身に纏う破格の狂気とともに、すべてを破壊し尽くすかの様な衝撃を起こしていた。
「がッッ!!ぐぅッ・・・あああ゛あ゛ッ!!」
情けないっ!・・・何が姉の務めだ・・・相手をするどころかまるで遊ばれているのはこっちの方だ・・・
私は昔と何も変わってないのか・・・しかし、見たのだ。確かに。
最初はフランを封印するのが最善だと思っていたのだ。最初見えた運命には、大人しいフランと、それを取り囲む暖かい家族の姿が確かに見えた・・・。しかしチルノは、それを覆すような明るい未来を見せてくれた。私は、それを信じたい。妖怪としての存在と意識を無理に封印で抑え込むのではなく、分かりあい、通じたいのだ。
「フラン!・・・目を覚ませ!殴り合いは正気に戻ってからだ!」
「・・・うるさい・・・アんタなんか・・・グチャグチャにシテやる!」
そう叫ぶとフランはまるで自らの力を絞り出すかのように少し身を小さくして、魔力を集中させると、途端に掌に、自分の羽の尺骨と同じような材質の、いびつに湾曲した漆黒の杖のような物が現れた。そしてフランはその杖を掲げ、怒号の様に呪文を放つ
『Catadioptric』!」
言い放つとスペードの様に湾曲した杖の先から、白い光があふれ出し、突如フランの周りに多くの白い魔力の巨大な塊が現れる。その弾幕は猛スピードで私を含めたこちらの元へ迫ってくるのだ。
「まずい!」
私は拳を固めると、猛スピードで迫る弾幕に強烈な、妖気と魔力を込めた右ストレートを叩き込む。すると弾幕は豪快な音を立てて破裂し、縦に連なるこちらに向かう弾幕は、衝撃の余波とともにすべてが掻き消えた。しかし横一線に並ぶ数多の弾幕は横を通り抜け、後ろ側にいる皆の元へ、依然として破壊しつくさんと迫っていく。
「みんなァ!躱せ!!」
「心配無用よ!・・・はっ!!」
私の叫びにこたえたのは霊夢だった。振り向くとドームの様な球体が皆を包み込むとともに、降りかかる総ての弾幕は、まるで鏡に反射する光のようにはじき返されている。よく見るとそのドームはカードのような長い紙切れで形作られ、一つ一つが神聖な気を感じるのだ
これが博霊の巫女の力か!これほど容易く総てのフランの魔法を遮るとは・・・。
いや、自らの能力で知ってはいても、実際目で見るまで半信半疑だったのだ。確かにこれほどの力ならフランを一度は封印したこともうなずける。本当に人間なのだろうか・・・。それに、まだ実力を見た訳じゃないが、パチュリーと闘って紅霧を止めたというあの魔法使いも気にはなる・・・幻想郷は人間すらも人の道を外れた魔境なのか!?
レミリアの予想は無理のないことだが、実際はこの二人がおかしいだけで、人里に住む多くのものは超常の力など持ちえぬ普通のものたちなのだが、そんなことは知る由もない。
「あはッ・・・そうこなくちゃあぁあ゛」
開きかけた瞳孔で、狂気に満ちた笑顔で、フランドールは更なる魔力を込める。
すると霊夢の結界に弾かれた弾幕は、壁や床、いたるところに消滅することなく反射を繰り返し、ピンボールのごとく、皆を覆う結界に衝撃を伝えに幾度となくぶつかっていくのだ。
「アンタなかなか狂気的じゃないの!姉ちゃん来てるからいいとこ見せようってか!」
悪態をつく霊夢は霊力を更に込めて結界を強化しようとする。しかしその前に、紫の髪をたなびかせ、少女が魔導書を開きながら霊夢の横に立つ。
「これ以上 家族以外を巻き込めないわ・・・水符!『プリンセスウンディーネ』!!」
呪文を唱えると、即座に霊夢の結界の外側をコーティングするように、水泡が形成される。
パチュリーの放つ防壁の水属性魔法は、相手の魔法をはじき返すだけではなく、幾度となくはじき返すフランドールの弾幕を徐々に取り込んでいくように、徐々に弱め、小さくしていく。それとともに弾幕のスピードも高速から、ゆっくりとしたものに変わっていたのだ。
「やっぱりすごいぜ、濃密な五行水属性(冬の特性)魔法による停滞と弱体化だ・・・味方だとめちゃくちゃ頼もしいな・・・あんたんとこの魔女は」
「すごいでしょう!パチュリー様はうちの参謀ですよ!」
「美鈴、なんであなたが威張るの・・・とはいえこのままじゃ何も出来ないわ。ここは私「待てよ咲夜」
「あなたセリフは最後まで言わせなさい!それ続けてたら普通に嫌われるわよ!」
「ごめんごめんっ、まあでもほんとに待っててやれよ、あの姉妹をさ。なあ霊夢、チルノ・・・」
「「・・・・・・・・・」」
「魔理沙?なにを・・・」
「まあ見てみろよ・・・本当はあの悪魔みたいな振舞した妹が、何を考えているのか・・・それに咲夜、お前が一番良く分かってるはずだ。この館の当主は、レミリアはそんなに心配されるほど弱い奴じゃないだろ・・・?」
霊夢とパチュリーが張った結界の隙間から、魔理沙は鋭い眼光で、薄く笑みを浮かべながら、弾幕を掻い潜る様に躱し、殴り合う二人の姉妹を見つめていた・・・。
「え・・・あ・・・え?・・・・・・まさか」
「美鈴?」
美鈴は信じられない事実を知ってしまったかのような表情を浮かべて呆然とし、そして咲夜は狼狽した様子にみえるが、フランドールの封印が外された直後よりも、戦闘が始まった今この時の方が、あれほど騒いでいた心が何故か穏やかになっている自分自身を感じていたのだ。
「でもまあ、ちょっと厳しいかな・・・よし!!もうちょいしたら咲夜も頼むぜ?」
「魔理沙・・・・・・何をするの?」
二人を見据えるこの魔法使いは、今は無邪気な笑みを浮かべているように見えるが、咲夜はその目がほんの一瞬だけ悲しみを帯びていたのを見逃さなかった。
「・・・・・・仲取り持ってやるぐらいいいだろ?」
フランとレミリアは依然として殴り合いを続けている。レミリアは弾幕を搔い潜りながら、そして不規則に反射しているように見える弾幕は、まるでプログラミングされたかのようにフランを避ける軌道で巡っているのだ。
殴り合い・・・そう言ってしまえば拮抗しているように聞こえるが、実際はフランドールの攻撃が一方的なまでにレミリアの体を穿ち、逆に言えばレミリアの攻撃はフランの強すぎる妖気に弾かれ続けている。
「づああっ・・・あ゛あぁ!!」
防戦一方・・・ことごとくの攻撃を弾かれるレミリアには、しかし何の策も有りはしなかった。
そして暫くしてフランドールの放っていた弾幕は結界にあたり、完全に消滅すると、フランドールはレミリアから距離を取り、次なる魔法を発動させる。
「そろそろぉ・・・次の手札だね・・・『four of akind』!!」
っっ!!
フランドールは突如4体に分身した。
この分身はけして幻ではなく、その証拠に4体のフランドール総ての体から、今までと変わらぬほどの妖気と魔力を感じるのだ。
レミリアはこれまでの苦悶の表情をさらに強張らせ、周りのものも、この状況にさらに警戒を強めていた。
しかし・・・
「すっっ・・・げえ!!」
魔理沙はただただ感嘆していた。
「おい霊夢!・・・おまえが言ってた分身ってこれのことか!!」
「何で嬉しそうなのよ!そうよ、いっとくけど全部本物だから!ったく頭おかしいわよほんと」
その霊夢の言葉を裏付ける様に、四体のフランドールから戦くほどの力が感じられた。
「お姉様・・・ごめんね」
「アはハアァッ身体おいしそう!!」
「アンタを八つ裂きにする・・・じゃないと気が収まんないよ!」
「お姉ちゃん!もっと遊ボウよ!!」
四体のフランはそれぞれが別の意思を持つかの如く、各々の心をさらけ出すように、愛しき姉へと言葉を紡ぐ。
「月が奇麗だな・・・・・・。」
レミリアは覚悟を宿す瞳で虚空を見上げた後、フランに向き直り、負けじと同等の妖気を解放する。
すると、身体から紅い妖気が湯気のように立ち上り、その陽気は胸の前で掲げた手の中に集まっていく。
「お姉ちゃーん。月なんて見えないよ・・・怖くて幻覚でも見えちゃったァ?」
四体の内の一体、常に笑みを浮かべるフランドールが、嘲笑うように口にする。
「見えるさ・・・私はお前と、みんなと見る月が確かに見えた。先に見てしまったけど・・・あんなきれいな月夜なんだ・・・本気で潰しに行くぞ!『Heart break』!!」
呪文を、否、スペルを唱えたレミリアは大きく右手を振りかぶる。
すると手の中に紅い槍のような形状に妖気が集中したのだ。
「お姉様・・・「刺せなイよ!」
誰かの言葉を遮るように、一体のフランドールが、レミリアの真横に瞬時に移動すると、レミリアの顔面を引き裂くように、無邪気な笑みを浮かべながら左手を無造作に薙ごうとする。
しまっ・・・
紅い槍で爪を受け止める。
そしてすぐさま逆の脇腹に衝撃が走った。
が・・・ぁ!?あ・・・あ・・・・・・
意図せずして大きく息をせき込むように吐いてしまう・・・吐き出した息を再び吸うことが出来ない。
横を見遣ると小さくかがんだ状態で杖を腹に突き刺す、怒りの炎を瞳に宿すフランドールの姿があった。
「殺してやる!!私をこんな目に合わせたアンタを・・・アンタなんか・・・・・・大嫌いだ! !!」
あ・・・ああぁあ
声は出ない・・・聞きたくなかった言葉が、頭の中を駆け廻る。
「あはははっははははああぁ『cranberry trap』!!」
フランは宣言をするとともに伸ばしていた掌を何かを潰すように握ると、私の右腕を壊した。
間違っていたのか・・・分かり合うことなど・・・いや、それ自体おこがましいことなのかもしれない・・・。
私はフランを檻から出しておきながら・・・・・・狂気を恐れて館の地下に閉じ込めてしまった。結局は閉じ込められる場所が変えられただけで、何も変えられていないじゃないか・・・・・・。いやもっとひどいか・・・希望を与えた挙句、突き落としたようなものなのだから。
昔と何も変わってない・・・・・母を喪ってしまった時と・・・無力だった昔と・・・なにも・・・。
ダメだな・・・私は・・・
最低の姉だ
耀くような光を宿していた瞳は、徐々に暗く、失意の色に染まる。
それと共に心が腐り果てるように黒く染まっているのが分かる。
「「「やれえ!!!」」」
三体のフランドールは私に纏わりついて、一人に攻撃を急かす。そして悲しみの色を瞳に湛えたフランが、紅く黒い妖気を纏わせながら、杖を構えると、その全体から赫くように炎が現れ、そして盛る。
その光景はまるで、御伽話の中に出てくる炎の剣のようだった。
「お姉さま・・・・・・おねえさまああああああぁああああぁぁぁあ!!!」
悲痛と苦悶の表情を浮かべたフランは私に向かい、その『炎の剣』を振りかぶる
もう・・・・・・いいのかもしれないな・・・。
すまない・・・みんな
ゆっくりと眼を閉じる・・・私は死ぬのだろうな・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・あれ?
振りかぶられたはずの剣がまだ私に達してない・・・疑問に思って目をゆっくりと開く
「・・・フラン?」
そこには私に向かい『炎の剣』を振りかぶったままの態勢で、完全に静止している一人のフランの姿があった。否、そのフランだけではない、私の動きを止めようと抑えている三人全員が、まるで彫刻のごとく動きを止めているのだ。
「な・・・・・・え・・・なにこれ」
訳が分からない・・・どういうことだ。フランの魔法か?いや・・・こんなことは出来ないはずだ・・・しても意味は・・・
「うわーー!!これが咲夜の見てる世界かー!
へへッ・・・割り込み成功だな!」
「・・・・・・もう何が起きても驚かないわ、あなたに常識なんて無いものね」
「いや、お前には言われたくないぜ・・・私も流石に時間は止めれないしなー」
!?
混乱したところに、不意に話し声が聞こえ、私は後ろを振り返る。
「咲夜!?・・・・・・それにお前は・・・魔法使い!?」
「霧雨魔理沙だ。アンタの従者と共に・・・・・・お節介焼きに来たぜ。」
力強い笑みと、優しい瞳を湛え、その魔法使いは私にそう口にした。




