73話「報復が嫌なら敵意や力は出来るだけ潰しておいた方がいい」
「ふぁ〜・・・・」
「アキラさん!よろしければ、このカフイの実でもいかがですか?目が覚めますよ!」
「ああ、ありがと。貰おうか。」
「最上、それにしても何で死体の状況を見に行くんだ?」
「解剖。それと・・・・仕掛けに食いついた奴がいるかもしれないからな。嫌なら別に付いてこなくても良かったぞ?」
「そんなこと言って、本当は付いてきて欲しかったくせに」
「そうよね、アキラ君ツンデレだし」
「・・・・・アキラさんはツンデレ?どういう意味?なんですか」
「アリアスちゃん、ツンデレと言うのはだね・・・・」
俺はアリアスから貰ったカフイの実を咀嚼しながら、朝から顔の濃いキミヒサの問に応えた。
太陽の光がモリアナとミストラルとを隔てる山々から顔を出し、辺りの闇を照らし始めたころ。
兵士たちとテオ、ルーイ、モリアナの《ワンド》四番隊隊長のローラを王城へと報告も兼ねて帰し、俺とコウ、アリアス、ナタリーのいつもの4人に加えて、アスナとキミヒサと一緒にオーバーエイプの亡骸へと足を向けていた。
「兄ちゃん!見えたよー!!」
「流石コウ様!お早いです!」
「アキラ君、こっちに来たのにまだ朝が弱いのね。」
なぜ寝起きでそんなハイテンションでいれるんだ?
コウに至っては昨日あれだけボロボロだったのにピンピンしている。
たしかにこちらの世界は皆、朝が早い。
夜の住人である俺には、この太陽の光が大地を照らす清浄の光ではなく血肉を焦がす悪魔の光線としか思えない。
だが今回はそうも言っていられない。
俺とコウが満身創痍になりながら塩化水銀でようやく倒したオーバーエイプ。
そしてキミヒサとアスナで倒した巨大なエイプ。
その二体の屍を《ブラド荒野》に残したままなのだ。
俺は昨日の戦闘が終わったタイミングでオーバーエイプの死体とキミヒサ達が相手をしていたエイプの死体にある仕掛けを施していたのだ。
「うげー」
「・・・・な、なんなんだこれは?」
先行していたコウとナタリーが丘とは言えない程の少し盛り上がった坂の頂上で立ち止まっていた。
残りのメンバーも続いて坂を登ると、各々に嫌悪を顕にする。
「これは朝から見たいものではねぇな。」
そこから見えるのはエイプ達の死屍累々。
一様に苦しそうな顔で息絶えていた。
「アキラさんの毒魔法・・・・ですか?もしかしてテオ爺の体調不良と関係があるのですか?」
「ああ、よく気がついたな。この《ブラド荒野》が赤いのは何故か知っているか?」
「地元の方々からベヒモスの墓と言われていることしかわかりません。違うんですか?」
「違うな。この赤は俺達の世界で辰砂と呼ばれている鉱石だ。その鉱石には水銀という金属が含まれているんだが、その辰砂に熱を加えると含まれている水銀が気化といって空気に混じってしまう。それを吸いすぎるとテオのようになる。俺が使ったのはその水銀を、より強力な毒にしたものだ。」
「それにしてもアキラ君えげつないね・・・・」
横で説明を聞いていたのかアスナが呆れた顔をしていた。
「ここでは死体を燃やせなかったんだ。仕掛けといて良かっただろ。死体を放置して新たなオーバーエイプが生まれても困るからな。」
俺はオーバーエイプとキミヒサ達が相手をしていたエイプの死体にオーバーエイプを倒すのに使用した塩化水銀を出来るだけ注入しておいたのだ。
辰砂の大地である《ブラド荒野》では死体を燃やせば気化した水銀を吸い込みかねない。
もちろん俺達は戦闘が終わったのだから、その場から離れるの訳で燃やしても問題は無いのだが、いかんせんエイプは燃え難かったのだ。
面倒になった俺はオーバーエイプの死体を解剖したかった事もあり、この方法を取った。
加えてもう一つのサンプルも獲得出来る可能性を鑑みて。
「だが最上、良く毒魔法なんて作れたな。俺もこちらに来て魔法を作ってみようとしたが出来なかったぞ。」
「ああ、俺の魔法は正確には毒じゃないんだ。魔法発動の過程を途中で止めていると言ったら分かりやすいか?例えば火の魔法を行使する場合、必要なのは酸素が必ず必要となるよな?」
「そうだな、少なくとも俺達の知識としてはそうだな。」
「だがそれだけでは火は発生しない。炭素や水素などといった燃えるものが必要となるわけだ。言わば火魔法の威力を上げるということは、そのどちらもを掻き集める必要がある。まぁもしかすれば掻き集めるのでは無く、生み出すのかもしれんが。どちらにせよその2つを操作する訳だ。現にこちらに来て初めて魔法を教わった際に酸素をより多くと言うイメージを持つだけでも火力が上がった。」
「おお!なるほど!ということは空気が扱えなければ火魔法の制御ができない・・・・・だから魔法の基礎は風属性から始まるのか!」
「ああ、だから俺はそこで魔法を止めてみようと考えた。同時に他の物質をイメージすれば抽出や集束が出来るかも検証した。」
「と言う事はお前の魔法は科学・・・・?科学の魔法?・・・・・意味が分からんくなってきた・・・・」
キミヒサが腕組みをし、難しい顔で考え込み始めたので放っておいて、俺はそのまま進むことにした。
「サイズがまばらね・・・・」
個体差が分かるほどに近づいた辺りでアスナの声が漏れる。
エイプの死体は合わせて12体。
思ったより多いな。だが俺としては・・・・
「上々だな。」
視界の先にあるオーバーエイプの亡骸。
その周りには目をひん剥き、苦しそうな表情で幾体ものサイズの違うエイプが倒れていた。
「最上、何が“上々”なんだ?」
俺が欲していたのはこの“まばら”なエイプ達。
「オーバーエイプのサンプルは欲していた。だが同時にオーバーエイプへと至る過程のサンプルも欲しかった。そういう事だ。」
「アキラさん、でもこれだと森のエイプがいなくなって魔物達のバランスが崩れるのではないですか?」
アリアスの問に応えようとしたが、代わりにキミヒサが解答を提示した。
「いや、いなくなってはないな。俺達が岩を投擲された際の同時に飛んでくる岩の数から考えると3分の1程度だ。」
「え!?じゃあまた襲って来るかもってこと?」
俺はアスナの言葉を聞いてキミヒサの解答に付け加える。
「それは恐らくないだろう。あったとしても個体としては弱いはずだ。ここで屍となっているエイプ達はオーバーエイプの力を欲して喰らいに来た訳だ。もちろんエイプ達の願いが現実となったら目も当てられない。正直国を挙げて討伐しようとしたところで苦戦、いや、この数なら敗北すら考えなくてはならないだろう。」
俺はオーバーエイプの周りに転がるエイプの前に立つと死体の状態を確認しながら続けた。
「加えて、強くなれるオーバーエイプの肉をいの一番に喰らう事の出来たエイプ達は、総じて群れの中での強者、力の渇望者だったはずだ。」
外傷による死体はない。
ということはオーバーエイプを喰らったエイプ同士での争いは起きていない。
もし群れの中で争いがあったとしても殺すまでに至らない力量差があったと言うことだ。
だからこそ群れから選ばれた、または有無を言わさず押しのけれる奴がここで屍になっていると踏んでいる。
そして、ここにいないエイプは“力”を諦めたか欲していなかったか、序列が低いものか。
いずれにせよ襲ってくる可能性は捨てきれないが、巨大化やオーバーエイプとなることない“ただのエイプ”であればモリアナ兵士達でなんとかできるだろう。
「そんな好戦的な奴らを炙り出せたんだ。少なくとも直ぐの報復はないだろう。」
「まぁアキラ君が言うなら大丈夫ね!」
「はい!私もアキラさんは凄い人だと思います!」
「アキラ君昔から頭だけは回るのよねぇ」
「あ・・・アキラさんは魔法も凄いですよ!」
俺を挟んだアリアスとアスナが不穏な空気になり始めたので俺は二人から離れて死体の観察、解剖、採取をしながらメモをとり始める。
エイプ達の身体の変化は、殆どがキミヒサ達が倒したエイプの様な大型化の過程のようではあるが、ある者は狼男の様に太腿が肥大化し足先が伸び、ある者は手だけが異様に肥大化したりと変化はまばらであった。
完全に大型化しているものはいない。
塩化水銀の量を減らすべきだったか・・・・
いや、減らして生きていてもらっても困るだけか。
近い順に手前から検証していき、ようやく一番の目的であるオーバーエイプの前へと立つ。
やはり大きい・・・・・
こんな奴を正面から相手をしていたコウはどんな気持ちで向かい合っていたのだろうか・・・
うつ伏せて倒れているオーバーエイプの周りを右回りに回っていく。
屍には所々齧られた痕が残っている。
そこから流れた紫色の血が黒く変色している。
一周回ると今度は背中だ。
コウがズタボロにしていたため、エイプ達にとってもここが一番喰らいやすい。
「兄ちゃん、手伝おうかー?」
「ああ、頼む。」
体を押し上げてもらい、樹齢百年位の丸太の様な腕をよじ登り背中へと到達した。
だがそこには、コウがつけた傷よりも大きな穴と共に思いもよらない光景が広がっていた。
「兄ちゃん・・・・・・これって・・・・」
「人だな。」
オーバーエイプの背中にポッカリと空いた穴の中には・・・・・
「ッチ!バレタ!!」