72話「待っていた光景」
遅くなりました(汗)
コウと俺はキミヒサとアスナに肩を貸してもらい、ようやくアリアスがいるブラド荒野を抜けた先まで到着した。
ちなみに俺がキミヒサでコウがアスナに肩を借りている。
既に火が焚かれており、兵士たちは火を囲いながら休息をとっている。
「ほら、着いたぞ!」
俺とコウはそのまま薄っすらと草の茂る地面へと寝転んだ。
「マジヤバかったねー」
「ああ、でも生きてるな。」
夕闇が迫る空はオーバーエイプの血のように暗い紫色へと変わり始めていた。
そんな色でも今は安堵からなのか、とても美しく思えた。
「隊長だ!!隊長達が帰ったぞ!!」
隊長の姿に兵士達が気づいたらしく、立ち上がれるものが一斉に駆け寄ってきた。
部下に気づかれた二人は、やってきた兵士達に囲まれて怒涛の質問攻めをくらっていた。
「アキラさん!!?お二人とも大丈夫ですか!?」
すると聞きたかった声が聞こえる。
俺はその声の主を見るために体を起こした。
兵士達を治療していたのにも関わらず、こちらを見るやいなや今にも泣きそうな顔でアリアスが走ってきた。
「コウ様!!大丈夫ですか!!!??」
いつの間にかナタリーもこちらに駆け寄っており、血だらけのコウを見て顔を青くしている。
「お疲れアリアス。済まないがコウを頼めるか?」
「でもアキラさんもその足・・・・」
「俺も後で頼む、それよりテオは?」
「あれから回復魔法をかけたのですが体調が戻らないままです・・・・・」
「私も体調が芳しくない。体は治っているのに本調子が出ないままなんだ。」
そうか、ならテオからだな。
老体ではキツかったのだろう。
「ナタリー、コウはアリアスに任せて俺をテオの所まで連れてってくれ」
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テオのもとまで行くと俺達が戻ったのを気づいたのか体を起こして焚き火に当たっていた。
「大丈夫か?今から毒を抜いてやる。ナタリーもテオの横に並んでくれ。」
「承知した。」
俺は抱えていた不条理の綴り書きを開く。
「そうか。それならあのエクス何たらで何とかなるんじゃの。」
「ああ、実験通りに頼む。」
「うむ」
「ナタリー、体から悪いものが抜ける、抜きたいと考えておいてくれ。」
不条理の綴り書きの開発を行っていた際、人に直接効果のある回復魔法とはなんだと考えた。
テオ曰く、回復魔法を行使する際に重要なのは、回復される側が願うことが重要とのことだった。
もちろん、願わなくとも効果はあるそうだが、治りたいと願う気持ち、治したいと想う気持ちがあってこそ、最大の効果を出すことができる。
すなわち、これから俺が行う事にはテオとナタリーの“願う気持ち”が必要だった。
「インデックス。対象指定。」
緑色の光が再び不条理の綴り書きから放たれる。
先程とは違い対象指定をしているため光は広がることはなく、テオとナタリーの周りをクルクルと螺旋状に回った後、不条理の綴り書きへと戻ってくる。
やはり二人共結構な量を吸い込んでいたようだ。
今は軽い症状ですんでいるが、放置すれば必ず体への影響が出てくるだろう。
そうなってはいくら抽出したからといって直ぐに良くはならない。
「カテゴリー、硫化水銀水銀。出力、フルリアクション。抽出開始。」
俺の声に応えて不条理の綴り書きがパラパラと捲れる。
そして先程差し込んだページで止まると表紙に埋め込んである石の一つが輝きだした。
うん、問題ない。光の魔石も正常に作動している。
するとテオとナタリーの体から牡丹雪のような光が溢れ出し、二人の頭上へフワフワと昇っていく。
「凝固。反応終了。」
登った光が一つに集まり光が消えると、そこから粒が地面へと落ちる。
これがこの場で蒸発したとしても影響は少ないだろう。
「これで終了だ。」
俺はパタンと不条理の綴り書きを閉じる。
「相変わらず便利な魔道具じゃな。礼を言う。」
「頭に掛かっていた霞が取れたようだ。流石コウ様の兄上だな!」
俺を褒めているのかコウを褒めているのか分からないが俺は礼を受け取るとその場から少し離れて寝転んだ。
魔力もこれで打ち止めだ。
どっと疲労感が押し寄せる。
「アキラさん!」
するとアリアスの声が聞こえたので、そちらを振り向くと、こちらへと走ってきていた。
「やっと終わりました!コウさん、相当無理をなさっていたようですね・・・・」
「そうか、ありがとう。」
空には満点の星。
月は優しく辺りを照らしていた。
兵士たちの話し声が聞こえるが耳障りなほどではない。寧ろ戦いを終えた俺は、その雑音が心地よかった。
「はぁ・・・・・っつ!!」
ため息が漏れたと思ったら急にアドレナリンで治まっていたのであろう足の激痛が達成感と安堵感で開放されたのか、一気に襲ってきた。
「大丈夫ですか!?直ぐに治します!!」
「ああ、済まない。頼む。」
「おまかせください!」
アリアスはそう言うと寝転んだ俺の横に座り、足へと両手をつき出す。
そういえば回復魔法をかけてもらうのは初めてではないだろうか。
いや、もしかしたらダリルの一件の後、倒れた俺にかけてくれていたのかもしれないな。
だが意識がある状態では初めてだ。
人体に直接作用する魔法。
これは魔素が起こす魔人化、ひいては魔素を解き明かすためにキーになるかもしれない魔法だ。
それを見る事、感じる事ができるとなればいても立ってもいられない。
俺は見逃さまいと状態を起こしてアリアスを凝視する。
「巡る命よ・・・」
アリアスの突き出した手の先が白い優しい光を放つ。
「生まれ朽ちる灯火よ・・・・」
すると今度は俺の足が淡い光に包まれた。
ほんわかと足が温かい・・・・
「刻まれた命の形へと戻し給え・・・・」
まだ変化はない。そのため、ふとアリアスの顔を見る。
そこにいたのは、いつもの優しそうな、それでいて少し抜けてそうなアリアスとは違う。
凛とした佇まいの中に全てを包めこむ様な優しさを感じさせる正に“聖女”だった。
加護を解いてもらった時とは違う美しさがそこにあった。
「理の外に現われよ。キュアレス!」
詠唱が終わり魔法名を口に出した途端、淡く光っていた足の光が強くなる。
同時に温かさが増すと、光が雲散した。
「終わりました!もう痛みは引きましたか?」
アリアスに見惚れていた俺は我に帰ると、ズタボロだった足を動かし痛みが無いのを確認する。
「ああ、ありがと。」
「良かったです!心配したんですよ?」
いつものアリアスの笑顔が患者へと向けられる。
「す、すまない・・・・」
その笑顔がとても嬉しく、そして本当に心配してくれていたのではないかと思わせる。
顔が熱くなった俺はそのまま寝転んで星を数えていた。
「では、私は別の方の治療を行ってきますね!」
「ああ、無理するなよ。」
「はい!」
そう言うとアリアスは笑顔で手を振って次の患者へと向かった。
俺は思う。
だからこの子は“聖女”なんだなと。
俺が呆けていると足音が近づいて来るのが聞こえた。
「まったく、ようやく開放されたよ。」
「ホント、エイプより疲れたわ・・・・」
聴き馴染んだ数少ない友人の声だ。
「お疲れ。」
「それにしてもアキラもコウも無茶しすぎよ!私達が倒し終わるのを待てば良かったじゃない」
見上げた夕闇を背景にアスナが俺とこの場にいないコウにプリプリと怒っている。
「アスナ、それは無理な話だぞ。あれは俺達がいると余計に厳しかったんじゃねぇか?エイプの攻撃を正面から受け止めれていたコウがこうなってんだ。いくらヘイトがコウに向いていたとしても近接の俺達は攻撃が当たる可能性が高い。一撃でミンチだろ。」
「っう・・・・・」
「それにアスナ、最後の方はお前の“幻影”も破られてた訳だし。」
「うるさいうるさいうるさーーい!使い物にならない“異能”のアンタが悪いのよ!」
「はぁ!?何だと!俺がいなかったら飛んできた岩で装備がはだけて今頃丸裸なんだぞ!!何なら今からでも剥いてやろうか!」
「変態!下衆!器お猪口男!」
あーまた始まった・・・・
だが今はこの光景がとても嬉しい。
二人共無事に会えて良かった。
この光景もあと5秒くらいかな。
俺はやっとだどり着いたこの“いつもの光景”を噛み締めながら瞼を閉じたのだった。