58話「忙しい時ほど猫の手は新たな手間を産む」
「おはよう旦那!昨日は大変みたいだったな!」
「ああ、酷い目にあった・・・・」
あれから尋問が日が陰るまで続き、研究室に帰ったのは昨日の夜中だ。
夕方にはコウとリオが魔法のスペシャリストとして名高いテオを連れて来てくれたことによって不正がないと言うことで丸く収まり、ようやく開放された時には街は夜の闇に飲まれていた。
役所の奴が不正を証明しようと、俺に何度も魔法を使わせたにも関わらず一向に魔道具を発見出来なかったため、やけになっていたようで全然疑いが晴れなかったのだ。
お陰で帰る頃にはクタクタだった・・・・
これが《ワンド》のお膝元でなければどうなっていたことかと思うと冷や汗が止まらない。
あの役所の奴の血走った目から察するに、あのままならば恐らくそのまま拘束され続けるか、不正をでっち上げられるかだったろう。
偉そうなテオも『使い様』と言うやつだな。
だが無実を証明すべくテオと役所の奴の前でフレイを放ったことによって、帰り道は青い炎の話をずっと聞かれ続けていたがな。
テオとの話で分かったのは、俺はどうやら燃焼効率を上げすぎていたようだ。
この世界で青い炎を放つものは見たことが無いらしい。
また同じようにイメージで無詠唱魔法を放てるコウも炎色は赤かったらしい。それに加えて魔素消費量も極端に少なかったのが今回の疑いの要因だった。
それくらい勉強しただろ弟よ!!
テオが上から目線で教えろと言うので、お礼として教えたにも関わらず一切成功することがなかった。
基礎教育って大事だな・・・・
「一人でやらせて悪かったな。進行状況はどうだ?」
「バッチリよぅ!旦那の考えた構造なら旅の道中でも弄れるしな!」
ルーイが曲げた腕を前に出しドヤ顔を見せつけてきた。
何だかんだでルーイは頼りになるな。
「アキラ様、ルーイさんおはようございます!」
「おはよう。入っていいぞ。」
扉の向こうからカミラの元気な声が聞こえて来たので声を返事をするとカミラがシェーバスを連れて部屋に入って来た。
「シェーバス、どうした?」
「はい、昨日の『面倒』な件がありましたのでエスティナ様からのアキラ様にとのご命令で早急にこれをお持ちしました。」
面倒って・・・・だがエスティナには感謝だな。
これで変な疑いをかけられなくても済みそうだ。
シェーバスは手に持っていたアタッシュケースのような革のカバンを持ち替えて俺に見せるように中を開いた。
「身分証明の代わりとなるワンドです。この中からお好きな物をお選びください。」
開けられたカバンには様々なサイズのワンドが収められていた。
大きい物で手鏡ほど、小さい物ではキーホルダー位のサイズがある。
俺は一通り手に取ってみたのだが、どうにもサイズ以外の変化がない。構造の面白みもない。デザインもダサい。
つまらんな。
「身分証明用のワンドっていうのはこの中からでないとダメなのか?」
「いえ、そういった事はございません。ですが本人の年齢性別特徴と家族構成を記した『個人書』と刻印や装飾、構造など記した『仕様書』を国政に提出しなければなりません。『個人書』は既にご用意して提出しておりますが、謁見に必要な《ワンド》であると証明するための物的証明書類が未提出です。」
ほほう。本人の特徴と持っているものを照らし合わせて身分証明とするわけか。
『個人書』が住民票、ワンドが免許証みたいなものか。
「ですから物的証明をお選び頂ければと思います。今回ご用意させていただいたのは新加入者用のストックです。装飾や構造などは申請の手間を省くため統一したデザインでワンセットずつ常備しております。あと残り3セットほどありますがご覧になられますか?」
そうか、新加入者の魔法スタイルが分からないなら、同じデザインでワンセット作っておけば直ぐにでも渡すことが出来て、尚且つデザインは既に書類に纏めてあるため申請もスムーズという訳か。
無駄になったワンドはどうするんだ?
なんとも贅沢な効率化だな。
「旦那!それはやめといたほうがいいぜ。」
「はぁ?」
「・・・・・・・」
急にルーイが立ち上がりシェーバスを睨んでいた。
どうしたどうした?
「構いませんが・・・・・申請が出立に間に合いません。モリアナ国王への謁見をされるおつもりがあるのでしたら、『面倒』を避けるためにも現在ある物からお選び頂ければと存じます。」
うわーまた嫌味を言われてしまった。
シェーバスの顔は笑顔のままだが、それが一層怒りを貯めているように見える。
「でもそれ、めちゃくちゃ安物を弄って、それらしく見えるようにしてるだけだろ?」
何?それが本当ならちょっとシェーバスを見る目が変わるぞ。
「ルーイ様お見事です。ですが出立までの時間もありません。アキラ様、今はこちらで留めておいて頂けませんでしょうか。」
確かにシェーバスの言葉は一理ある。
うん、このまま貰った方が手っ取り早いな。
そう思って再度、手を伸ばそうとしたところで急に扉が開いた。
「兄ちゃん!見てみて!このワンド凄くね!?最高級なんだってさ!兄ちゃんのも見せてよ!」
コウがこの場の空気を一瞬で感じ取ったのだろうか、静かに扉を締めて出ていった。
「ニャ!!コウのワンドは何なんだ!?めっちゃいいもんじゃねーか!なんでアキラには安物なんだよ!」
あー依怙贔屓ってやつね・・・・
大丈夫、慣れている。
ありがとうルーイ。
でも時間がないのなら仕方がない。
「シェーバス、俺はこれを・・・・・」
「わかりました。ではご用意されましたら仕様書と一緒にご提出ください。こちらといたしましても『エスティナ様のご厚意』でご用意しただけですので。仕様書の見本はカミラに持たせておきます。間に合わない場合は謁見は不可能ですのでお忘れなく。では失礼致します。」
え?マジか・・・・・
「アキラ様。」
シェーバスは扉に手をかける形で止まり、こちらを振り向いていた。
笑顔を貼り付けたままだが機嫌が悪いのは分かる。
「従者の不始末は主の不始末。そのことをゆめゆめお忘れにならぬよう宜しくお願い致します。あと、エスティナ様に気に入られていたとしても私は認めておりません。では失礼いたしました。」
怒ってるな。うん。
カミラがシェーバスが見えないところでサムズアップを俺達にかましてきた。
してやったりかもしれんが、俺が原因じゃないからやめてくれ・・・・
「シェーバス、すまん。また『面倒』をかける。」
「手綱はしっかりと握ってください。他国では《ワンド》としても『面倒』は避けたいので。では。」
シェーバスは暗にルーイの事だけではなく、俺にも警告という名の嫌味を投げた訳だ。
トラブルを起こしたのが《ワンド》となれば、それはエスティナの責任であると周りが見る訳だからな。
もしかしたら今回の件で《ワンド》として何かしらの『面倒』があったのかもしれない。
だがエスティナに気に入られている?よくわからんな・・・・気に入られているとは思わなかったんだが・・・・
それにしてもモリアナへの旅がやりにくくなったな・・・・・
まぁ謁見のタイミングで公久と明日菜に会うのならコウがいてくれれば問題は無い。無いのだが・・・・コウでは不安しかない。
「はぁ・・・・・謁見が不安だ・・・・」
「旦那・・・・・ごめん・・・・・俺、そんなつもりじゃ・・・・」
落ち込んだルーイの頭を撫でてやると、涙を必死に堪えているようだった。
従者である自分がしたことで俺に不利益が起こるというシェーバスの言葉の意味を理解したのだろう。
だがルーイからしても俺への不利益を鑑みての行動だったのだろう。
「さぁ、落ち込んでいる暇はないぞ。俺は化粧水も生産しないといけないからな。ルーイにはワンドも俺専用武器も仕上げてもらわないといけない。大口を叩いたんだ、妥協はするなよ。とびっきりのを頼む専属魔法陣師。」
「お、おう!!!このルーイ様に任せておけぃ!」
「私もお手伝いしましょう!いえ、させてください!」
人手が増えるのはありがたい。
なんせ『猫の手』を既に借りているからな。
カミラには買い物などの物資調達を頼もうかな。
「小僧、儂も手伝ってやろう。」
「「え?!」」「ニャ!?」
いつの間に入って来ていたんだテオ爺さん・・・・・
こうして俺達3人と帰ってくれない頑固爺さんとの共同制作が始まったのだった。




