1話「認めたくないものだな、男は顔じゃないなんて」
「おい最上」
「なんだ?」
健康的に焼けた肌に引き締まった腕。顔の作りは濃いが白い歯が爽やかな短髪の男が腕組みをしながら問いかけてきた。
相変わらずムカつく爽やかさだ。
「そろそろ部とかサークルに入ったらどうなんだ?そのまま何でも屋みたいに色んな研究室の手伝いだけしてても何も産まんぞ?」
「公久、何の意図だ?」
ここはガラス張りの200人くらい入る大学の学食。窓からは青空と芝、その奥に校舎が見える。今の利用者は大体15人程度。
いつもの隅っこの机で昼食を取っていたところに急に食欲の唆る物体を目の前に置いて座ると、俺に問いかけてきた。
いつもの食堂の端っこで一人で誰に話しかけられるでもなく優雅にマイオリジナルブレンドのコーヒーと自作のお菓子を食べながら優雅に研究資料に目を通していたというのに、この爽やか体育会系の乱入によりティータイム・・・・いやカフェタイムを掻き乱されて少しきつい態度を取ってしまった。
分かっている。だが決して寂しくはない。決して!
「いや、お前のこの先が急に不安になってなハハハ!」
「顔が濃い上に嘘がガムのようにへばりついてるぞ」
「うおぃ!一言余計だ!」
公久は学食で一番人気のカレーを一口食べた後、深いため息をつき窓の先の武道館に目を向けていた。
「最上、あれ見てみろよ。お前は羨ましくはないのか?」
目線の先にある武道館は俺もよく知っている。剣道部の練習場。公久も剣道部だ。
普通は男臭い武道館のはずだが、窓の外の武道館には似つかわしくない後景広がっている。
「キャー!こっち見た!」
「やっぱりカッコいいよね〜」
入り口に女子たちがへばりついている。ざっと20人前後か?
女子たちの声に合わせたかのように、入り口から汗を白いタオルで拭きながらで出て来たのは道着姿の男だ。
なんだ、アイツか。
「幸か・・・・ならあの女性たちのことか?」
「そうだよ。お前の弟のファンクラブだよ。知ってるだろ?前より増えてる。」
「高校時代からそうじゃないか、何も羨ましくはない。」
「ワァイ!?なぜ!!?」
公久は二重の目力の強い瞳をひん剥きながら前のめりに言ってきた。
いや、ちょい待て待て。濃い濃い・・・現代神話である修造様を彷彿させる。
海外に出たら日本の天気が悪くなると言われる人。アツすぎるな・・・
「その話、私も参加するわ」
公久の濃い顔にドン引いていたら突然、後ろから馴染んだ声が聞こえてきた。
「なんだ明日菜かー」
公久が残念そうな顔で答えた。
「なんだじゃないわよ!むさ苦しい男たちの中に一輪の花が舞い降りたのよ!さぁ席をお開けなさい!」
「いや、だからな?お前がどこかに居場所を作る。イコール・・・」
「ぅおい!無視すんじゃないわよ!」
高校からのいつもの光景。俺はブラックコーヒーを飲みながらゆっくり目を閉じる。さぁ、あと5秒くらいかな?
「いや、お前が花って謎じゃね?お前みたいな武力行使の体現者が花!?ラフレシアとかクッさいのなら納得するわ!!ハッハッハはぐぇ・・・」
5秒後、ゆっくり目を開くとあら不思議!名画公久の「叫び」完成!
足を勢いよく踏まれ悶絶する公久。
こいつの横は嫌だと言わんばかりに明日菜が口を尖がらせながら俺の横に座った。
座った瞬間にふわっと甘い香りが鼻をかすめた。
明日菜は容姿端麗・才色兼備であるためモテる。だが暴力的な残念な子だ。
ロングの栗色の髪にすらっとしたボディライン。Tシャツのラインでわかる、大きくもなく丁度いい胸。肌も白く、鼻筋も通っている。いわゆるクールビューティだ。
そのため浮いた話はよくある。公久が知り合いに紹介してくれと頼まれて嫌々ながら紹介すると、その知り合いは翌日に頬なり心なりに傷を負って帰って来る。
まぁ俺にチャラい友達はいないので、というか友達コイツらだけだから紹介して欲しいとかはないが、大学では「恋のトラウマ製造機」または「M男製造機」として良くも悪くも有名だ。
公久の幼馴染であり俺の実家の道場の生徒。そうでなかったら声もかけない。コウならまだしも俺は相手にされそうにないからね。
「で?何の話?」
「痛ってーなおい!最上に研究室決めるかサークル入れって説得してんだよ!」
「いや、だからそれに何でコウが関係あるんだ?」
面倒だな。俺は早いこと『チタン銅合金線材』の資料を読み上げておきたいのに・・・・・
「他のことでは頭の回転早いくせに・・・最上、よく考えろ。コウは双子の弟だろ?お前ら同じ顔じゃん?何でコウがああで、お前がこうなのか考えたことないだろ?」
「あーコウ君ね〜そうゆうことか。」
「わかってるよ。人付き合いだろ?」
「何だ、気づいてんじゃん」
明日菜はどうでもいいとでも言いそうな澄ました顔でサンドイッチを食べ始めた。
「そんなことは既に検証済みだ。実験したが、結局同じ効果は得られなかった。」
高校の時からコウの周りには人が集まっていたが、俺の周りにはあまり寄ってこなかった。どうにかならないものかと、コウの振る舞いを試してみたことがある。
だが結果は「何だコウ君か」とか「入れ替わってんのかよ」となり、成果は得られなかった。
「最上〜そりゃお前の日頃の行動じゃね?」
「そうね、だって輝君、合理主義すぎるし・・・・とゆうかマッドね」
マッドて・・・確かに高校時代、ロボコン部にいた俺はロボコンには参加せずに自分の好きなように弄るばかりだったが・・・・
そういえば高校時代のある時、ふと校庭を見ると芝生が所々伸びていた。サッカー部の強い高校だったので結構広い芝が広がっていたため手入れが追いつかなそうだったので自走式掃除機と芝刈り機を改造してグラウンドに放ったところ駆動系をキャタピラにしていたため花壇の花までやってしまった。そのあと職員室に呼ばれて長々と説教をされたのを思い出した。
あれは失敗だ。あえて性能を落とすことを視野に入れ再開発だな!
まぁ同じようなエピソードはそれだけではないが・・・・
「サークルや研究室を決めると関わらないといけなくなる。関わるとお前の人柄が見える。人柄が見えると・・・顔が問題ないんだ!恐らくいける!いや多分!可能性はある!それで俺は気兼ねなく惚気れるって寸法よ!」
「いや、アキラ君には無理っしょ!うん、無理!!・・・・てか惚気るって・・・・?アンタ彼女できたの!?」
「あれ?言ってなかったか?」
そこから明日菜の質問タイムが始まった。いや尋問か。
とゆうか、さらっと無理とか言っちゃってるし・・・2回も!!まぁわかってるけど・・・
俺は自作のクッキーをほうばりながら二人の掛け合いを見ていた。
しばらくすると食堂の入り口から黄色い声が聞こえてきた。
来たか・・・。