短絡的な不幸話
別に私は人の話を聞いていないわけではありません。
博士のお話もしっかり聞いていましたし、あの枝の危険性も考慮して、条件を付けてみたりと工夫もしたのです。
決して浅はかな行動だったと思いません。短絡的とは言いましょうが。
同じですね。
その結果。
絶賛お空の上で後悔中です。
このままどこに連れ去られてしまうのでしょうか。
いや、まあ具体的にはB区、第3エリアのどこかなのでしょう。
強いて言えばこの大きな鳥さんの巣なのでしょう。
もしかして私、餌ですか?
かわいい雛さんたちの糧にされてしまうのでしょうか。
ほぼ衝撃なしでとオーダーしたので目的地には少なくとも優しく到着できるとふんでいましたが、
その先で食べられちゃ意味がありません。
いえ、もしかすれば、目的地に到着というのはその場所の空中に侵入した時点で到着扱いなのかもしれません。
そうすればこのままパッとはなされて落下してしまうのも起こり得る事象。
うう、ケガしたところに追い打ちですか。
もっとちゃんとオーダーすればよかった。
到着は地表に着いたときにしてほしいです。
「ピギュィイイイイイイイ」
「きゃああああああ!!」
思わず悲鳴を上げてしまいました。突然鳴かないでほしいです。
物理的な衝撃以外は起こりうるって、わざわざ起こす必要ありますかね。
なんだか全力でオーダーの範疇から攻撃してきてる気がします。
いえ、そういう代物なんでしょうね。
だんだんこの枝の厄介さが分かってきました。
屁理屈が大好きなんでしょうか。
そんなことを考えているとそろそろ到着のようです。
心なしか高度が下がってきている気がしますが。
さて、吉と出るか、凶と出るか。
瞬間、私の腕はすぽりとバッグから抜け、そのまま絶妙な角度で見覚えのある湖に落下しました。
ある程度沈んだあと、海面に浮き出ます。
幸いなことにスラちゃんは一緒ですが、バッグは紛失、服はびしょぬれ、体が重くて泳げない。
うーん、末吉でしょうか。
命はありました。
スラちゃんも溶けないみたいですし。
命がけの検証結果。
とりあえず地面(というか湖)に到着するまでは無事でした。
まあその願いとやらも所持者の認識次第なら、結果の判定も所持者次第なのでしょうか。
それなら、空中で結果の判定を揺らがせていた時は危なかったですね。
あのまま自分で、空中でも一応到着か、なんて納得していれば、地面と熱いキスをかわす可能性はあったでしょう。
過程で発生した不幸。
恐怖体験(強行空の旅、紐なしバンジー)、持ち物紛失、水没。
後追加で、髪へのダメージでしょうか。
自然乾燥は髪の毛に良くないです。
教訓、枯枝は次からはもっと慎重に使いましょう。
それでは陸に這い上がり、フィールドワーク開始と行きましょう。
スラちゃんの中から博士からもらった小瓶を取り出します。
大事なものはスラちゃんに預けるという徹底した習慣のおかげで紛失せずに済みました。
バッグの中に入れていたら、撤退待ったなしです。
コルクを抜いて、湖にぽい。
任務完了。
博士によると、どれだけ薄めようが効果が出るように作ったとのことです。
まああの人の化け物じみた調剤なら納得はしますが、何をどうやったのでしょうか。
まあそこは私の領域に非ず。
あとは水を飲みに来るゴブリン達が勝手に我に返るでしょう。
その時は己の黒歴史を理解することになるのでしょうか。
まあ彼らにそんな人間的思考はありませんか。
緑の畜生どもですし。
博士からの任務を終えて、本来の仕事に戻りましょう。
任務は博士からのお使いみたいなもので、本来は森の生態系の調査、記録が主な仕事です。
面倒なのでどちらもフィールドワークと呼んでいますが。
今回はスタンピードで絶滅に追い込まれた三種類の生物の遺骸、生活痕の再確認です。
一応絶滅したと報告しましたが、生き残りがひょっこり戻ってきていたりもするので。
緑色の棒状生物のトリハムに、硬質な尾を持つスカルピネ、丸まって移動するポカリム。
順にアオムシ、サソリ、ダンゴムシの仲間みたいなものです。
彼らの生態は依然調査済みで、危険性がないことは把握済み。
安心して油断できるというものです。
それぞれの巣に赴き、生き残りがいないことを確認していきます。
前回それぞれの巣に誘引の撒き餌をしておいたので、移動できる体力のあるものなら、巣に戻ってきていることでしょう。
トリハムは大木の根元、いないですね。
ポカリムは岩の裏、いませんね。
スカルピネは日の当たる岩場、おや、いますね。
どうやらスカルピネたちは絶滅していなかったようです。
一番可能性がないと思っていたのですが驚きです。
「それでは少々失礼しますねスカルピネさん」
私はそうっと近づいていき、一匹を捕まえようとします。
パキリ、と木の枝を踏み抜き、あまつさえ転んでしまった私を呪いたいです。
そういえば、水を吸った服は重いし、腕も骨折していてバランスがとり辛いのでした。
「わわっ、動いちゃダメ!そんなに激しく動き回ったら」
蜘蛛の子を散らすようにわさわさと逃げ惑うスコルピネ達。
終わった、とつぶやき終える前に、すべてのスコルピネ達が、死んだ。
その自慢の尾を自らの胴体に突き刺して。
説明してしまえば、このスタンピードで絶滅した、あるいはしかけていた生物たちは、非常に脆いのです。
どれくらい脆いのかといえば、全力で動くと死んでしまいます。
そんな馬鹿な。
と私も最初は思いましたよ。
よちよちと進むかわいらしいトリハムの胴体が突然ちぎれた時は。
勢いよく転がっていくポカリムが石にぶつかり弾けたときは。
そして、駆け出した時に尾が大きく上下に揺れ、柔らかい胴体に重厚な尾を突き刺し死んでいくスカルピネ達を見たときには。
彼らは、生物として不完全すぎるのです。
追い立てられて自滅する時点でもはやた生物の餌と何ら変わりがありません。
捕食種からすれば、少し近づいてやればご馳走に変化するのですから。
まあ生きたままがご所望とあれば残念なことにはほかなりませんけれど。
時としてこの生態系は、このような死に対して無防備な生物を生み出すことがあります。
このような生物はいずれ、本来の進化を辿った完全な生物へと至る可能性があるので、保護が必要だったのです。
外敵に追い立てられることのないように、彼ら以外の種は、彼らを食物としないゴブリンのみに調整していました。
故に追い立てられることのない彼らは、超密度な魔力の中で間もなく突然変異を起こすはずだったのです、が。
スタンピードの発生で絶滅寸前。
生き残った種をフィールドワーカー自らが絶滅させる。
ああ、笑えない冗談だなぁ。
安心して油断した結果がこれですよ。
私は、温かい日差しが降り注ぐ岩場に、まるで光に群がる虫のように、縋りつくように上り、真っ白に燃え尽きるのでした。
報告、前述の生物3種、事前の報告に違わず絶滅と断定。
以降、これらの生物の調査は凍結とする。
「非常に残念な結果だが、起きたことは覆らん。ご苦労だったな」
「いえ、余裕のよっちゃんでした。任務なり何なりとお申し付けください」
「...なんだ、熱でもあるのか」
「いえ、なんでもないですよ。心配おかけします」
「変な奴だな今日は一段と」
罪悪感で心がちょっぴり痛かったりするのです。
何にって、闇に消えていくか弱き生物たちに対してってところです。
「それで、ゴブリンの件はどうなった?」
「滞りなく、薬は滴下しておきましたよ」
「ならいい」
博士はいつも通りの真顔でキセルを加えて、煙を吸い込んでむせています。
「なんで吸うんですかねぇ、苦手なのに」
「かっこいいだろう、見た目が」
「はいはい、そうですね。実用性皆無ですけれど」
「世の中、それだけじゃダメなんだよ。それより、」
博士はまっすぐにこちらを見つめます。
あぁ、なんだか面倒くさそうな予感。
「私はそろそろ就寝の時間ですので」
「まだ駄目にきまっているだろう。話が終わっていない」
「ですよね」
そして再び煙を盛大に吸い込んでむせ始める博士。
本当に絵にならないんですよね。
やがて落ち着いた博士はゆっくりと口を開きます。
「仕事仲間が増える」
博士はそれだけさらりと言って、寝ると一言吐き出して、中央棟を出ていきました。
これまた簡潔な業務連絡です。勘が外れたようです。
新しいハウスキーパーさんでしょうか?
それとも博士の助手?
それとも私の助手だったりして。
憧れはありますがまあ、一つ目でしょうね。
それにしても物好きというか、命知らずというか。
「ふぁああ、そろそろ寝ましょうか」
あくびと同時に明かりが落ち、夜は静寂に包まれます。
今日の不幸は今日に置いていきましょう。
明日は平穏な日になりますように。
実際は、あの博士の発言の内容が、私の日々をより落ち着きのないものにするのですが、
それはまた明日のお話。