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転生女神の英雄譚(リメイク版)  作者: 槻白倫
第1章 女神の始まり
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第6話 分からない

 幸助がモフモフトリップしている間に、夜の帳は完全に降りてしまった。


 幸助がそのことに気付いたのはロズウェルが発光する魔道具を起動させ室内が明るくなってからだ。


 妄想の世界から戻ってきた幸助にロズウェルは「夕飯にしましょう」と提案した。


 申し訳無さそうな顔で幸助はロズウェルに付いて行き、それなりに大きなテーブルのある部屋に通された。


 「少々お待ち下さい」と言われ待つこと十数分。ロズウェルはカートのようなものに食事を乗せてきた。


 テーブルに料理が並べられていく。どれも、とても美味しそうな匂いを漂わせていて空腹な幸助のお腹を痛いぐらいに刺激する。


 ロズウェルは料理を並べ終えると幸助の後ろに下がり佇んだ。


 幸助は不満顔でロズウェルを振り向くと言った。


「一緒に食べないのか?」


「私は従者ですので」


「またそれか……」


 幸助は若干げんなりしながらもロズウェルに言った。


「なあ、その、従者とかいうのやめないか?」


「無理でございます」


 幸助の提案にロズウェルは即答でキッパリと断った。


 幸助はむむむと唸る。


「分かった。だが、せめてご飯は一緒に食べてくれ。後ろに立たれると居心地悪い。それに、なんだか申し訳無い」


「ですが」


「また『従者ですから』なんて言うなよ? ……もう、あれだ……そう! お兄ちゃんということにしよう! 公の場では従者で良いがそれ以外の時はお兄ちゃんと言うことにするんだ! いいか?」


 これは名案だとばかりにそう言う幸助。対してロズウェルは無表情だ。


 だが、ここで折れてはいけない。ここで折れてしまえばずっとこのままだ。


「ほら! 家族はご飯を一緒に食べるものだ……ろ……」


 そこまで言ったところで幸助は急に黙ってしまう。


「……」


「どうか、なさいましたか?」


 そんな幸助を訝しみ、声をかけるロズウェル。


「いや、なんでもない……」


 家族。そう言ったが、幸助に家族がどうあるべきかなんて分からない。家族からの愛を貰えなかった幸助が、家族のありようなど分かるわけがない。


 美結と祖父母のことは家族だと思っている。しかし、その関係が普通の家庭よりも歪であることは幸助自身も理解していた。そんな幸助が家族の在り方なんて語れるわけがないのだ。


 幸助は、暗い表情のままスプーンを手に取りスープを口に含む。


 そのまま、黙々とご飯を食べる。


 その料理は、美味しいはずなのに、幸助にはいつも一人でご飯を食べていた、小さい頃と同じような味しかしなかった。





 なんでもない。そう言われれば、言及するわけにもいかないロズウェル。しつこく聞いてしまえば失礼であるし、なにより、幸助が聞いてほしくなさそうな雰囲気であったからだ。


 しかし、ロズウェルは自身の主のことは気になる。それも、主が落ち込んでいるのであれば、その落ち込む理由を知りたいのだ。


 自分であれば何とかできるとか、そんな思い上がったことは思ってはいないが、少なくとも、何かはできるはずだ。


 主の憂いを晴らしたい。ロズウェルはそう思うのだ。


 いまだ幸助がロズウェルを従者だとでも思っていなくても関係ない。ロズウェルが、幸助に何かをしてあげたいのだ。


 しかし、今の幸助はそれを望んではいない。望まれてもいないことをやる気にはなれなかった。例えそれが厚意であったとしても、押し付けてしまえばエゴになる。今の幸助にとってロズウェルのその厚意はエゴになりかねない。


 そう思いロズウェルは何もしない。いや、何もできないのだ。


 剣と礼儀作法ばかり習ってきたロズウェルには、相手の気持ちを察することはできても、どう対処すればいいかまでは分からないのだ。


 それに、二人は出会ってまで一日も経っていないのだ。相手のことは何もわからない。


 分かることと言えば、幸助の外見が美しく、幼いのに年相応な態度を見せず、自分と同じくらいの精神年齢に感じること。ロズウェルを従者と思っていないこと。それくらいしかわからない。


 だから、何も言えない。


 幸助が何を欲しているのかが分からない。何を拒絶しているのかは、分かると言うのに。


 こうして、気まずい空気のまま、幸助にとってはメルリアに来てからの、ロズウェルにとってはアリアとの主従生活の一日が終わったのだった。



 ● ● ●



「アリア様。朝でございます」


「ん、んんぅ……」


 カーテンが開かれる音と共に声をかけられる。


 うっすらと目を開けてみれば、目に映るのは爽やかな青年。いや、美青年と表した方が合っているだろう。


 寝ぼけた頭で考える。


(誰だこいつ……)


 いきなり視界に入ってきた爽やかなイケメンフェイスに、内心で動揺をする幸助。しかし、寝ぼけが過ぎ、意識がはっきりしてくると思い出してくる。


(ああ、そうか……)


 目の前の存在がロズウェル・アドリエ、そして自分は女神アリアなのだと言うことを思い出す。


 幸助と目が合うと、ロズウェルはニコリと柔らかく微笑む。


「おはようございます、アリア様」


「……はよう……」


 朝から爽やかなイケメンフェイスと、窓から差し込む朝日が眩しく、幸助は毛布を被りながら返事をする。


 意識が覚醒してきたとはいえ、まだまだ眠いのだ。


 それに、


(昨日あんな態度とっておいて、どんな顔すりゃいいんだよ……)


 家族のありようを語ろうとして語れなくて、勝手に落ち込んでいった自分にロズウェルはとうとう声をかけることはなかった。


 呆れたのか、はたまた声をかけるまでも無いと思ったのか。どちらにせよ、面倒なやつだと思われたに違いない。


 自分のことを疎ましく思っているだろう相手に、どういう顔をすればよいのかが分からないのだ。


 荘司たちも自分のことを疎ましく思っていたのだが、その時は嫌悪感を表面に張り付けて拒絶を示した。


 しかし、ロズウェルの場合はそうはいかない。


 荘司たちとは同じ学び舎で一時を過ごすだけであったが、ロズウェルの場合は、同じ屋敷で暮らしていかなくてはいけないのだ。


 いくら他人嫌いな幸助でも、一緒に暮らす相手に嫌悪感を丸出しにしては、今後の関係が良好ではなくなることくらい理解している。


 だが、相手の感情が見えない以上どうしようもない。幸助は、突っぱねることはしてきても、相手に近寄ろうとはしてこなかったのだから。相手との距離の詰め方が分からないのは当然であった。


 ロズウェルに対してどうするべきなのかを毛布にくるまりながら考えていると、傍らで待機しているロズウェルから声がかけられる。


「アリア様。朝食の用意ができております。起きてください」


「……ん」


 もそりと毛布から顔を覗かせ、短く肯定の意を示すと、完全に毛布から出ると天蓋付きのベッドから降りる。


「お召し物です」


 ベッドから降りた幸助に、ロズウェルが服を載せた盆を差し出す。


 盆の上の服を手に取り着替えようとしたが、ふと思い至ってその手を止める。


「ロズウェル」


「はい、なんでございましょう」


「俺は着替える」


「はい。そのための、お召し物です」


 それがなにかと言わんばかりの顔をするロズウェル。


 そんなロズウェルに幸助は少しばかり呆れたような表情で言う。


「お前は、女子の着替えを見るのが趣味なのか?」


 幸助にそう言われ、ロズウェルも幸助が言わんとしていることにようやく気づく。


「っ! 失礼いたしました。考えが及ばず、申し訳ございません」


「分かったなら出てけ」


「はい」


 幸助の少しきつい物言いにも素直に従い、ロズウェルは盆をテーブルの上に置くと部屋から出ていく。


 ロズウェルが部屋から出ていくと、幸助は小さくため息を吐く。


 どうにも、ロズウェルの対応には慣れない。


 ロズウェルの対応は、従者としては完璧なのだろう。しかし、一人暮らしで、自分のことは自分でやっていた幸助にとっては、非常にやりづらく、閉塞感を覚えた。


 彼の仕事は幸助の従者であり世話係だ。そう考えれば、仕方のない部分もあるのだろうが、幸助からしてみれば、もう少し融通を効かせてほしいものであった。


「はぁ……」


 今度は割と大きめにため息が出てしまったが、聞きとがめる者もいない。


 幸助は、止まっていた手を動かし、着替えを再開するのであった。





 相変わらず美味しいのに味を感じない朝食を終え、ロズウェルが食器を洗っている間の空いた時間。幸助は、何をするでもなく、自室のベッドの上で、ぼーっと外の景色を眺めていた。


 外に見えるのは自然のみで、人工物は見当たらなかった。


 人里から離れているのかなと、ぼーっと考えていると、部屋の扉がノックされる。


「アリア様。よろしいでしょうか?」


「ああ、うん。いいよー」


 気の抜けた返事でロズウェルに応える。


「失礼します」


 軽く頭を下げたあと入室してくるロズウェル。


「どうした?」


「いえ。アリア様は、この世界のことをよくご理解なされていないようす。ですので――――」


 そう言ってロズウェルは小脇に抱えていたものを幸助に差し出す。


「お勉強をしましょう」


 その一言を聞いた幸助は、自分でも自覚できるほどに嫌そうな顔をした。





「フィールドワークがいい!」


 幸助は、勉強は避けられないと判断してそう言った。


 この世界に来たのならば、この世界の文字に文化、それに歴史も知らねばなるまい。細かいことを言えば、金銭の価値や市場の値段なども知らねばならない。


 しかし、幸助としては勉強などしたくはない。もともと勉強はあまり好きではない。美結がテスト前に一緒に勉強しようと誘ってきたから、ある程度勉強はしていたが、本来ならばほどほどに勉強するだけで良しとしてしまうたちなのだ。


 だが、今回はそうもいかないのだ。


 今回、勉強をすることを提案してきたロズウェルは、なぜだか少し生き生きとしており、とても勉強が嫌と言える雰囲気ではないのだ。


 なぜロズウェルが生き生きとしているのかと言えば、ロズウェルは幸助との距離を縮めるための手段として勉強を用いているからである。


 ロズウェルとしては、すぐに考えられる距離を縮める手段が勉強なだけで、他に距離を縮められそうな手段があればそれでもよかったのだが、いかんせん教練漬けの日々を送っていたロズウェルには思い浮かばなかったのだ。


 しかし、そんなことは幸助の知らぬところ。ロズウェルは幸助に勉強を教えに来たのだと、表面的な意味そのままで解釈してしまいっていた。


 それならば、よりらくで楽しい勉強ならば耐えられると考えた幸助は、フィールドワークを提案したのだ。


「フィールドワーク、ですか?」


「ああ! フィールドワークだ」


 考え込む仕草をするロズウェルに、幸助はフィールドワークの利点を語りかける。


「ほら、ただ勉強するだけじゃ知識として頭には入るけど、経験として残らない分けだろ? だったら、実際に見て学んだ方が効率的かな~って」


「なるほど……」


「それに、俺もこの世界のことを実際に見てみたいしさ。この国の人がどんな生活してるのかも知りたいし」


 これは、偽らざる本心だ。


 幸助とてオタクの端くれ。少しだけ憧れていた異世界の生活とやらをその目で実際に見てみたかったのだ。


 この屋敷を見る限り、ここが相当なお金持ちだと言うことは理解できている。


 しかし、平民の生活を見たことがない以上、この屋敷の生活がこの世界の平均水準だと言うこともあり合えるのだ。


 まあ、仮にも女神が住まう屋敷をその国の平均水準で留めとくと言うことはしないだろうが、実際に見て聞かないことには分からない。百聞は一見に如かずなのだ。


 と、そこまで考えると、ふと気になることがあった。


「なあ、ロズウェル」


「なんですか?」


「この屋敷って、俺とお前だけしかいないんだよな?」


「はい、そうですが」


「それって、手とか足りてるのか?」


「そうですね。二人で生活するスペースでしたら、問題は無いのですが……」


「それ以外に手が回らない?」


「お恥ずかしながら」


「そっか……」


 一瞬、自分が手伝おうかと言おうと思ったが、従者だと自称しているロズウェルが、主である幸助にそのようなことをさせるはずがない。


 それに、そうしてしまうと幸助の一日が掃除だけで終わってしまうことは間違いがない。


 どうするか、と悩んでいるとロズウェルが言う。


「屋敷に来るまでに時間はかかりますが、侍女を手配してもらいましょう。王城に申請書を送れば、数日はかかりますが手配されるはずです」


「侍女って、メイドだよね?」


「はい。ご安心を。よく教育された侍女でございます。アリア様のご不快になるようなことはいたしません」


「う~ん……」


 よく教育の行き届いた侍女。そう聞き、少しだけ顔をしかめる幸助。


(よく教育されたメイドって……なんか堅苦しそうだなぁ……)


 ロズウェルの言葉を聞いて想像したのは、主の言葉に重きを置き、決して口答えをしない。主の後ろを付いて行き、主のなすことにすかさず手助けをする。そんなメイドを想像した。


(うん、無いな)


 今のロズウェルですら息苦しく感じるのにその息苦しさが増すとなると、幸助には耐えられそうになかった。


「却下だな。なんだか息苦しくなりそうだ」


「そうですか」


「近くの街とかで雇えないか?」


「それは、可能ですが……」


 アリアの提案に少しばかり難色をしめすロズウェル。


「なんかまずい?」


「……街で雇うことはできます。しかし、王城に勤めている侍女と比較しますと、いささか教育不足かと」


「別にいいさ。俺は堅苦しいのが苦手なんだ。英才教育されてない方がちょうどいい」


「そうですか……でしたら、そのように」


 幸助の言にロズウェルはまたも、少しばかり難色をしめす。


 なぜなら、女神アリアともなれば国内外問わずに王侯貴族のもとへ出向かなくてはならない時が来る。そうなると、屋敷で暮らすだけの最低限の礼儀作法だけでは足りないところが出てくるだろう。


 しかし、今の幸助の晴れた表情を見ればそれを言うのは無粋と言うものである。


(そこら辺の教育は、おいおいおこなっていけばよいでしょう)


 そう考え、幸助の提案を受け入れるロズウェル。


「んじゃあ、フィールドワーク兼侍女捜しのために、街に行くか!」


 方針が決まり、元気よく声を上げる幸助。


「かしこまりました。外出用のお召し物を用意いたします。少々、お待ちを」


 ロズウェルはそう言うと、一礼して部屋から出ていく。


 その姿を見送ったあと、幸助はロズウェルが着替えを持ってくるまで待機する。


 その間、今まで考えていなかったことを考える。


(美結は大丈夫かな……)


 今まで、美結のことはきちんと頭にはあった。しかし、現状が把握できていない今、美結のことは気になるが考えなしに動くことは、自分にとって良くない結果を招くことを理解していた。


 だから、まずは現状把握に留めた。


 だが、その現状把握もどれくらいすればいいのかが分からない。自身のことも、まだ知らないことが多いため、何ができて何ができないのかも知っていく必要がある。


 加えて言えば、美結が今どこにいるのかすら知らないのだ。このメルリアにいることは分かっている。召喚先がメルリア王国であると女神が言っていたのだから。


 しかし、メルリアのどこにいるかまでは聞いていないのだ。


 ロズウェルの話によればこのメルリアは大国に位置するそうだ。それならば、その領地も広大であるに違いない。ゆえに、探し出すのは手間取るかもしれない。


 救いがあるとすれば、国内にいると言うことだが、美結の現状を知らない幸助には、美結が本当に国内にいるのかすらも分からない。


 勇者の居場所などの情報が不鮮明すぎて、次にどうすればいいのか皆目見当がつかない。


 現状整理も大事だが、勇者の情報も集めていかないといけないだろう。


(勇者の情報は、ロズウェルにでも聞いてみるか……)


 王城にコネを持っていそうなロズウェルであれば何か知っていることがあるかも知れない。


 街に行く際に聞いてみようと決めるのであった。


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