第5話 把握
幸助はロズウェルに案内され、数ある部屋のうちの一つに通された。そこは、綺麗に整理された応接間だった。ただ、余りにも綺麗すぎて生活感がなかった。今思えば、それは廊下やお風呂でもそうだった。
人が住んでいるうえで綺麗にされているのではなく、人がいない場所を綺麗にしているようであったのだ。モデルルームのようだと言えばわかりやすいだろう。
「なあ、ロズウェル」
「なんでしょう?」
「ここは、誰も住んでいないのか? 見たところ、生活感が無さ過ぎる」
「ああ、その事ですか」
ロズウェルは納得したような顔をすると言った。
「ここは、女神様、つまりアリア様の為だけにある教会、もといお屋敷ですので昨日まで誰も住んではおりませんでした。掃除のために私と数人が偶に来るぐらいでして。生活感がないのはそのためでしょう。私も昨日から住み始めました」
ロズウェルの説明に今度は幸助が納得する。
「さ、こちらに」
ロズウェルに促され幸助は一人掛けのソファーに座る。座ってから気付いたが普通は家主の方が一人掛けの方に座るのではないかと。
「ロズウェル、お前がこっちに座るべきなんじゃないのか? 普通は家主が座るもんだろ?」
幸助の問いにロズウェルは微笑みながら答える。
「いいえ、私はこの屋敷の家主では御座いませんので」
「? 住んでいるのはお前なんだろう?」
「はい、私も住んでおります。ですが、家主ではありません」
ロズウェルの言い回しに頭をひねる幸助。
ここには、昨日からではあるが、ロズウェルが住んでいると言っていた。しかし、住んでいるからと言って家主ではない。つまり、ここは元々誰かの屋敷で、ロズウェルは住まわせてもらっていると言うことだ。
しかし、その事実が分かったところで、幸助にはロズウェルが誰に住まわせてもらっているのか見当もつかない。なにせ、この世界に来て知っている人物と言えばロズウェルだけなのだから。
少し考えてみたものの、全く答えの分からなかった幸助は観念したように訊ねる。
「それじゃあ、誰なんだ? この家の家主は?」
「あなた様で御座います」
「は?」
ロズウェルの予想外すぎる答えにとぼけた声を出してしまう幸助。
「俺? なんで?」
「女神様のためのお屋敷ですので」
ロズウェルの答えに少しだけ考えを巡らせる幸助。しかし、やはり答えは出ない。
(情報が少ないから話を聞こうと思ったんだ。ここで考えていても仕方がないな……)
「まあ、それも含めて説明してもらうか」
「かしこまりました。お茶とお茶請けを持って参りますので、少々お待ちください」
ロズウェルはそう言うと、応接室にある入り口とは別の扉に入っていった。お茶を用意すると言っていたから多分給湯室みたいになっているのだろう。
数分するとロズウェルがティーポットとティーカップ、それにクッキーなどの入った籠をお盆に乗せて持って出てきた。
「お待たせ致しました。本日はカモミールティーに致しました」
ガラス性のテーブルに音をたてずに静かに置いていく。その手腕を見ただけで、ロズウェルが給仕の仕事にどれだけ慣れているのかがうかがえる。
カップに紅茶を注ぎ終わると、ロズウェルは数人掛けのソファーの横に佇む。
テーブルの方を見やるとロズウェルの方にはカップが無い。
「ロズウェルは座らないのか?」
「はい。私はここで」
「それだと、俺が落ち着かないんだが」
「いえ、アリア様と同じ席に着くなど、従者である私には不相応な行いです」
そう言って佇むロズウェルとカップの置いていないテーブルを見ると、幸助は「はあ」とため息を吐く。
この短時間ではあるが、ロズウェルの人となりが少しだけ理解できた。
ロズウェルは、真面目なのだ。女神の従者であることに徹底しているため、主に対して不敬であると思った行動は行えない。例え主が許したとしても、自分がそれを許せない。
真面目ではあるのだが、幸助からしたら融通がきかないと思えた。
しかし、このままでは落ち着いて話ができない。なので、すこしアプローチの方向を変えてみた。
「ロズウェル、もう一個カップを持ってきてお前も座れ」
提案がダメであれば、命令口調で言えばいいのだ。
幸助はまだ納得がいっていないが、ロズウェルは幸助のことを主だと言っている。いや、正確には女神アリアの従者であると言っているのだが、幸助のことをアリアと呼ぶと言うことは、幸助はアリアなのだろう。
そのアリアの命令であれば聞いてくれると思ったのだ。
「いえ、私はここで充分でございます」
しかし、幸助の思惑に反し、ロズウェルはこれを拒否する。
このままでは堂々巡りになってしまう。いっそこちらが折れてしまおうかとも考えたが、それでは今後ずっとこの調子が続くだろうことは簡単に予想ができた。
女神が言っていた。ロズウェルが幸助の身の回りの世話をしてくれると。そうであるのならば、ロズウェルと過ごす時間は必然的に長くなるだろう。そんな長い時間このような調子では幸助が落ち着かない。
「俺が良くない。座らないと不恰好だ。それに、話をするなら目の前に来い」
「ですが」
「良いから座れ」
頑なに拒むロズウェルに幸助はイライラしていた。
幸助にとってロズウェルは対等な存在だ。いや、年を考えるとこちらの方が下だと考えている。それなのに、こちらを上として扱われるのは幸助としては居心地が悪かった。
「そうはいきません。私は――」
否定の言葉に、ついに幸助がキレた。
「良いから座れと言ってるんだ! いいか? さっき会ったばかりの奴に自分は従者だとか言われても、納得できないし理解も出来ない! そもそも、俺は従者がつくほど偉い訳じゃない! だから俺は今お前と対等な関係だと思ってる! お前がそうじゃないと主張するのは構わないが、今俺がお前が従者と言うことに納得していないうちは俺とお前はた・い・と・う・だ!! 分かったらカップをもう一個持ってきてとっとと座れ!」
十二歳の体と言うこともあり少し舌足らずな感じはあったものの、何とか噛まずに言えた幸助は「ふん」と鼻息荒く腕を組むと、どかりとソファーに体を預けそっぽを向いた。
言った通りにしないとなにもする気はないと言う意思表示である。
「……」
そうして、数秒。ロズウェルは一向に動く気配がなくその場にジッと佇んでいた。
(さすがに怒ったか?)
怒涛の勢いで怒鳴りつけてしまったため。従者であると自称しているロズウェルも、さすがに怒ったのではないかと不安になってくる。
そーっと横目で確認してみると、怒濤の勢いで十二歳児に怒られたロズウェルは、見た目では分かりづらいものの酷く落ち込んだ様子であった。
分かりづらいと言うのも、表情にはあまり変化がないからだ。しかし、身にまとう空気は暗くどんよりとしており、明らかに落ち込んでいると言うことが分かった。
「……分かりました。何の説明も無しに従者と言ってしまったことお許し下さい」
若干雰囲気を暗くしながら、ロズウェルは給湯室に消えていった。
言い過ぎたかなーとも思ったが自分は間違ってないと胸を張り待つことにした。相手が怒っていないと分かって強気になったのだ。
十数秒程でロズウェルは戻ってきた。
カップに紅茶を注ぐと自分の方に置いた。
「それでは、失礼します」
ロズウェルは軽くお辞儀をしてから座ると居すまいを正した。
「……」
「……」
沈黙してしまう二人の間に気まずい空気が流れる。
いつまでそうしていたのか分からないがロズウェルが唐突に口を開いた。
「……先程は申し訳ありませんでした……」
「……別いい。謝罪はさっきも聞いた。もういらない」
憮然とした態度でそう答えてしまってから、失敗したかなと思う。
ちらりとロズウェルを見やれば、更にしょぼくれた雰囲気になっている。
「……私は、浮かれていたみたいです……」
「浮かれてた? なんで?」
「アリア様の従者になれる事にです」
「さっきも言ったけど俺は従者を持つような偉い人間じゃない」
幸助がそう言うとロズウェルは伏せ気味だった顔をがばっと上げると言った。
「そんな事はありません! あなた様はこの国の救世の女神! そんなお方が偉くなくて誰が偉いというのですか!?」
「救う予定があったとしても、まだ救った訳じゃない。それに救えると決まったわけでもない。敬われるべき人間は何かを成し遂げた人間だけだ。俺はまだなにもしてないんだよ。そんなやつ、偉くもなんともない」
「そうかもしれません……ですが……私は……」
またもやうなだれてしまうロズウェル。それを見かねた幸助はできるだけ優しい声を作ると言った。
「まあ、なんだ……お前が、なんで俺にそこまで傾倒するのかも、お前にとって俺に仕えることがどれだけ名誉な事かも、そこら変のことはよく……と言うか、全く知らん。だから、それを踏まえて俺に説明してはくれないか?」
ロズウェルは少し顔を上げる。その顔には幸助に頼られたことによる喜色が少しばかり浮かんでいた。
「かしこまりました。それでは、僭越ながらご説明させていただきます」
ロズウェルはそう言うと居すまいを正すと聞いてきた。
「先ずは、何から説明いたしましょうか?」
幸助は少し悩むと言った。
「う~ん、先ずは俺自身のことかな? 結局自分がどういう存在なのか分かってないし」
「そうですか。それでは、ご説明させていただきます。あなた様のお名前はアリア・シークレット。《聖母神の湖》より生まれし神の子でございます。神の子ですのでアリア様も神様です」
「はい、質問」
「はい」
「なんで俺の名前決まってるわけ?」
「《アリア》と言う名前は襲名式です。《シークレット》と言うのは神託により聖母神様から授かります。そのため、アリア様のお名前が決まっているのでございます」
なる程と頷き、納得を示す。
(シークレットってのは秘密、だよな? まあ、確かに神の子が転生者だなんて大っぴらにできないよな……)
秘密にしたいのかしたくないのかよくわからない名前ではあったが、そこはさして気にすることでもないだろう。
「しかし、私にも分からない事があります」
「分からない事?」
「はい。私の家は代々神の子の従者をしているのです」
「そうなのか?」
「ええ、父は時期が合わず従者をしていなかったそうなのですが、祖父が先代のアリア様の従者をしておりました。祖父はもう他界してしまいましたが、ご存命の頃に聞いた話ですと、先代の《アリア様》は自分の役目とこの世界の常識、そして、この国の歴史も知っていたらしいのです。先々代もそのまた先々代も最低限の事は知っていたと、祖父の日記には記されておりました」
「そうだったのか……」
幸助はなぜ、先代の《アリア》がこの世界の最低限の知識を有していたのか考えてみた。
多分だが、器に魂を定着させるときにこの世界の知識を擦り込んでいるのだろう。そのため、先々代もそのまた先々代も最低限の知識を有していたのだろう。
しかし、そうすると分からないこともある。なぜ、幸助には知識を刷り込んでおかなかったのかだ。
刷り込んでおけなかったのか、もしくはあえてそうしたのか。前者であればなぜ刷り込めなかったのかの謎は残るものの、納得はできる。しかし、後者であるならば、謎は一層深まるばかりである。
なんにせよ、どちらが答えかどうかも分からない。判断材料がないならば、考えようもない。
考えに区切りをつけて顔を上げると、ロズウェルと目があった。どうやら待たせてしまったらしい。
「すまない、待たせた」
「いえ、お気になさらず」
「さっきのお前の疑問だが……俺は本来ここに来るはずじゃなかった、所謂イレギュラーな存在なんだ」
「イレギュラー、ですか?」
「ああ、何かの手違いで来た、と言うわけではない。きちんと、その聖母神とやらにここに行けと言われたからな。ただ、本来この役目は俺がやることではなかった、と言うことだ。しかも、かなり急な話だったから知識なんてもんは全くない」
「そう言うことですか……」
近い未来にロズウェルが死ぬかもしれないと言う事実もあるのだが、それは言わぬが吉だろう。
今はいたずらに場をひっかき回すようなことはしない方が良い。
「まあ、お前の言う役目? て言うのはしっかりやるさ。安心しろ」
「はい、よろしくお願いします」
「ところで、その俺の役目ってなに?」
「そうでしたね、説明していませんでしたね。アリア様のお役目はこの国に危機が迫ったらそれを撃ち破る事です」
「撃ち破るんですか……」
大雑把な説明に思わず敬語になってしまう。
「はい、撃ち破って下さい」
「が、頑張ります」
「私も微力ながらご助力させていただきますので」
「頼りにしてるわ……」
「はい、お任せを」
予想以上に責任重大な役目に胃がキリキリする幸助。だが、なったしまったものは仕方ないと切り替える。
「で、それ以外の役目ってのは無いわけ?」
「はい、普通に生活してくれて構いません」
「そうか……あっ、もう一つ聞きたいことがある」
「はい、何でしょう?」
「先代と先々代って俺と同い年くらいだったのか?」
自分の体は幼児退行している。それが、先代も先々代も同じだったのならばその理由も分かるかもしれない。
なぜなら、先々も先々代も自分の役目について知っていたのだ。だったら、自分のことを少なからず知っていてもおかしくはない。そう考えたのだ。
ロズウェルは数瞬思い出すような仕草をすると言った。
「はい、祖父の日記にも生まれたときは十二歳だと書かれていました」
「十二歳? そんなにはっきり分かってるのか?」
「はい。何でも、十二歳になるまでは天界で修行して、それから地上に遣わされるらしいのです」
「なるほどな」
つまりは、あの女神が考えたこの国のものが理解しやすいように考慮した設定というものだろう。しかし、なぜ十二歳なのかはよく分からない。女神が幼女趣味なだけなのかだろうかと失礼ことを考えるが、そんな事は些事だと思い思考を戻す。
「分かった、それじゃあ次はこの国の事を教えてくれ」
「かしこまりました」
ロズウェルはそう言うと少しぬるくなった紅茶で喉を湿らせた。それを見た幸助も自分の喉が渇いている事に気付き紅茶を飲んだ。
初めて飲んだカモミールティーは案外おいしかった。
ロズウェルはカップを置くと話の続きを始めた。
「今、私達がいるこの国の名前は《メルリア王国》と言う国です。別名《女神に愛された国》とも《女神の国》とも言われています」
「なんで?」
「世界中のどこを探しても女神が生まれる所はこの国しか無いのです」
「へ~まあ、そんなにバンバンあったらありがたみが無いよな~」
そんな事を言っているとふとあることに気付く。
「なあ、ロズウェル」
「はい」
「お前女神が生まれるって言ったよな?」
「はい」
「女神しか(・・)生まれないの?」
「はい」
「なるほどなぁ……」
これで漸く自分が女として転生した訳に合点がいった。女神しか生まれないのなら自分が女と言うのも頷ける。
(しかし、なぜ女だけなんだ? 女しか器として作れないのか? まあ、これも今は置いておくとしよう)
「それじゃあ、続きを頼む」
「かしこまりました。メルリア王国には近隣する国が多く存在しますが、その中にメルリアと肩を並べる大国が二つあります。一つはレシュナンド帝国。もう一つはクルフト王国でございます。この二国とメルリアは同盟を結んでおりますので、戦争を行うというような事はありません」
「へ~」
「アリア様がこちらの生活に慣れましたら、この二国にも訪れて貰うことになりますので、この二国に関する最低限の知識を、時期を見てお教えします」
「へ? なんで訪問すんの?」
「女神が生まれたときはこの二国に顔を見せに行くのが昔からの習慣なのです。先代の日記によりますと『一目見ただけで寿命が十年延びる気がする』だそうで……そのため、一目会いたいと」
「いや気がするだけだろ……真に受けんなよ皇帝と王様……大丈夫なのかよその二国は?」
(気がするって言うので女神に会うのかその二人は……)
「まあ、神に会えるというのはそうそうあるものではありません。そのためあのお二人もお会いしたいのでしょう。それに、メルリアの象徴たる女神が出向いたとなれば国家間に友好があることの証にもなります」
メルリアの象徴。そう言われると、なんだかさらに自分の背負ったものが重いのだと知らしめられる幸助。
それに、たしかに国を象徴する人物が他国に赴けば、その国は信頼されていると表明しているようなものだ。
なにせ、国外に出ればそれだけ危険が増す。他国であれば、暗殺の危険すらあるだろう。そのことを考慮しながらも女神が訪れると言うことは、その国ではそのようなことが起きないとメルリアが信頼している証。
国家間の友好関係はより強固なものになるに違いない。
「なるほどなぁ」
超有名人に一度でも良いから会ってみたいというようなのだろうかと解釈していた幸助だが、後半の説明を聞いて納得する。
「因みに、この三国で一番の戦力を誇るのはレシュナンド帝国です」
「そうなの?」
「ええ、一人一人の実力は大したこと無いのですが、いかんせん数が多いのです。まさに多勢に無勢でございます。勿論、単体で一軍にも勝るとも劣らぬお方もいますよ。この国にも数名おります」
「何そいつら化け物じゃん」
一人で軍団一つと変わらないとか、そいつはどんな奴なのか少し興味があったりする幸助。
すると、なぜかロズウェルが悲しそうな顔をした。
「え、どうした? 何でお前悲しそうな顔してんの?」
「え、ああ、いえ……その、言い辛いことですが、私もその内の一人ですので……」
「へっ?」
会ってみたいと思った奴が思いの外身近にいたので驚く幸助。
「え、なに……それじゃあ、お前一人で軍相手に出来んの?」
「ええ、まあ……」
「ほえ~」
感心する幸助だがロズウェルの曇った表情を見て慌てて頭を下げる。
「えと、知らなかったとは言え本人を前に言って良いことではなかった。訂正する。あと、すまない」
「いえ、慣れてますので大丈夫です。お顔を上げて下さい!」
幸助が頭を下げるとロズウェルがワタワタと慌てて顔を上げてくれと懇願してくる。
少し顔を上げてロズウェルの顔を見る。
「……許してくれるか?」
「はい、お許しします。ですからお顔を上げて下さい」
「……分かった」
ロズウェルに再度懇願され顔を上げる。それを見て、ロズウェルはホッとしたような顔をすると言う。
「それでは、説明の続きをしますね?」
「ああ、頼む」
「と言っても、あまり話すことも無いのですが……。そうですね……」
ロズウェルは考える素振りを見せるとやがて口を開く。
「この国に限らずですが、この国には奴隷制度があります。メルリアでは奴隷は犯罪奴隷のみとなっております。レシュナンド帝国やクルフト王国のように捕虜奴隷、亜人奴隷などはいません」
「亜人がいるのか?」
「はい、亜人は非常に高い身体能力を兼ね備えておりますので、力仕事などにはもってこいなのです。たっだ、人と異なる部位があると言うことで差別の対象になっています。因みに、クルフト王国は亜人の国ですので、亜人差別による奴隷はいません」
「亜人差別による奴隷って……つまり、人攫いとか、そういう?」
「はい。悲しいことですが、亜人を対象にした人攫いなどは未だにございます」
ロズウェルの言葉に幸助は不愉快そうに眉間にしわを寄せる。
「度し難いな。人を攫って金儲けだなんて……」
「亜人を人だと思っていない連中が多数います。そういう思想の者達がことを起こすのです。ですが、メルリアは亜人を奴隷にせず共存をしています。現メルリア王国国王は、犯罪奴隷以外を良しとしませんので共存が出来ているのです。それに、友好国であるクルフトが亜人の国だからと言うのもありますがね」
「感心だな。捕虜奴隷も良しとしないのは?」
「捕虜がいれば奪い返そうとやってくる輩が出てくることも無きにしもあらずなのです。ですので、奴隷を必要とする他国へと明け渡すのです。明け渡し先は多くがレシュナンド帝国になります。皇帝様はそう言うことを気にしない質ですので快く引き取って下さいます」
「なるほど、よく考えているな国王様も。国民の安全を第一に考えてる。それに、いい道徳観念を持っているらしい」
亜人だからといって人種差別をしないで共存していこうというのは幸助としては共感が持てた。
それに、捕虜を奴隷にしないのであれば扱いに困るのは道理だ。そのまま奴隷にもしないでただのうのうと生かしておけば国民の反感を買いかねない。
それを理解したうえで捕虜を他国に明け渡しているのだろう。そうすれば、捕虜を奪還しようと攻められることもなく、奴隷にしたことで無罰と言うことにはならないので国民の反感も少なくて済む。
どうやら、メルリアの国王は相当頭の回るものらしい。
「それじゃあ、亜人って言うのはこの国にも居るんだろ?」
「はい」
「近くの町に行けば会えるか?」
「はい、会えますよ。私もこの近くの町の出身なので、亜人はよく見かけました」
「それじゃあ、落ち着いたら行こう。会ってみたい」
「かしこまりました」
どんな亜人がいるのだろうか、きっと色々な種族の亜人がいるに違いない。そう考えるとどんどん興味が湧いてきた。
アニメやラノベ好きの幸助にしてみれば亜人はまさに会ってみたいあこがれの的なのだ。一度で良いからモフモフしてみたいと考えるほどに。
そして、今の幸助の体は子供、しかも女性。同姓である女性にモフモフをしてもイタズラとして許される年頃なのだ。
そう考えだらしのない笑みを浮かべる幸助。
「モフモフ……」
言葉に出してしまうほど妄想の世界に旅立っていく幸助をロズウェルは温かい眼差しで見ていた。
ロズウェルはずっと不思議に思っていた。
ロズウェルの祖父、ロバート・アドリエの日記の一文にはこう書かれていた。
『アリア様は年相応のあどけない姿で色々な物を見て楽しんでおられた。アリア様は神の子だが、まだ子供なのだ。私がしっかり守らねばならん』
と書かれていたのだ。
ロバートの代のアリアは年相応で子供らしかった(・・・・・・・)のだ。
それに比べて今のアリアはどうだろう。今でこそ年相応の表情をしているが先程までの言葉づかいやロズウェルに対する対応。全てが子供のそれではなかった。
(本当にイレギュラーなのですねあなたは……)
ロズウェルはそう思うと同時に言い知れぬ予感を感じていた。ロズウェルはこれまで、数々の稽古に励んでいた。それは、とても多忙で遊ぶ暇さえなかった。だが、今日からの日々はより一層忙しくなる。なんとなくそんな予感がしていた。
未だトリップしているアリアを見つめ頬を緩める。
窓の外は夜の帳が降り始めていた。暖かな夕日がアリアの銀色の髪をオレンジ色に照らした。