第15話 疑問
二人で回収を進めたので直ぐに部位の全てを回収することが出来た。
よく見ると蟷螂の主は日本の物とは違う点が多々見られた。細かな変化や大きな変化が所々に見られている。魔物チックに魔改造されていると思えばいいかもしれない。
ともあれ回収をすませた二人は皆のところに戻っていた。
お昼用に準備されたパンとスープを受け取り、アリアとイルは横に倒れた木に座っていた。
「俺もうお腹ペコペコですよ~。早く食べましょう!」
そう言って朗らかに笑うイルにアリアはくすりと笑ってしまう。
「ふふっ、イルは随分と可愛らしい言い方をするんだな」
「えっ? あっ、い、今のは忘れて下さいっ!」
自分でもペコペコと言う表現は子供っぽいと思ったのか顔を赤くしてそう言うイル。
「ふふっ、どうかな~忘れるかもしれないし忘れないかも~」
「そ、そんなぁ……」
「ふふっ、冗談だ。それじゃあ冷めない内に食べちゃおうか」
イルはからかいがいがあるなぁ~と思いながらアリアは手を合わせる。
「いただきます!」
「はい! いただきます!」
と、ここまで言って違和感を覚えた。
「そう言えばこっちでも『いただきます』って言うんだな」
『いただきます』は、向こうでは日本の文化圏でしか使わないような言葉なので、西洋風な見た目のこちらで聞くのは少々意外な感じであった。
それに、ロズウェルやメイドたちは頂きますとは言っていなかった。
地域によって違うのかなと思っていると、イルが説明を入れた。
「ええ、『いただきます』と言う食前の挨拶は、地域によって言ったり言わなかったりです。確か文献によると、四百年前の勇者様が広めた文化らしいですよ」
「四百年前? そんな昔にも勇者はいたのか?」
「ええ。勇者様だけでなく女神様もその時メルリアにいたみたいですよ。その女神様が、初代アリア様だそうです。後、その時の勇者様も初代だったみたいですよ」
「初代アリアに、初代勇者……」
何とも無しに呟くアリア。
今回の女神である自身は完全なるイレギュラーだ。脅威を取り除くために召喚された勇者に加え、メルリア王国を庇護するために遣わされた女神がいる。過剰戦力なような気がしなくもないけれど、二者が同世代に存在すると言う可能性も無いわけではないのだ。
だが、どちらも初代というのが妙に引っかかった。なにが、と問われれば、明確な答えは言えないのだが、それでも妙に引っ掛かりを覚えるのだ。
それに、勇者が召喚された意図が分からない。アリアが女神として現界したのは、メルリアを守護するため。そして、ロズウェルが死んでしまうという運命を覆すため。アリアの目的はハッキリしている。
けれど、勇者の目的は未だ不明瞭なままだ。
国を庇護するため? それは、アリアの仕事だ。
魔王を倒すため? 魔王がメルリアに害をなすのならば、アリアがやればいいことだ。
念のための保険? そんなことのためにわざわざ別世界から勇者を召喚するほど、この国は落ちぶれてはいない。それは、数ヶ月の生活の中で良く分かっている。
であれば、なんのために? なぜ、初代は勇者と女神が揃っていたのか? 単なる偶然か、或いは何かアリアの知らないことがあるのか。
「まあ、今考えても詮無いことか……」
今手元にその頃の文献はない。調べることが出来ないのであれば憶測だけを飛び交わせても意味はないだろう。
王城に帰ったら図書館にでも寄ろうと決めつつ、アリアはイルにいろいろ聞いてみることにした。
「イルは他にその頃のこと何か知ってるか?」
「そうですね……主立った出来事と言えば、その頃も今と同じで魔王がいましたね。それと、邪神もいました」
「邪神?」
魔王と言うワードは聞いたことがあるが、邪神というワードは聞いたことがなかった。
「その、邪神て言うのは何なんだ?」
アリアの質問に、イルは難しそうな顔をする。
「それは……邪な神としか言いようがないですね。すみません、俺の勉強不足です」
「いや、勉強不足なのはわたしの方だ。いろいろ教えてくれて助かった」
「いえいえ、これくらいの事ならどんどん聞いて下さい!」
「ありがとう」
アリアはイルにお礼を言うとご飯を食べ始める。イルもアリアが食べるのを見ると自分も食べ始める。
元々、そんなに量がないので男の子であるイルは直ぐに食べ終わってしまったが、アリアにとっては少ない量でも充分……と言うよりは多いと感じてしまう。しかし、それも無理からぬこと。食べ盛りの男の子にとっては物足りないと感じさせる量だが、普通に考えればかなり多い量だ。
騎士団は食べることも仕事の内だ。食事は身体を作り、治すために必要なことなのだ。そのため、騎士団にとっても重要視されている部分ではある。だから、食事の量も一般人より多いのだ。
そのことを当たり前と思っているイルと、そんなことは全く知らないアリアは、アリアに配膳されたスープとパンの量が多いことに気付かない。
半分を食べたところでアリアは食べるのを止めた。お腹一杯というわけではないが腹八分目にとどめておいたのだ。
「あれ? アリア様。もういいんですか?」
「ああ。わたしにとっては多すぎるよ」
と言っている最中に、イルの視線がアリアでは無くスープとパンに向いていることに気付く。
(食べ盛りなんだなぁ)
そんなイルの視線を微笑ましく思いながら、アリアはイルの方にパンとスープを寄越した。
「……そうだな、残すのも勿体ないし、イルが食べてくれるとこちらも助かるのだけど」
「え? いいんですか?」
「良いも何も頼んでいるのはわたしなんだ。それに、イルは育ち盛りだろう? なら一杯食べないと」
「……それでは、お言葉に甘えて頂きますね」
イルはそう言うとアリアから食器とパンを受け取る。イルが平らげて空になった食器はアリアが受け取る。
パクパクと美味しそうに食べるイルを暫く眺める。
すると、だんだんと目蓋が重くなっていく。お腹一杯になって眠くなってしまったのだろう。
こういうところはやはり子供なんだなと思いながらも眠気に耐えるアリア。
眠気に耐えるアリアを見たイルは困ったような顔をすると言った。
「まだ食べたかったですか?」
「え? なんで?」
「だって、俺の手を凄い睨んでるんですもの」
どうやら、眠気を我慢するうちに半眼になっていたらしい。
「ごめん。眠いだけ」
「あ、そうですか。でも、そろそろ休憩終わりですから我慢して下さい」
「ん~~分かった。我慢我慢」
頭をゆらゆら揺らし「ん~~」と唸りながら眠気を堪えるアリア。
その隣でイルは、食べ終わった食器を重ねた後アリアの手を取った。
「さて、行きますよ」
「ん~」
目をゴシゴシと擦りながらイルに連れられて歩く。
食器を一つの箱に重ねて入れる。どうやら皆食べ終わっていたようで二人が最後だったようだ。
イルが全員分の食器が入った箱に手を当てて《停滞の箱庭》に収納する。
「どうしたの?」
手を引かれているアリアを心配したのかキリナが声をかけてきてくれる。
心配そうなキリナにイルは若干苦笑混じりに答える。
「お腹が一杯になったら眠くなってきちゃったみたいで」
「そう。アリア様、寝てはダメ。もうすぐ行軍なのだから」
「大丈夫だ。寝てないぞ~~ふあぁぁ~~~」
大きな欠伸をしながらそう答えるアリアには説得力が皆無であった。
イルとキリナは目を合わせるとお互い苦笑をもらす。
「三人とも、そろそろ出発するようだ。隊列を組んでくれ」
三人はラテに出発の準備が出来たと声をかけられ隊列に加わる。
「それでは出発する!」
バルバロッセの号令で隊は森の中腹へと歩を進める。
アリアは欠伸を噛み殺しながら歩く。
暫く歩き進めると最初こそ何回もしていた欠伸は数を減らしていき、そして、数が減るに連れ眠気も段々と遠ざかっていった。
それでもまだまだ眠気はおさまらずに、もう何回したかも分からない欠伸を噛み殺していると、直ぐ近くから気配を感じた。同時に、殺気とはまた違う獲物を見つけた肉食獣のような視線も感じることが出来た。
その視線を受けるとアリアはあれだけ脳内を埋め尽くしていた眠気を無理矢理に吹き飛ばし神経を尖らせる。
気配の数は全部で六。進行方向に三体、右方向に一体、左方向に二体だ。その全てが昼頃戦った主と似通った気配だった。
「ユーリ」
「ええ、いますね……」
注意するように言おうとしたが、どうやらユーリも気付いていたらしい。それどころか、隊の全員がこの気配に気付いていたみたいで、皆、臨戦態勢をとっていた。
流石だなと心中で賞賛しつつ、アリアも剣を構える。
「バルバロッセ。右の一体はわたしに任せてくれないか?」
アリアのお願いにバルバロッセは渋い顔をする。それを見たシスタは微笑みながらバルバロッセに言った。
「大丈夫だよ。アリア様はお強い。一体程度には遅れはとらないさ。それに、遅れをとるようなら連れてきたりはしないよ」
「……分かった。それでは右の一体は任せる」
「ありがと」
バルバロッセから許可を貰うとアリアは右方向へと駆け出す。すると、ユーリが慌てたように付いて来る。
「バルバロッセ様! 私はアリア様について行きます!」
「了解した。何かあったら頼むぞ」
「はいっ!」
二人の会話を背中越しに聞きながらアリアは走る。少し走ると敵影が見えてきた。
主の見た目は地球で言う花カマキリのようだった。白い体色に花びらのような鎌と羽。そこだけ見れば巨大化した花カマキリだ。だが、地球の物と違うのは鎌が四本あることだ。
木々をバキバキと薙ぎ倒していく花カマキリ擬きに臆することもなく剣を構え肉迫する。
「ギュルルルルルルルルッ!」
こちらに気付いた花カマキリ擬きは奇妙な鳴き声をあげアリアにその鋭い鎌を振りおろす。
「ふっ!」
それをアリアは軽めの跳躍でかわす。だが、かわした先にも鎌が振り下ろされる。どうやら、先程の一撃は誘導だったみたいだ。
花カマキリ擬きの鋭い凶刃がアリアに迫る。
「ほいっと」
が、アリアはそれを気の抜けるような声と共に難無く避ける。
「頭使ったみたいだけど、まだまだだよ」
そう言うとアリアは地面を蹴りつけ花カマキリ擬きの足元へと飛び込と、横薙ぎの重く素早い一撃を花カマキリ擬きの足に放つ。
が、その一撃は足が突如として消えることにより当たる事無く空を切り、ビュオオッとけたたましい風斬り音をならすだけだった。
剣が空を切ったことに多少驚きながらもすぐさま相手を探す。
「アリア様上です!!」
ユーリの焦ったような声と同時にアリアも相手の居場所を確認できた。
アリアに斬られる寸前にジャンプしたのだろう。花カマキリ擬きは太い枝に足を掛け、木の幹には鎌を食い込ませて宙に浮いていた。
羽があることから飛べるのであろうが、木々が邪魔をして飛ぶことが出来なかったのだろう。そのため飛ぶのではなく跳んでアリアの一撃をかわした。
その事に気付いたアリアはニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。
「キュルルルルルルオォォォッ!!」
花カマキリ擬きはガラスをフォークで引っ掻いたような声を上げると鎌と足を放し、頭を下にして鎌を突き立ててアリアに向かって飛び込んでくる。
「アリア様ッ!!」
慌てるユーリに視線を向け大丈夫だと伝えてから花カマキリ擬きを見据える。
「飛べないんじゃでっかい的だよ~」
アリアは剣を急降下してくる花カマキリ擬きに向ける。
「《灼熱線光》!!」
アリアは詠唱をせず魔法名だけを口にした。
すると、剣先から轟々と熱を発する極太の灼熱の柱が花カマキリ擬きに向かって放たれた。
「ギュルリイッ!?」
花カマキリ擬きは驚きの声はあげられたものの、断末魔の声を発することは出来ずに灼熱に身を焼かれていく。
灼熱が当たっていない部分もその熱波により燃え盛り、綺麗な白百合をも思わせるその身を白から茶色、茶色から黒へと、まるで枯れていくかのように朽ちらせていった。
完全に黒の固まりになったところでアリアは魔法を止めた。魔法の威力により浮いていた花カマキリ擬きの体が落ち始める。
ボロボロと崩れながら落ちてくる死骸は、中身まで焼き尽くされ灰になったのかホロホロと宙を舞うように落下する。
そのためアリアはさして焦る事も無く悠々とユーリの元へと歩く。
歩いている内に熱を感じ熱源の方を見ると、アリアの両手剣は灼熱の影響か赤く光り、ドロリと溶けていた。
その剣を水魔法で急速に冷やすと『収納』と念じて停滞の箱に収納する。
剣を一本ダメにしてしまったと、内心臍を噛む。
ユーリの元まで着くと、ユーリがぽかんとした顔をしていることに気が付いた。
「どした?」
固まるユーリに声をかけるも石像の如くびくともしない。
今度は手を取って呼んでみた。
「ど~したの~?」
「はっ!?」
手を取られ体を揺すられたユーリは流石に気がついたのか我に返った。
「す、すみませんアリア様! 魔法のあまりの威力に呆然としてしまいました! そ、それに無詠唱であの威力だなんて……」
ユーリはギュッと目をつむると勢いよく開いた。
「感激です! 感動です! 凄いです! 尊敬します! 流石アリア様です!」
「お、おおう、ありがとう……」
グイッと詰め寄るユーリに若干体を引きながら答える。
ユーリは興奮しきった顔をアリアから離し今度は何かに気づき言いづらそうな顔をした。
「あの、そう言えば、主のサンプルを取らなくて良かったのでしょうか?」
「あっ」
ユーリに言われアリアも気付いた。後ろを振り向き丸焦げどころか最早灰になってしまった主だったものを見る。
「サンプルにはならないよな……」
「そうですね……」
「とりあえず、戻ろうか……」
「はい」
二人は灰になった主をそのままに皆が戦ってるであろう地帯まで戻ることにした。




