第2話 転移
浮き世離れした美しさを持つその女性は静かに佇み幸助達を見つめている。
彼女は幸助達を怖がらせないためか、優しく微笑むと口を開いた。
『あなた達はこれから異世界に飛ばされます。その先では様々な困難が待ち受けていると思います。差し当たってはあなた達には……』
「ちょっ、ちょっと待ってくれ!」
いきなり核心であろう部分に触れる説明をされ、我に返り彼女を止める荘司。
他の皆も急に話を進められ戸惑っている。
「いきなりそんなことを言われても、何が何だか分からない! とりあえず、なんでこうなったのかを説明してくれ!」
皆も同じ心境だったのだろう。我に返った奴はこくこくと頷いて荘司の言い分に賛同を示していた。
荘司の言葉に少し思案するような顔をしてから彼女は答えた。
『……そうですね。あなた達も聞きたいことはあると思いますので、質疑応答という形を取らせていただきましょう。幸い、まだ時間の猶予は有りますから』
そう言うと彼女は『質問をどうぞ』と促す。だが、いきなりのことなので誰が何を質問すべきか分からず、結局、一番早く復帰した荘司が代表して質問をすることになった。
「それじゃあ、まず、あなたは誰なんですか?」
先ほどまでは慌てていたが、今は少しだけ冷静さを取り戻している。
そのため、只者ではない雰囲気を醸し出している彼女に、改まって敬語で問いかける荘司。
『私はあなた達で言う神、のようなものです。名前はありませんので、お好きなようにお呼びください』
「……分かりました。それじゃあ、何で俺らはここに?」
『それは、私がここに引き止めたからです』
「引き止める?」
『はい、あなた達はこれから、メルリア王国と言うところに召喚されます』
「……メルリア王国に……召喚?」
訳が分からないと言うふうに言葉を繰り返す荘司。
『はい、召喚される間際に私が介入して、ここに呼ばせていただきました』
「何で、そんなこと――」
「ああ、もう、めんどくさい」
召喚の理由を聞こうとした荘司に被せるように声が発せられる。
誰もがその声の方を向く。その声の主は、未だ美結を抱きしめたままの幸助だった。
幸助は苛立たしげな顔をすると言った。
「そんな、ちまちま話を聞いてたら時間を食うだろうが。時間に猶予はあるが、無限にあるわけじゃないんだろう? だったら、まずはお前がこの状況を説明できる範囲で全部説明しろ。質疑応答はそれからだろうが」
彼女は取り繕うことのない幸助の物言いに嫌な顔一つせず、それどころか若干顔を綻ばせながら答える。
『そうですね。すみません、ここに来た人は皆質問から入るので、そう言う形を取らせていただいたのですが――』
「御託はいいからさっさと説明してくれ」
今度は彼女の言葉を遮り先を促す幸助。
彼女がキレるのではとハラハラと見守るクラスメイト。だが、それは杞憂だったようだ。
『分かりました。すみません、どうも久しぶりの会話なのでつい話してしまいますね。……それでは、説明させていただきます』
彼女の説明は、曰わく以下の通りである。
まず、先程も彼女が説明したが幸助達は勇者としてメルリア王国に召喚されるらしい。メルリア王国、他にも多くの国があるその世界の名は『テラ』と言うらしい。
その『テラ』の中にあるメルリア王国と言うところには、不定期的に勇者召喚が自動で行われるらしい。この現象は神を自称する彼女すらも止めることは不可能で、こうやって一時介入する事が精一杯らしい。
では、何故彼女が介入したのか。それは、召喚される勇者が、召喚先で死んでしまわないようにするためだ。死ぬというのも、異世界からの召喚者は召喚元の世界の住民なので他の世界に適応ができないからだ。適応できないと世界に受け入れられずに召喚の最中で消滅してしまう。それを防ぐために行われるのが彼女、女神による加護の付与だ。
この加護には二つの効果がある。
一つは世界に対する適応力を上げる効果。これは、先述の通り世界に受け入れられるための効果だ。適応力は個々によって幅はあるものの世界に受け入れられるに充分な力は手に入るらしい。適応力はその力が大きければ大きいほど身体能力やその他諸々の性能が向上するらしい。ただ、重ね掛けで力を増大させることはできるものとできないものがいるらしい。こればかりは体質など適正で決まるようだ。
二つ目は地球で言うところの特殊能力である。これは付与と言うよりも覚醒と言った方が妥当なようだ。適応力の上がった者は、その内に秘める地球では必要のなかった『才能』が目を覚ますらしい。だから、覚醒と呼んでいるそうだ。
目を覚ます必要が無かったと言っても、その『才能』はその人自身の最も得意なことの上位互換であったり、はたまた全く関係のないものが覚醒したりと様々なようだ。
以上のことが、彼女が簡単に説明できるこの状況の全てだそうだ。
「なる程な。てことは、あんたはサービスでこんな事をしてくれているわけか」
『ええ、そうです』
「そうか。それじゃあ、取りあえず質問をさせてもらおう」
『ええ、何なりと。私の答えられる範囲でなら』
「まず、何を覚醒させるかは、やっぱり自分じゃ選べないのか?」
『はい。その人の才覚によって決まります』
「それじゃあ、覚醒は一人に一つだけなのか?」
『まれにですが、複数持つことができる人が居ます。ですが、これは本当にまれなことでして、基本的には覚醒するのは一つの才覚だけです』
「そうか……」
それだけ質問をすると幸助は何か考え込むように下を向く。すると、
「ねえ、幸助。そろそろ離してくれない?」
未だに幸助の腕に抱かれた美結が恥ずかしそうに顔を上げる。
そう言えば抱きっぱなしであったことをすっかりと忘れていた。
「ああ、すまない。忘れてた」
「ん、まあいいけど……」
解放された美結の顔は若干赤く、恥ずかしがってるように見えた。従兄弟とは言え幸助も異性だ。抱きしめられて恥ずかしかったのだろう。
『他に聞きたいことは?』
「いや、俺はもういい」
幸助がそう言うと、彼女は他のクラスメイトを見渡すが皆質問は無いらしい。
その中で、唯一荘司だけが質問をする。
「俺達は、元の世界に帰れるんですか?」
荘司の質問を聞きクラスメイトもハッと俯きがちだった顔を上げる。
そうだ、帰れるかもしれない。と言う淡い期待を胸に抱き彼女を見つめる。
が、彼女は悲し気に顔を伏せて言った。
『いいえ、無理です。この召喚は一方通行ですので、帰る手だてはありません』
その一言でクラスメイトの表情が絶望に染まる。
それは、仕方のないことだろう。唯一の頼みの綱であるこの女神でさえ出来ないのだから、この後メルリアに着いたところで帰る手だてが見つかるとは思えない。その事を理解したクラスメイトの顔は暗くどんよりとしたものだった。
『ここから返すこともできません。私の力ではここに留めておくだけで精一杯なのです』
「分かりました……それ以上は、もう……」
紫苑はこれ以上の絶望を叩き付けられたくなく、それ以上女神が帰れないことを説明するのを止めた。
彼女としても彼らをメルリアへと送ることは本意ではない。そのために、言い訳じみたことを言ってしまったということに気が付く。
気まずい雰囲気の中、これ以上質問が無いことを察すると、彼女は口を開く。
『……それでは、これから加護を授けていきたいと思います。私の前に一人ずつ来てください』
そう言われるも、誰も動こうとしない。帰れないというショックが大きいのか動く気配すら無い。
そんな中、始めに彼女の前に行ったのは担任の符井だった。
「皆、取り合えずは今やるべき事をやろう。このまま加護を貰えなかったら私たちは召喚された瞬間に死んでしまう。そうならないためにもまずは加護を貰おう。さあ、一列に並んで!」
符井のその言葉に従うクラスメイト。その足取りは重いが今は何をすべきか、何が最適な行動なのかを充分に理解しているようだ。
「ねえ、幸助。アタシ達も並ぼ?」
「……ああ、そうだな」
美結に促され幸助も列の最後尾に並ぶ。
「ねえ……」
「ん? なんだ?」
後ろに並んだ美結に声をかけられる。振り返ると、美結は不安そうな顔で幸助を見ていた。
大方、これからのことが不安なのだろう。
美結の表情からそう解釈すると、幸助は美結を安心させるように微笑み頭を撫でる。
「大丈夫だ、俺が何とかするから。安心しろ」
「うん……」
だが、それでも不安なものは不安なのか、顔を曇らせたままの美結。
そんな美結の不安を払拭したく、幸助は更に言葉を紡ぐ。
「向こうの生活が不安なのは分かるけど、今は向こうがどうなってるかなんて分からないんだ。向こうに着いてから考えるしか――」
「違う! そうじゃない!」
泣き出しそうな顔をして幸助の言葉を遮る美結に、多少面食らう幸助。
「どうしたんだよ……?」
「だって……幸助、また何か考えてるでしょ……?」
「そりゃあ、そうだろうな。こんな訳分かんない状況に陥ったんだから、考えない方がおかしいだろ」
「そうじゃなくて……幸助、そんな怖い顔してるとき、アタシの事しか考えてないでしょ? アタシを助けることしか、考えてないんでしょ? ……嫌だよ、そんなの……幸助も一緒に助かる方法じゃなかったら、アタシ嫌だからねっ!!」
「……」
美結の言葉に思わず開いていた口を閉じてしまう。
そして、自身の顔を触る。
「そんな怖い顔してるか?」
「……うん」
「いつも?」
「いつも」
美結がそういうのならば、間違いはないのだろう。誰よりも幸助を見てくれているのは美結なのだから。
実際に幸助は、美結を最も安全で最善の方法で助けようとしていた。それが、美結のためだし自分が美結にできる最大限の恩返しだと思うからだ。
だから、いくら美結でもそのお願いは聞き入れられなかった。幸助の最優先は美結であり、決して自分などでは無いのだから。
自分の命を賭してでも助けたいのだから。
しかし、その思いを前面に出してはいけない。バレてしまえば絶対に美結は止めてくる。
だから、幸助は表情に気を使いながら言う。
「大丈夫だよ。美結をひとりにするもんか」
「本当に?」
「本当だ」
そう言って表情を読み取られないように美結の頭を撫でて誤魔化す。
「んもうっ! あたし、子供じゃないんだから! ……でも、分かった」
嫌そうな言葉を吐くが、その実、美結は幸助に撫でられるのは嫌じゃない。本人はその事を隠しているつもりだったが、幸助や美結の大声に驚いて二人を見ていた周囲の者にはバレバレであった。
緩みきったその表情を見れば一目瞭然だ。
『さあ、次はあなたの番です』
そんなことをやっていると、遂に幸助の番が回ってきた。
一度目を瞑ってから覚悟を決めると、幸助は一歩前にでる。
幸助は二、三女神と言葉を交わす。その声は小さくて聞き取れなかった。その事が美結を不安にさせたが、幸助は何事もなく加護を受け取った。
その様子を確認すると、美結はホッとして肩をなで下ろす。
幸助は、口ではああ言っていたが自分から離れて行ってしまうのではないかと感じていたからだ。理屈ではなく、幸助から感じ取れた雰囲気でそう思ったのだ。
だが、加護を受け取ったことでその可能性が無くなりホッとしたのだ。
『さあ、あなたで最後です』
漸く自分の番が回ってきて若干緊張する美結。
「よ、よろしくお願いします!」
『はい。それでは、いきますよ』
女神の手が美結の頭に翳される。女神の手が暖かな光を放つのと同時に、美結の中に何かが入ってくるのを感じた。これが、加護なのだろう。それは不快なものではなく、むしろ体がポカポカと温かくなり、心地良いくらいだった。
心地よさが引いていき終わったのが分かった。心地よさに細めていた目を開く。
女神は、美結に対して優しく、だが、どこか悲しげに微笑むとクラスメイト達の元へ行くように手で促した。
『これで、加護の付与は終わりました。さあ、準備は整いました。あなた方をメルリアに送り届けます』
女神は一歩後ろに下がると手を前にかざす。すると、足元に魔法陣が広がる。
『これより、止まった時は動き始めます。あなた方が行く道に、どうか、幸運があらんことを……』
白い光に視界を塗りつぶされる中、女神のそんな台詞を聞いた。
『どうか、絶望に染まらぬように……』
女神のその言葉を最後に、存在がこの空間から剥がれていくのを感じた。
● ● ●
圧倒的光量が収まったのを感じ、目を開くとそこは石造りの教会のような所だった。
その場所は、掃除はきちんと行き届いており、古くは感じるのだが清潔感に溢れていた。
取りあえずちゃんとした場所にメルリアに来れたことにホッと胸をなで下ろす。
目の前の壁には女性の壁画が描かれており、描かれていたのは一人の女性と一人の男であった。女性の方は先ほどまで相対していた女神のようであったが、もう一人の男の方が分からなかった。
しかし、その壁画は神秘的で見る者を引き込んでいく。
綺麗で神秘的な壁画に見とれていると不意に声が発せられる。
「ようこそ、勇者様方」
声がした方を振り向くと、そこには老齢の白髪をオールバックにした男が立っていた。その後ろには鎧を着た兵士らしき人達が綺麗に整列していた。
老紳士は美結達よりも一段低いところにいるらしく、少し小さく見える。どうやら、祭壇らしい所の上に美結達はいるらしい。
「私メルリア王国王城にて執事長をさせていただいております、ハンデル・クリシアと申します。以後、お見知りおきを」
ハンデルはそう言うと恭しく一礼した。
突然のことに固まってしまう美結たち。だが、符井は年長者ゆえの場数の違いか、すぐさま立ち直るとハンデルに応える。
「これは、ご丁寧にどうも。私、符井抄造と申します。こちらこそ、よろしくお願いします」
符井の挨拶を聞き他の皆も挨拶を返す。しかし、その言葉には隠し切れない警戒の色がにじみ出ていた。
それもいたしかたないことであろう。
目の前にいる老紳士は、見たところ無害そうで優しそうな雰囲気ではあるのだが、見た目がその人その者の本質ではないのだ。
ハンデルが嘘をついている可能性がある以上、完全な信頼は置けない。
ハンデルは、皆の疑惑の目が集中しているにも関わらず眉一つ動かすことなく平静を保っている。
「それでは、王城へご案内します。皆様も突然のことでお疲れでしょう。馬車での移動となりますので、馬車の中でごゆっくりお休み下さい」
ハンデルは皆を怖がらせないためか、柔和な笑みを浮かべる。
「あの……」
「はい。何でございましょうか?」
クラスメイトの一人が少しだけ怯えたように声を出す。
「あなたたちについて行って僕たちは安全なんですか……?」
その質問にクラスメイトは騒然とする。
それもそうだろう。その質問はあまりにもストレートすぎたからだ。もし相手の意図がこちらを害するものだとしたならば、疑いを持っているこちらを言葉で懐柔するのが無理だと判断して、今すぐにでも強硬手段に出てくるかもしれない。
そうでなくとも、善意であったのならば相手を傷つけてしまう。
しかし、ハンデルはその質問に柔和な笑みを持って答える。
「安全ではないかもしれませんね」
柔和な笑みとは裏腹に口にした言葉は穏やかならぬものであった。
皆はその言葉に半歩身を引いて距離を取ろうとする。
「誤解が無いように言いますと、私たちが危害を加えると言う意味ではありません」
「それは、どういう……?」
「勇者様方は、特別なお力をお持ちです。その力は、多様性があり、千差万別です」
確かに、一人一人の才覚を伸ばすと女神は言っていた。そのため、似たような力はあるだろうが、全く同じと言うことはないだろう。
「しかしその力は、一国の命運を左右するほどの大きな力を秘めているかもしれないのです。そうなれば、勇者様方を狙う不埒な輩がいないとは正直言いきれないのです」
「我が国にそのような不埒な輩がいるとは言いたくはないのですが、いないとは胸を張って言えません。ですが、決して我々はあなた方を害するつもりはありません。むしろ、保護をするためにやってきたのです」
ハンデルの言葉に後ろに控えていた、他の兵士よりも豪奢な装備を身にまとった男が続ける。
「申し遅れました。私は、メルリア王国兵団長、ルーチェ・ブルクハルトと申します」
そう言って恭しく一礼するルーチェ。
話に割って入ってきたルーチェの無礼ともとれる行動に、しかしハンデルはそれを咎めることはしなかった。
ルーチェがメルリアのことを勘違いしてほしくなくて割って入ってきたことは理解しているし、なによりこのまま勇者たちが野放しになってしまえば彼らは確実に危険に身を晒すことになる。そんな彼らを案じて保護しようと考えていることも理解しているからだ。
それになにより、ルーチェはイケメンだ。
優し気な雰囲気の中にしっかりと一本芯の通った堅実さを兼ね備えており、そばにいると守られているような安心感を得られる。
そんな彼が真剣みを帯びた表情で話せば、大抵の者は耳を傾けるだろう。
その証拠に、女子を中心としてこちらの話に耳を傾けようとしている姿勢を確認できる。数名男子も混ざっているが、その者はルーチェの持つカリスマに引かれてのことだろう。
ともあれ、聞く姿勢を持ってくれたことは嬉しいことだ。ハンデルとしても国のことを誤解されるのは悲しい。
「……皆、ひとまずハンデルさんたちについて行こう」
そんな中、符井が言う。
「どちらにしろ、私たちに選択の余地はない。ここでハンデルさんたちを信じてついて行った方が得策だと思う」
「そう……ですね……。なにより、この人たちがその気なら、口でどうこう言うよりも実力行使した方が早いし……」
符井の言葉に芹沢が賛同する。
芹沢は、彼らの力量を見抜いたわけではない。ただ、現状考えうる可能性を考慮して導き出した結論だ。
今芹沢たちは自分にどんな力があるのかを把握できていない。力を振るうことができない以上、元の身体能力で戦うしかない。そうなった場合、素手のこちらと武器を持ったあちらとではどちらが優位かなんて戦わずとも理解できる。
ましてや向こうは戦闘のプロ。こちらはついさっきまで勉強や部活程度してこなかった平凡な高校生だ。勝てる道理などあるはずがなかった。
だから、手荒な真似をすればハンデルたちは皆を容易く捕獲できることだろう。そうしないと言うことは、そうするつもりがないと言うことだ。
「俺も、計と先生に賛成だ」
荘司もその辺を芹沢の言葉で理解できたのか、二人に賛同する。
そうすれば、あとは簡単であった。
クラスの代表的人物の荘司が賛成と言うのならば、それに倣うものが多いに決まっている。
それは、他人に決断をゆだねる、ある意味思考放棄ともいえる行動なのだが、ただの高校生であったのだから仕方がないと言えるだろう。
「ハンデルさん。我々はあなた方について行きます。よろしくお願いします」
符井はハンデルに向き直ると祭壇から降り、深く頭を下げる。
「こちらこそ、信じていただきありがとうございます。誠心誠意、王城までお届けさせていただきます」
皆の王城行きが決まり、祭壇から降りる一行。
そのとき、さりげなくルーチェが女子の手をとり転ばないようにと配慮をしている。手を取られた女子は赤面して恥ずかしそうに少しだけ顔を俯けさせている。
ルーチェはそんな女子を具合が悪いのかと心配して顔を覗き込む。そうすると更に赤面してしまう。
女子の手を取るごとに毎回そうなっているので、ルーチェは心配して、赤面する女子一人一人に兵士をつけ介抱させる。実際には介抱は必要ないのだが、ルーチェは具合が悪いのだと思っているので、兵士に介抱させる。
兵士はルーチェがイケメンだから女子が赤面しているのだと言うことを知っているので、ルーチェのその天然な対応には苦笑する。しかし、ルーチェのその行動には慣れたものなので、指示通りに女子を介抱しながら馬車へと向かう。
そして、介抱されている女子はと言えば、介抱してくれる兵士も顔の偏差値は高い方なので、更に赤面することになるのだが、兵士たちは自分よりもはるかに顔の偏差値が高いルーチェがいるのでそのことに気付いていなかった。彼らもまた天然なのである。
男子の方は、女性の兵士が手を差し伸べており、これまた赤面している。女性の兵士は彼らが赤面する理由を心得たもので、一応具合の確認をするが男子が見栄を張りたくなるような表情で言うので、男子は皆一様に「大丈夫です」と元気よく答えていた。そんな男子に「そうか。たくましいのだな」と微笑めば、男子としては俄然やる気が出ると言うものであった。
そんな様子を眺めていた部下たちは、手玉に取ってるな~と人ごとのように思っていた。
そんなほのぼのする様子を見ながら、美結は苦笑交じりに幸助に言う。
「よかった、取りあえず危険な人達じゃ無さそうだね、幸助」
傍らにいる幸助に安堵した声で話しかける。が、幸助からは返事が返ってこない。
「幸助?」
幸助のいる方を向くがそこには誰もいない。
(おかしい……)
急に不安が体をよぎる。慌てて辺りを見回すも幸助の姿は見当たらない。
「嘘……」
冷や汗が体から溢れる。整っていたはずの呼吸は運動をしているわけでもないのに激しくなる。
「ッ!!」
外にいるのではと思い、美結は高く跳躍し、先頭を追い越して扉を乱暴に開け放って外に出る。
普段では考えられないほどの身体能力を見せたのだが、今はそんなことに構っていられる精神状態ではなかった。
「美結!?」
「桐野さん!?」
皆が驚きの声を上げるが美結は気にせず辺りを見渡す。だが、どこを見渡しても幸助の姿は見当たらない。
外は広い草原で身を隠せる場所など一つもありはしない。そもそも、幸助は隠れて美結を驚かしたりなど絶対にしない。美結がそれをされるのが嫌いだと知っているからだ。
口に両手を当てメガホンのようにする。
「幸助ぇぇぇぇ! 幸助ぇぇぇぇぇぇ!!」
美結が叫んだことにより皆も幸助がいないことに気づき騒然とする。
「幸助ぇ! 幸助ぇぇぇぇぇぇ!!」
涙が出てきて声が震える。涙と鼻水で顔がくしゃくしゃになる。それでもかまわずに声を張り続ける。
「幸助ぇぇぇ……! 幸助ぇぇ…………!」
なれてない大声を出し過ぎて声が枯れてくる。
「幸助っ……! 幸助ぇ…………」
いくら叫んでも、いくら見渡しても幸助は姿を現さない。
「美結ちゃん……」
うなだれ始めた美結の後ろから声がかかる。
振り返らなくても分かる。この声は、美結と幸助の共通の友人の瀬能真樹だ。
美結は真樹の制服を掴み言う。
「真樹ちゃん! 幸助が! 幸助がいないの! どこを探してもいなくて、何度呼んでも来なくて!」
「落ち着いて、美結ちゃん。取りあえず、皆で探そう?」
「……うん」
真樹は美結をやんわりと引き離し、優しく手を取ると皆の元へ連れて行く。
「先生、見て分かる通り崎三くんがいません。一緒に捜してください」
「わ、分かった。おい、皆! 崎三を捜してくれ!」
符井の言葉で我に返ったクラスメイトは周囲に散り、幸助を捜し始める。
「ハンデルさん、申し訳無い。一緒に着たはずの子が一人いないんです。少し周囲を捜す時間を下さい」
符井が頭を下げるとハンデルは「頭を上げてください」と言いった。符井が頭を上げるとハンデルは符井を安心させるように笑顔を作ると言った。
「是非もありませんな。我々も協力いたします。さあ、あなた達も捜索に加わりなさい!」
兵士達に命令を出すとハンデル自身も捜索を開始した。
符井は頭を下げてお礼を言うと自身も捜索を開始した。
転移者四十一名、ハンデル及び兵士三十人の七十二人が捜索をしたが、その日、幸助が見つかることはなかった。
暗くなってきたことにより、ハンデルがこれ以上の捜索は帰路に着くことができなくなるため危険だと言い打ち切りを決定する。
「こう……すけ……ッ!」
「美結ちゃん、行こう……?」
涙を流しへたり込む美結に声をかける真樹。
その言葉に美結は、今出せる精一杯の声で叫んだ。
「幸助ええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」
しかし、その声は虚しく空に溶け込むだけであった。そして、幸助もまた姿を見せることは無かった。
その事実に、美結は悲痛な叫び声を上げることしかできなかった。