第12話 妹
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「纏狼のノア」と言う作品です。
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ハイロは、どうしてこうなったのだと痛くもない頭を抱える。
「なあロズウェル! あれはなんだ?」
「はい。あれは薬草屋ですね。様々な薬草が置いてあります」
「じゃああれは?」
「はい。あれは魔道具屋ですね」
「魔道具屋!? 行ってみたい!」
「はい。行きましょう」
隣で楽しそうにあれはなんだこれはなんだと、興味津々に色々なものを訊ねる幸助。その質問を、常時より少しばかり柔らかい雰囲気で、ロズウェルが答えていく。
そして、その隣を少しばかり疲れ切った様子で、ハイロが歩く。
(どうして、こうなった……)
どうしてこうなったかと言われれば、自分が女神“アリア”様の検問に当たってしまったのが最初の原因ではある。
しかし、検問を普通にしていればこのようなことにはならなかっただろう。自分が不敬なことを言って、あまつさえ泣いてしまったから幸助に連れ回されるはめになった。
そして、伯爵様のお屋敷にお邪魔して、美味しいはずのお菓子をいただいたのに味もよくわからないという事態に陥った。
正直もったいない事したなと思ったりもしたが、あの場でリラックスしてお菓子を食べられるほど、ハイロは豪胆な性格をしていない。
ともあれ、今はお菓子の感想よりも大事なことがある。
そう、考えなくてはいけないことがあるんだ。
現実逃避をしている場合ではない。
ハイロの選択いかんによっては、一族郎党皆殺しもあり得るのだ。
(ああ……なぜ俺はあの時頷いてしまったんだ……)
ハイロは結局、幸助のお願いを断れず「はい」と頷いてしまった。その為、今日は幸助とロズウェルを泊めることになってしまったのだ。
ハイロが宿泊を了承した後、ムスタフは「それではハイロくん。アリア様にこの街を案内しなさい。どうやら、アリア様は君に一番心を開いているようだからね」と言った。
それにもハイロは思わず「はい」と頷いてしまったのだ。
(ああぁぁぁぁ!! ずるいよ!! 女神様と伯爵様に頼まれたら断れるわけないじゃないかぁ!!)
今にもそう叫びだしたい衝動を必死に堪えて、胸中だけに思いを留めるハイロ。
「どうしたハイロ? 頭なんか抱えて」
「へ!? いえ! なんでもありません大丈夫ですはい!!」
「……そーか?」
「はい!」
声に出さずとも、ハイロは頭を抱えてしまっていた。そんなことをしていれば、様子が変だということを気付かれてしまうのも道理である。
そして、返事をするときの慌てっぷりを見れば、誰だって何かあることに気付いてしまう。
しかし、幸助は本人が大丈夫と言っているので、深くは追及しないでいた。
きっと自分には言えない何かがあるのだろうと思ったからだ。自分に言えないのであれば、無理に聞き出すのは失礼だし、相手を不快にさせてしまう。せっかくハイロとはそこそこ仲良くなれたのだ。ハイロを不快にさせて、仲たがいしてしまうのは望むべくではなかった。
だから幸助は、話題を変えることにした。
「そういや、ハイロの家ってどの辺りなんだ?」
「うっ……えっと……もう少し、壁寄りの方ですね……」
最も、ハイロにとっては現実を突きつけられる話であるため、話題が変わっても差し引きゼロだ。いや、幸助の方から話を振ってきた分、自分で考えているよりもテンパってしまうため、むしろマイナスであろう。
ハイロは、きりきり痛むお腹をさすりながら答える。
「壁寄り? 外側ってことか」
「アリア様。基本的に、街は中央に近づくにつれて上流階級になっていき、外側に近づくにつれて貧民層が暮らすようになっているのです。とは言え、そう言う傾向にあるだけで、そうでない街もあります。例えば、区画を半分に分けて、きっぱりと貴族、平民と分けているところや、街を何分割化して細かく区別するところもあります。まあ、細かく区別するところは、よほど大きな街にでもならないとできませんが」
「へー。そうなんだな~」
ロズウェルの説明に、幸助は感心したように頷く。
そんな幸助の様子に、ロズウェルはきちんと話を聞いてくれたことを嬉しく思う。勉強を嫌がっている様子だったので、ロズウェルのこの説明は、聞くのすら嫌なのではと危惧していたのだが、思った以上にちゃんと聞いてくれたことが嬉しいのだ。
それだけ、自分の役目を果たせていると実感できるし、なにより幸助のために何かができることが嬉しいのだ。
ロズウェルは、その嬉しさを隠すことなく、ほんの少し口角を上げる。
しかし、本当にわずかな変化なので、二人はそのことに気付かない。
「ん? て言うことは……」
そこで、幸助が何かに気付いたのか、ハイロの顔を見る。
顔を見られ、ハイロは「うっ」と呻き声を上げる。
「お前んちって、その……」
幸助は、言いづらそうな顔でハイロに言う。
ハイロも、そこまで言われれば、幸助が気付いてしまったことに気付く。
「はい。うちって貧乏なんです」
だからハイロは、幸助に気を遣い自分から言い出す。
そんなハイロに、幸助は慌てて頭を下げた。
「ご、ごめん! その、知らなかったとはいえ、泊めてくれなんて無理言って!」
「い、いえ! そんな! 頭を上げてください! 俺は大丈夫ですから!」
「で、でも」
「アリア様。ここはお顔をお上げになられてください。フードを被っているとはいえ、アリア様が街におられることは、噂程度でも知れ渡っています。気付かれてしまう恐れもあります。ですので、お顔をお上げになられてください」
「……うん」
ロズウェルに諭され、幸助は弱々しく頭を上げる。
確かに、女神である幸助は髪の色も相まって目立ってしまうので、例によってフードを被っているが、それでも小さな女の子に謝られているという光景は思った以上に周囲から浮いてしまう。
そのことを、幸助も分かっているので頭を上げたのだ。
「でも、本当にごめんな? 俺、無神経で」
「き、気にしないでください! アリア様に悪気が無かったのは分かってます!」
「そう言ってくれると、助かるよ……」
ハイロの言葉に、幸助は弱々しく微笑みながら答える。
しかし、また少しだけ微妙な空気になってしまった。
幸助は、前とは違い積極的に誰かに関わろうとしている。
それは、この世界で孤立しないという目的もあるが、以前のままではいけないとも思ったからだ。
確かに、幸助は向こうで美結さえいれば良かった。美結の幸せそうな姿を見ているのが、何よりの幸せであった。
しかし、それに反して、紫苑や芹沢を見ていると憧憬にも似た感情を抱いていたのも事実だ。
友達に囲まれ、友達が隣にいて、血の繋がりも何もないのに、ただ出会って気が合ったから仲良くなる。そんな、他の人には当たり前で、けれど幸助にとっては当たり前ではなかったもの。
友情と言うべきものを、心のどこかで羨ましく思っていたのだ。
けれど、幸助にはそれができなかった。幸助にはそれができない理由があったのだから。
両親に裏切りと同様の行為をされ、そのせいで深く心に傷がついた。一番近しい親にそんなことをされてしまえば、他人なんて信用できるわけがなかった。
美結も祖父母も、心を開くのには随分と時間がかかってしまった。そんな彼が、一年やそこらで他人に心を開くことなどできるわけがなかった。
だって、怖いのだから。
また裏切られたらどうしよう。血の繋がりも無いのだから、その繋がりは希薄で容易に壊れてしまうもので、不確かすぎるものだ。
だから、信じられない。
今までは、そうだった。
けれど、今はそうではない。
まったく前と違って、すっかりそれが変わったわけでは無い
けれど、少しずつ前に進もうとはしている。進もうと、人と関わり合おうと頑張っている。
だから、ハイロのことを友達だと言ったり、家に泊めてくれと言ったり前の自分では考えられないようなことを言っている。
しかし、頑張っているからこそ、失敗したときの反動が大きいのだ。
人との関わり合いで失敗して、その一つの失敗だけで心が大きく揺さぶられる。他の人なら、直ぐに空気を変えられるほどの失敗でも、幸助にとっては酷く大きな失敗に感じてしまう。
そして、その空気を自分から取り成すことができない。
けれど、それを表に出さないように笑顔で取り繕うとするのだが、その笑顔が弱々しいため隠せていない。
そんな、無理をしていると感じさせる幸助の表情に気付かないほど、ロズウェルとハイロは疎くは無かった。
「アリアさ――」
「お兄ちゃ~~~~ん!!」
そんな幸助を慮って、ロズウェルが口を開こうとしたその時、少女の声がそれを遮る。
「ニケ!」
ハイロがとてとてと走り寄る少女をそう呼び、勢いよく突っ込んでくる少女を抱き留める。
「お兄ちゃん!」
「ニケ、どうした? 遊んでたんじゃないのか?」
「お兄ちゃんが見えたから来た!」
「そっか」
笑顔で言う少女――ニケに、ハイロも笑顔で応える。
「あ、そう言えば、ユニはどうしたの? 一緒じゃないの?」
「お姉ちゃんはね――」
「こらぁーーーー!! ニぃケぇーーーー!!」
今度は、ニケの言葉を遮って、少女の怒号が聞こえてくる。
「あ、お姉ちゃん!」
「あ、お姉ちゃん! じゃないの! 勝手に走って行かないの! 危ないでしょ?!」
「やっぱり、ユニも一緒だったんだ」
「兄さん。ごめんなさい。仕事の邪魔しちゃって」
怒り顔だったユニと呼ばれた少女は、ハイロを見ると申し訳なさそうな顔をする。
「ううん。大丈夫。今帰るところだったから」
ハイロがそう言うと、ユニはほっと安心したような顔をした。
「それなら良かった。えっと……それで、そちらのお二人は?」
ユニがそう言うと、ハイロとニケも幸助とロズウェルを見る。
ハイロが、どう説明したものかと悩んだような顔をしている横で、ニケは興味津々な顔をしており、ユニはただ疑問に思っている顔をしている。
「えっと、この方たちは……」
「いいよハイロ。お世話になるんだ。こっちから自己紹介する」
「お、お手柔らかに……」
恐らく、幸助が女神であるから二人を驚かせないようにという意味だろう。
そこら辺は、流石に幸助もよくわかっている。
自身が女神だと明かしたときの反応を鑑みれば、突然明かすことに問題があることは分かっている。
だから、まずは名前から名乗ればいいのだ。
姿の前に名前を名乗れば自分の姿を見て驚くことは無いだろう。
そうと決まれば、幸助はおほんとわざとらしく咳ばらいをする。
「えっと、初めまして。俺は、アリア・シークレットだ。よろしく」
そう言って、ぺこりとお辞儀を一つする。
名前もちゃんと言えた。言葉をつっかえたりもしなかった。まあ、少し不愛想になってしまったのはご愛敬だろう。
自身の中では、よくできた方の挨拶。前のように、「おう」とか「ああ」とかよりはましだ。ちゃんと「よろしく」も言えた。そう考えれば上出来だ。
しかして、返ってきたのは返事ではなくしーんとした痛いまでの静寂である。
なにか変であったろうかとロズウェルを仰ぎ見る。
幸助の視線に、ロズウェルはこくりと一つ頷く。
「私は、アリア様の従者を務めさせていただいております。ロズウェル・アドリエと申します。以後、お見知りおきを」
「違う! 俺が求めてるのはそれじゃない!」
挨拶をして綺麗に一礼するロズウェルに、幸助は吠える。
「ちょっと来い! ハイロ! ちょっと失礼する!」
「え、あ、はい。どうぞ」
ハイロに一言断りを入れると、幸助はロズウェルの袖を引っ張って三人から少し離れる。
「ちょっとしゃがめ」
「はい」
幸助がそう言うと。ロズウェルはその場に立膝を付いて幸助の頭の高さに自身の顔の高さを合わせる。
「なあ、どう思う?」
「どう、とは?」
「だから! 俺、ちゃんと自己紹介できたと思う?」
不安そうに訊く幸助に、ロズウェルは当然だとばかりに頷く。
「はい。とてもご立派な自己紹介でした」
「うっ……まあ、ご立派とかはともかく、ちゃんとできてたようで良かったよ……」
自己紹介だけで褒められるのが恥ずかしく、羞恥で頬を赤らめる幸助。
しかし、ロズウェルの身内贔屓を差し引いても、自分の自己紹介はきちんとできていたようだ。
ならば、なぜ二人からは沈黙しか返ってこなかったのだろうかと、疑問が深まる。
「なあ。なんで二人とも何も言わなかったのかな?」
幸助の質問に、ロズウェルは少しばかり思案する。
「恐らくは、単純に驚いたのでしょう。この国では女神“アリア”の名を騙るのは罪に問われます。女神は言わばこの国の守護神のようなもの。庇護を受けておいて、その名を騙るなどそうあることではありません。ですので、アリア様が本物であると悟ったのでしょう」
「そ、そうか……」
自分がそんな大層な者である自覚の無い幸助からしたら、ロズウェルの言葉は少しばかり大げさに聞こえるが、実際にその言葉に嘘は無いのだろう。
「とまあ、たいそうそれらしいことを並べてみましたが、実際は素直に信じてしまったのでしょう」
「え?」
「子供は、純粋なものですからね」
「そ、そうか。うん、確かに」
確かに言われてみれば子供がそんなに難しくことを考えるわけがない。
幸助のような境遇であればあり得ることではあるが、普通に育って普通に暮らしていけば、相手の言うことをそう勘ぐるような子供になることもあるまい。
とどのつまりは、幸助の方が変に勘ぐり過ぎただけなのだろう。
それが分かり、幸助は自分に呆れかえってしまう。
(子供相手に難しく考えてどうするよ……)
そんなことだから人間関係がうまくいかないのだと、溜息を吐く。
「うん。ごめん。それじゃあ、戻ろうか」
「いえ、アリア様のお役に立てたのでしたら幸いです」
そう言って一礼をするロズウェル。しかし、ロズウェルにも引っかかることはある。
(アリア様のアイコンタクトを完全に理解できなかった。私も、精進せねば……)
幸助のアイコンタクトの内容を正確に測れなかったことがロズウェルの心に引っかかった。
しかし、そのことをただ悔いるだけではない。
次に同じ失敗をしないように、前に進もうと考えている。
ウィルに言われた通り、ロズウェルが幸助と一番長く同じ時を過ごすのだ。このくらいでいちいちへこたれていては、幸助の従者は務まらない。
ただでさえ今の幸助は落ち込みやすいのだ。主従揃って落ち込んでいては、隙も多くなる。
幸助を守るのがロズウェルの仕事。隙など見せてはいけないのだ。
ここへ来て、ようやく従者としての自覚が芽生え始めてきたロズウェル。
まあ、従者になってまだ一日。これから学べばいいことも、早急に学ばなければいけないことも多々ある。
従者になる以前に学ばなければならないことは全て学んだ。あとは、“アリア”と一緒に学んでいくだけだ。
ロズウェルは幸助の後ろに付いて行く。
(しかし、アリア様にも少しばかり自覚していただかねばいけませんね……)
幸助は、もちろんロズウェルの主人だ。しかし、主人であるその振る舞いがなっていない。
礼儀作法もそうだが、ムスタフの誘いを蹴ってハイロの家に泊まると言ったこともそうだ。
あれは、相手が相手ならハイロが敵視されかねないし、そうでなくても相手に対して失礼だ。
ムスタフ伯爵であるから良かった者の、他の者であったらどうなっていたか。
貴族としてのプライドが高かったら、二人がこの街を去った後、ハイロにどんな嫌がらせをしていたか分かったものではない。
(これも、早急にどうにかしなければ、ですね……)
ロズウェルは、そんなことを考えながらも幸助の様子を窺う。
幸助は、未だ暗い顔だ。無理をして笑顔を作ってはいるが、無理をしているのはバレバレだ。
(ですが、アリア様も頑張っておられるご様子。無理に事を急ぐのもアリア様のことを考えれば避けた方が良いですね……)
急ぎ過ぎても、自分は平気だが幸助が耐えられないだろう。今も、幸助は無理をしているのだ。
(ゆっくり学んでいきましょう)
ただ、幸助が今のままを良しとせず前に進みたいと思うのであれば、ロズウェルも喜んで付いて行こう。
それが、従者としての在り方なのだから。
さしあたっての今のロズウェルの役目は、今の状況をどうにかしようということであった。




