表現は無意識に
ーーー教室
「何描いてるの?」
それは突然の声かけで
僕は自分に向けられた言葉だと
毛頭思わなかった
ジリっとした視線を感じて
やっとその声の主と目が合った
「……」
「漫画、好きなの?」
僕が発する間も無く次の質問
「うん。たまに描きたくなるんだ」
そこで初めての会話
「そうか。また描くとき見てもいい?」
ああと返事をする前にそいつは
じゃあまたねと行ってしまった
それが僕らの出会い
高校三年生の春の出来事ーー
*****
仲良くなるのに
時間はかからなかった
最初は休み時間だけの関係が
放課後、朝、休日と増えていった
他愛ない話
今日の弁当、昨日のテスト、明日のテレビ
親友とまでは言えなくとも
友達以上には成れていたと思う
初めての友達だから
区別が分からないけれど
*****
そんなある日
いつものように漫画を描いていた
「なあ、この友人ってお前に似てるよな」
普段はすごいな、良かったよの
一言しか言わないくせに
その時だけは中身に触れた
「そうかな。でもこの子は女の子だし、
僕はこんなに明るくないでしょ」
「そうかもだけど。
いや、絶対似てる。何と無く分かる」
「ああ、そう。じゃあ勝手に解釈したら」
妙に自信たっぷりなので
それ以上追求しなかった
主人公と友人は同じ人を好きになって、
でも友人はその人以上に主人公が好きだから、
自分は身を引いて主人公の告白に背中を押す
けれど本当は
その現場を陰で見ながら
一人むせび泣く女の子
ありふれた設定のよくある話
そんな子の
どこが僕に似ているというのか
そもそも恋愛の話なんて
僕は一つもしたこと無い
「おう! そうする」
その話はそれでおしまいになった
それっきりそいつが
漫画の話に触れることは無かった
*****
受験が近付いてきた
その頃には
そいつとも疎遠になっていた
僕は漫画の専門学校ではなく
無難に地元大学で理学部を受験した
合格発表前の卒業式の朝
久しぶりにそいつと目が合った
「よう! 久しぶり」
向こうは相変わらずのテンションで
「もう顔見ないかと思ってた」
僕もすぐに距離が戻った
そいつはスポーツ推薦で
都会の私立大学に行くらしい
風の噂で知っていたけれど
もう会うことないと分かって
ホッとした自分がいた
「そうそう、
俺の彼女も同じ大学受けたんだ」
「相変わらず仲が宜しい事で」
そいつの彼女は確か
去年の体育祭で告白して手に入れた
いとしのマドンナちゃん
リレーで一番になったらって言って
実現したのは学校中の知るところ
僕もその現場を目撃した
野次馬の一人
「まあな。でも、落ちた」
「だから、別れようって言われた」
「遠恋は面倒いからってさ。
本命は地元だったし、
そっちは大丈夫っぽい」
余りにもさらっとした
言い回しだった
「へえーそうなんだ」
気の利いた台詞なんて
思いつかなかった
それに何故それを今言うのか
その事ばかりが頭をよぎった
「女の子はよく分からないね」
こんな言葉しか返せなかった
「……だな」
ただそいつの横顔が
やけに艶めかしく憂いていて
絵に切り取ってみたいと思った
「ま、と言うわけで、
今日は俺に付き合えよ」
それも一瞬で
にかっとした笑顔に
切り替わってしまったけれど
その日は卒業祝いだなんだって
あちこち振り回されたのは
変に心地よかった
見方によって色んな解釈にとれるかもしれません。ただ、表現するってことには無意識な何かが働いているってことを描きたかっただけなんです。
お目通しありがとうございました。