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初デート

 合宿の後、解散したその足で帰省したユキちゃんは、一週間ほど実家にいたらしい。

 いつの間にかツクツクボウシが鳴きだしたな、と思った頃に初めて電話がかかってきた。


「悦子。のじま君、って男の子から電話」

 自室のドアをノックした母が、ニヤニヤ笑う。

「彼氏、かなぁ?」

 はい、彼氏です。

 なんて、言える訳無いじゃない。

 赤くなってる自覚のある顔を伏せながら、階段を駆け下りる。


〔もしもし〕

 そっと声を出した私の背中を、母が軽く叩きながら、台所へと入って行く。

〔あ、えっちゃん。元気?〕

〔はい〕

 合宿以来になる、ユキちゃんの声に思わず頬が緩む。

〔昨日、こっちに戻ってきたから、デートせぇへん?〕

〔あ……はい〕

〔えっちゃん、いつがヒマ?〕

 スケジュール帳をとってきて、バイトの合間の休みの日を確認しながら初めてのデートの約束。



 初めてのデートは、水族館に行った。

「えっちゃん、最近水族館、来たことある?」

「弟が、小学生の頃に家族で来たのが最後だから……五年ぶり、くらい?」

「弟が居るんや」

「はい。高二と、中一」

「お姉ちゃん、やねんな」

「ユキちゃんは?」

 確か、お姉さんが居るって言ってたっけ

「姉貴が二人と、兄貴が一人」

 四人、って。すごい。

「上から、二十九、二十六、二十……一か? 男、女、女、男」

「じゃぁ、お兄さんと一回り近く違うの?」

「一回り違ったら、ほとんど保護者やで。宿題見てもろたり、幼稚園に迎えに来てたこともあったわ」

 私も下の弟とは六歳差で、離れてると思っていたけれど。

 世の中、上には上がいる。


 イルカのショーを見て、タッチプールでヒトデに触って。

「えっちゃん、ナマコ。ほら」

「えぇー」

 ヒトデを底に戻して、背中の後ろに手を隠す。

 ユキちゃんは、ニヤニヤと笑いながら

「せっかく居るのに。差別したらかわいそうやん」

 いやー。それはちょっと……触りたくないかも

「ほな、ウニ」

「痛くない?」

「全然」

 そっと乗せられたトゲトゲのウニは、刺すことも無く、手のひらにチョコンと乗っている。

「本当だ」

「な?」

 顔を見合わせて、笑いあう。


 手を洗って、のどが渇いたと自販機を探して。

 コインを投入したユキちゃんが

「えっちゃん。どれにする?」

 当たり前の顔で、尋ねてくる。

 自分の分くらい、自分で買うのに。

「ほら、はよ決めて」

 ユキちゃんが手の中でチャラチャラいわせる小銭の音に、急かされる。

 えい、と勢いをつけるようにボタンを押して出てきたカフェオレ。

「嫌やったら、言うたらええねんでって」

 やられた。

 だけど、コーラを取り出すためにかがんだ、涼しげな彼の横顔に

「ありがとう」

 と、言ったら。

 耳まで赤くなって、ゴニョゴニョと口の中で何かを言いながら、コーラを開けるユキちゃん。

 なんだろ。

 そんなユキちゃんを見てると、胸の奥がホワホワとしてきた。


 今日のカフェオレのプルタブも固くって。カッツンカッツンと空振る。

「えっちゃん?」

「はい」

「また、開けられへんの?」

「……」

「もしかして、缶ジュース、苦手?」

 苦手、というか。

「ほら、貸してみ?」

 コーラを押し付けられて、カフェオレを取り上げられる。

「今日も、一口貰ってもええ?」

 ええっと。

 私が返事をする前に、口をつけたユキちゃんに言ってみる。

「また、間接キス、とか言うの?」

 ブーっと、漫画みたいに吹き出しかけた。

「えっぢゃ……。それ、反則ちゃう?」

 『えっちゃん』と、まともに言えないほど動揺しているユキちゃんが……妙にかわいく思える。

「ホンマに。もう。イエローカードやわ」

 そう言いながら、零れたカフェオレに濡れた手をハンカチを忘れた小学生みたいに振っている。

「これ、使って?」

「いや、汚れるし。後で手を洗ってくるから、ええわ」

 差し出したハンカチを受け取らずに、私の顔を見たユキちゃんは、小首を傾げながらとんでもないことを言う。

「なぁ。えっちゃん。間接やないの、する?」

「……ユキちゃんも、反則」

 お互いイエローカード一枚ずつ、と言いながら返してもらったカフェオレは、なんだか、ちょっと甘かった。



「えっちゃん、爪、見せて?」

 お昼ごはんに入った、ファストフードのお店で、突然言われた。

 言われるままに差し出した左手を、小学校であった衛生検査みたいにしげしげと眺められた。

 手を取られたまま、オレンジジュースを飲んで。

「あー。これは、アカンわ」

「はい?」

「赤ちゃんの爪やん。缶なんか開けられへんはずやわ」

 離された手を自分でも見てみる。

 赤ちゃんよりは、しっかりしてると思うけど。

 下の弟が生まれたときのことを思い出す。

「今まで、どないしとったん?」

「家だったら、スプーンを使ったり。外だったら、キーホルダーを使ったり」

 フムフムと頷きながら、ユキちゃんはポテトを口に運ぶ。

「じゃぁさ。これからは、俺に開けさせて?」

 ええっと。

「い、や」

 よし、言えた。嫌って、言えた。

「アカン。こんなすぐに割れそうな爪を見てしもたら、えっちゃんに開けさすのは、俺が嫌や」

「がんばって言ったのに」

「うん。がんばったやんな。けど、これは俺のわがまま、聞いて?」

 泣き黒子にお願い、されてしまった。

「一口、のお礼は無しでええから」

 流されて、頷いてしまったけど。

 ユキちゃんに気づかれる前に、開けてしまえれば、いいよね。




 夏休み、前期試験と終わって。後期の講義が始まった。

 ユキちゃんとは、講義の選択を合わせる様なこともしたし、日曜日にデートに出かけたりなんてこともするようになったので、前期よりもはるかに一緒にいる時間が増えた。

 ユキちゃんと付き合っていることは、ヨッコちゃんたちには、あっさりとばれた。

「だって。亜紀ちゃんが合宿のときに二人がダイニングから抜けたの見てたんだもの」

 と言いながら、ヨッコちゃんはスパゲティーをフォークに巻き取る。

「新歓から、野島ってあからさまに”えっちゃん狙い”だったし」

「なのに、誰かさんは気づかずに合コン押し付けられてるし」

 木下君たちには、責められる。

「まぁまぁ。過ぎたことは、言わんといて。結果OKやし」

 ユキちゃんは、軽く笑いながら天丼を口に運ぶ。



 そうこうするうちに学園祭の季節がやってきた。

 経済大より一足早く行われる総合大の学園祭に、ユキちゃんと二人で出かけた。


 待ち合わせの総合大の門では、相変わらず一足先にユキちゃんが来ていて。

 どこ行こう、何を見よう、と言いながら案内図をもらってそぞろ歩く。

「あー、えっちゃんと野島君」

 綿菓子屋さんの前で声をかけてきたのは、同じサークルの二年生。

「大山くんがステージ出るらしいから、良かったら見に行ってあげて」

「何時に行ったら、ええのかな?」

「ええっとねぇ」

 ガサガサと法被のポケットから、紙を取り出した彼女は口の中でブツブツと言いながら、指でたどる。

「十一時から、かな。あー、でも結構な数のグループが出るから、何番目か分からないけど」

 ごめんね、と言いながら、紙を折りたたむ。

「えっちゃん、行ってみる?」

「あ、はい」

「じゃぁ、適当に時間つぶしてから、行きます」

 楽しんでね、と手を振る彼女に軽く会釈をしてその場を離れた。


 大山さんが出る催し物は、どうやらライブらしい。

 椅子席のない立ち見の野外ステージを二人で肩を寄せ合うように見せてもらう。

 『大山さん、なかなか出ないね』とか言いながら眺めたステージでは、次のバンドが準備をしていた。

「えらい気合入っとるっていうか……キテル連中やなぁ」

 呆れたようなユキちゃんの声に、つい頷いてしまった。

 私たちのすぐ横から聞こえてきた、『インコと、ライオンと、キリンと……』なんて会話に、妙に納得してしまうような、金髪の四人組。一番小柄な子なんて、更に緑のグラデーションがかかっている。

「外見だけ、やったら格好悪いパターンやな」

 お手並み、拝見、と呟いたユキちゃんに応えるように、イントロが始まった。


「ユキちゃん、この曲、聴いたことある?」

 今までに聴いたことのない曲に、隣の腕をクイクイと引っ張る。

「しーっ。ちょっと黙っとって」

 耳元でそう言ったあと、ユキちゃんは今までに見たことのない表情で、食い入いるようにステージを見つめている。

 ポポン、ポンポポ、ポポッポ、ポポポポ

 太腿を叩くように、ユキちゃんの右手が動く。その合間を埋めるように、私が掴んでいる左腕も軽く動いている。

 どうしちゃったんだろ?


 〈 みんな聴いてくれてありがとう。来週、ライブやります。良かったら、見に来てください。オリオンケージでした 〉

 ボーカルがそう言って、頭を下げる。

「オリオン、ケージ。か」

 魂を抜かれた人のような顔で、ユキちゃんが呟いた。



 その日あった、”打ち上げ”という名の飲み会で、ユキちゃんは総合大の子と長いこと話し込んでいた。


 経済大の学園祭も終わって、大学全体がちょっと気が抜けたようになっていた頃。

 講義が終わると、あっという間にユキちゃんがいなくなる日が続いた。講義に来ていないことも。

 どうしたの? 何をしているの? と尋ねるヒマもなく。電話をかけても留守だったり。

 『卒業までに、振れるようになり』なんて、言ったくせに。もう終わり、なのかな? 


 ヤキモキしている私に気づかなかったように、ユキちゃんが講義の前の大教室でスルリと私の横の空いている席に座った。

「あー。なんか、久しぶりに えっちゃんと会うた気がする」

 カバンから教科書も出さずに、頬杖をついて私の顔を眺める。

「どうしてたの?」

「うん。バンド、はじめよう思って。準備してた」

 は? バンド?

「ユキちゃん、楽器できたんだ」

「実家居る頃、ドラム習っとった」

 そう言いながら、両手の人差し指を立てて机を軽く叩いてみせる。

 トコトコトントン、トトトコ、トコトコ

「あー」

「なに? どないしたん?」

「ユキちゃん、時々そうやって、あっちこっち叩くクセがあるから……」

「あ、ばれた?」

 なんでも、子供の頃からじっとしてられない子だったらしく、特に棒状の物を持たせたら何でも叩いてしまうから、とドラムを習わせられたらしい。

「こっち来て、叩いてなかったから。そうか。俺、あっちこっち叩いとったんや」

 フムフムと頷きながら、相変わらず机を叩き続ける。

「メンバー集めて、って始めるの?」

「いや。この前の総合大の連中と一緒に?」

「この前って?」

「ほら、織音籠(オリオンケージ)って、派手な連中。あれ、上手いわ」

 えぇ? あのグリーンの髪の子とかと一緒に、なんて。

「ユキちゃんも、金髪にするの?」

「どないやろ、似あうかな?」

 うーん。想像がつかない。

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