合コン
『友達もできるし』
サークルの勧誘のときに言われたように、ヨッコちゃんと坪内さんー通称、亜紀ちゃんーの二人と、おなじ講義を取っている時は一緒に座るようになって。
野島君たちとも、顔を会わせたら挨拶をしたり、一緒に学食でご飯を食べたりするようになった。
サークルに入ってなかったら……私は、一人ぼっちの学生生活だったかもしれない。
ゴールデンウィークに一度、テニスをやって。飲み会もパラパラとあって。その費用のために、バイトも始めて。
なんとなく、大学生らしい生活が始まった。
「ねぇ、野島君たちと仲いいよね?」
講義を終えて、教室から出たところで声をかけられた。
このコマは、ヨッコちゃんたちは取っていないから、私一人。
「はい」
「合コン、セッティング、してくれないかな?」
そう言葉を続けた目の前の人は、高いヒールのせいか、上から見下ろすように私の顔を見る。
「合コン、ですか?」
「そう言ってるじゃない」
いつの間にか、廊下の壁を背に取り囲まれてる。相手は……三人。
「灰島さんも入れて、四対四?」
「四対四……」
「野島君と、木下君と。あと二人、男子を呼んでくれたらいいから」
「はぁ」
呼んでくれたらいいからって……。
「えっちゃん?」
彼女たちの壁の向こうから、声がかかる。
あ、木下君、だ。
「何、これ。穏やかじゃない雰囲気だけど?」
彼女たちが振り向いた隙間から、広尾君の顔も見えた。
「ええと。灰島さんに、お願いがあってぇ」
真ん中の彼女の声が、語尾にハートマークが付きそうな声色に変化する。
「お願い、ねぇ?」
「木下君たち、紹介してくれないかなって」
「紹介も何も。今、俺の名前言ったじゃん」
知ってるってことだよな、と言ったのが木下君。
「そんなのじゃなくってぇ。もっと仲良くなりたいから。合コン、して欲しいなぁって」
「それで、えっちゃんに?」
広尾君が、ため息をつくように私を見る。
コクン、と頷いた私に
「分かった。いつ? 何人?」
「野島君も入れて。全部で四人?」
「ふーん、野島指名で四人、ねぇ」
ちらり、と、広尾君が私を見る。
十分、そこで話しがついてるじゃないですか。
もう、私のことは忘れて。”三対三”でしてくださいよ。
「えっちゃん、学食で坂口さんが待ってるから、行こうか」
「はい」
木下君がそう言って、おいでおいでをする彼に引っ張り出されるように、彼女たちの壁から抜け出す。
「夏休み、西隣の県まで泊りがけで合宿ってさ」
「合宿、ですか」
「希望の日取りとか、確認したいからって」
そんな話をしながら、学食へと足を運ぶ。
学食に入ったところで、
「さっきの合コン。俺たちで仕切っておくから。えっちゃんは女子グループの連絡係よろしく」
「……はい」
私は、数に入れなくていいから、直接やり取りをしてほしいなぁ。
そうやって決まった合コンは、広尾君たちが店の手配とか、準備をてきぱきと進めてくれた。前の週になって木下くんの都合がつかなくなったとかで、同じサークルの総合大の男子が二人と広尾君、野島君というメンバーで、六月の最終土曜日に行われることになった
当日の一時限目が終わったところで、あの日、正面にいた子に廊下で声をかけられた。
「灰島さん、広尾君から連絡があって。待ち合わせ、五時じゃなくって、六時にって」
「あ、はい」
どうしたんだろ。急に。
「お店の都合みたいね」
じゃぁ、伝えたわよー、と言いながら立ち去って行く。
お店の都合、か。こんな急に変更になることもあるんだ。
一度帰るのも時間の無駄な気がして。お昼ごはんを学食で食べた後、三駅、西へ移動した”西のターミナル”と呼ばれる駅の周辺で、ぶらぶらと時間をつぶす。こうやってお店に入って時間をつぶすことも、大学生になって覚えた。
そうして、通称”学園町”と呼ばれている大学の最寄り駅に戻ったのが、五時三十分。
少し早過ぎた、なんて思いながら待ち合わせのオブジェに向かうと、人待ち顔の野島君がいた。
「野島君?」
「あ、えっちゃん。よかった。来た」
ほっと息を吐いて、野島君が微笑む。
「どないしたん? いつも、早めに着とるのに。遅刻なんて珍しいやん」
「え?」
遅刻?
「五時、過ぎとるで?」
「六時に変更って……」
「誰から?」
今日聞いた変更を話すと、
「えっちゃん。連絡係がえっちゃんやねんから、時間の変更なんかあったら、俺らから直接連絡するやん」
やられた。
だまされた、という思いがせり上がってきて、咽喉が詰まる。
俯いた視界が、ぼやーっと歪んで。
ポタッと、しずくが目から落ちた。
「くぅーっ」
嗚咽が漏れる。かみ締めようとするのに、唇を割るように声が漏れる。
「えっちゃん? 泣かんとって」
野島君の声が遠くで聞こえる気がする。
両手の握りこぶしで、目を押さえる。
待ち合わせなんて、大っ嫌い。
約束なんて、信用できない。
いやだ、いやだ、いやだ。
脳裏に、教室の像が浮かぶ。
コソコソと陰謀を巡らす同級生たち。真っ赤な顔の足立君。声を殺して笑う小林君。
「えっちゃん。落ち着いたら、どっか店に行こう、な?」
返事もしない私を気にする風もなく、この辺でやったら……とブツブツ言っている小島君。
「野島君」
「どないしたん?」
「合コン……」
「行かんでもええやん。男、えっちゃんの知っとる奴だけやで?」
「野島君、が行かなきゃ」
「俺、小心者やから。転校生みたいに途中で入るの、苦手やねん。盛り上がっとるところに、入りたないわ」
そう言って、私の頭をグリグリと撫でる。
「えっちゃん、晩飯。ラーメンと牛丼どっちがええ?」
「野島君の好きなほうで」
「ほな、牛丼、な」
ほら、行くで、と言いながら歩き出す野島君に、引きずられる様に足を動かして。
最初の信号を渡りながら、いつの間にか手をつながれていたことに気づいた。
駅前の商店街をぬけて連れて行かれたのは、野島君がよく来るらしい牛丼屋。
注文を済ませてお絞りで手を拭いていると、不意打ちのように尋ねられた。
「えっちゃん。待ち合わせ、嫌いなん?」
「何で……」
「さっき、泣きながら言うとった」
あぁぁ。
「理由、聞かして? な?」
まっすぐに見つめられて、つい。中学校での出来事を話してしまった。
「それ、自業自得やん」
野島君がそう言ったところで、横から声がかかる。
背の高い金髪の店員さんが両手にトレーを持って立っている。
同じ年くらいの彼から料理を受け取って、『いただきます』とお箸を割った野島君が食べ始める。
私もお箸を手に取ったけれど、今さっき言われた言葉が、頭の中でグルグルと渦を巻く。
”自業自得”と、彼は言った。
騙された私が悪い、という意味だろうか。
ああ、そうか。大学に入って、サークルに所属して。自分の居場所がある気になっていたけど。
違うんだ。私は野島君の仲間じゃないんだ。
味のしない牛丼を口に運ぶ。
辞めようかなぁ。サークル。
あー。でも。『辞めます』と、ちゃんと言えるかなぁ
「あのさ。えっちゃん」
「はい」
半分ほど食べたところで、野島君が口を開いた。
「えっちゃん、さっきから自分が被害者みたいな顔しとるけど。そのラブレターもらった子の事、考えたことあるん?」
「えぇっと……はい」
「ホンマに?」
自分があんな目に会ったらどうしよう。
その思いはあの日から、ずっと私の心に巣食っている。
「その子からみたら、黙っとった えっちゃんかて、加害者やで?」
「……」
「立場、変えてみ? 今日、俺が残ってなかったら、俺らも一緒になって騙したみたいに見えるやんな?」
そう言いながら、湯のみのお茶を飲む野島君。
あれ? そうなる、か。
「騙す方をやったことがあるから、待ち合わせのたびに『騙されるかも』って恐怖感を持つのと違う? 普通、すっぽかされたのを『騙した』なんて思わへんて」
お箸を置いて、私もお茶を飲んだ。
「俺ら、今日えっちゃんにすっぽかされたわけやん? そやけど、『騙された』はないわ」
「は、い」
そうか。野島君たちの方から見たら、私、約束をしたのに来なかったわけだ。
ああ、やっぱり。待ち合わせとか、約束とか。したくない。
食事を再開した野島君をなんとなく、眺める。
野島君、約束を守らなかった私を待っててくれて、合コンをパスしちゃったんだ。
「どないしたん?」
「ごめんなさい」
「はぁ?」
「約束、すっぽかしたせいで、野島君……」
「俺?」
「合コン……」
「ああ、もともとあんまり気乗りしとらんかったから、かまへんよ」
ニッと笑った目元の泣き黒子が、『大丈夫』と言っている気がする。
「それよりさ、えっちゃん。待ち合わせ嫌いやのに、なんでサークル入ったん? テニスかて、初心者やんな?」
ゴールデンウィークのテニスは、ほとんどラケットにボールが当たらないまま終わった。
高校ではサッカーしていたらしい野島君は、最初こそ空振ってたけれど。終わりにはラリーが出来るようになっていたのに。
「うちのサークル、待ち合わせばっかりやん」
「誘われて、断れなくって……」
「今回の合コンみたいに?」
「はい」
あと二口ほどを残した野島君が、箸を置いて頬杖をつく。
ああ。私、まだ半分も残っている。
急いで食事を再開した私を、野島君は右手の人差指でテーブルを叩きながら見ている。
トトトン、トントン、トトント、トントン
「えっちゃん、待ち合わせだけやなしに、断るのも苦手やんな?」
「ええっと」
あーあ。そこまでバレちゃった。
「社会にでるまでに、それ直さなかったら。しんどいの自分やで」
「はぁ」
そうか、この前の講義で習った、”契約”。成人したら、自己責任だ。
大人に、ならなきゃ。