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祭り、のあと

 ステージの時刻が近づく。 

 トミさんたちの合コンの話題に心乱されながらも、なんとか平常の顔を装って、ヨッコちゃんたちと野外ステージに向かった。


 今日の織音籠(オリオンケージ)は、夏休みのライブハウスで見た時に比べて、少しおとなしい格好になっていた。

 それでも、リョウ君の髪は相変わらずインコだったけれど。


〈 はじめまして。織音籠です 〉

 ジン君のそんな挨拶から、彼らのステージが始まる。


 ユキちゃんのカウントで曲が始まる。これは、”決まり”のようなものなのかもしれない。

 ギターを弾きながら体を揺らしたマサ君のピアスに、太陽の光が反射する。ゆりちゃん、こんな姿を高校から見続けているんだな。

 二回目で、少し余裕が出たつもりの私は、そんなことを考えていたけれど。 

 きょうもまた、歌声に意識が奪われる。

 そして、彼らが登場する直前まで心に巣食っていた、ドロドロとした不安も融けて、どこかへ流れて行く。

 

 『アイツら、プロになるつもりなんやって。俺も、それに乗れたらええなって』いつだったか、ユキちゃんが言っていた。プロ、なっちゃうかも知れない。彼らは。

 ステージを終えた彼らに拍手を送りながら、ぼんやりと私はそんなことを考えていた。



 ステージのあとも反省会がある、とかで、そのままユキちゃんとは別行動だった。夕方にあった、”打ち上げ”の名目のサークルの飲み会も欠席で。

 周りは、私も欠席と思っていたみたいだけれど。


「亜紀ちゃん。私は、出席にしてもらってもいい?」

 二週間ほど前のこと。二年生の幹事を任されている亜紀ちゃんは、出席の返事をした私に心配そうな顔を向けてきた。

「えっちゃん、大丈夫?」

「はい。お酒は、パス、だけど」

 亜紀ちゃんは、次に隣にいたユキちゃんの顔色を伺う。

「野島君、いいの?」

「えっちゃんが、『行く』言うてるのを、邪魔するほど心狭くないつもりやねんけど」

 苦笑しながら、ユキちゃんがOKをだす。

「あー。でも、それやったら……。欠席って言うたけど、俺も行けたら行くから人数だけ入れといて」

「だったら、会費はきっちり、もらうけどいい?」

「OK。じゃぁ、そういうことで、よろしくー」 

 『あとは、木下君を探さなきゃ』と、言いながら去って行く亜紀ちゃんに手を振ったユキちゃんは、彼女が見えなくなると、私の顔を見つめてきた。

「で、えっちゃん。ホンマに大丈夫なん?」

「はい。お酒は、ちゃんと断るから」 

 納涼会で大丈夫だった。織音籠の皆も怖くなくなった。

 だから、もう一歩。成長のためにチャレンジを。



「えっちゃん、楽しんでる?」

 最初から一滴もお酒を口にせず、ウーロン茶を飲んでいる私に、坂口さんが声をかけてきた。

「はい。皆とこうやってお話しているだけで」

 お酒が無くっても、飲み会は楽しめる。無理強いする人さえ、いなければ。

「そう? 無理はしないようにね」

「はい」

 相変わらずキラキラした雰囲気の坂口さんは、それだけ話すと、一年生のテーブルに移動して行った。

 去年の忘年会でつぶれた上に、追い出しコンパで具合が悪くなって。納涼会でもひたすら『飲めません、体質で』と言い続けたおかげか、今日はお酒を注がれることも無く、会の雰囲気を味わって楽しく過ごすことができている。

 あとは、ここに、ユキちゃんがいれば……。

 ふっと、寂しさがよぎって。

 トミさんたちの合コンの話題が、心に蘇ってしまった。


 トミさん、今夜リョウ君に話すって言ってた。ユキちゃんたち、話を受けるのかなぁ。



「遅くなりましたー」

 陽気な声が聞こえたのと同時に、座敷の襖が開いた。

 ユキちゃん!!

「おー、野島。遅刻の分、イッキな。そうだな、十分につき、一杯」

「勘弁してください。さっきまで別件で飲んできたんやし」

「仕方ないな、じゃぁ、駆けつけ……」

「ああ、もう。ほな、一杯だけイッキいきます!」

 やけくそのような、酔いで高揚しているような。妙なノリでビールの注がれたグラスを手にしたユキちゃんは、沸き起こるコールの中、一息に飲み干した。


「えっちゃん、大丈夫?」

 一気飲みのせいか、いつもより赤い顔で私の左隣に準備してあった空席に座ったユキちゃんは、お絞りの袋を破りながら尋ねてくる。

「はい。ユキちゃんは?」

 大丈夫? リョウ君たちとも飲んできたんじゃないのかな?

「うーん。大丈夫やない、って言うたら、介抱してくれる?」

「はい?」

 クスクスと笑いながら手をふき終えたユキちゃんが、肩を抱いてきた。そのまま、首筋に頭をグリグリと押し付けられる。

「えっちゃん」

「はい」

「えっちゃん」

「はい?」

「俺から、離れんとってな」

 おかしい。ユキちゃんが。

「ユキちゃん?」

「俺には、えっちゃんだけやから」

「はい」

 ユキちゃんの左手が何かを探すように、私のひざの上をさまよう。その手に自分の右手を重ねると、手探りをするように動いた彼の手に指を絡めるように握りこまれた。

「野島?」

 斜め前の席から、広尾君が声をかける。

「うん?」

「大丈夫か?」

「うーん。結構、キテるかもしれへん」

 顔を上げないまま、くぐもった声で答えるユキちゃんが心配で。あいている左手で、彼の背中をゆるく叩いてみる。

 タム   タム   タム   タム

「ユキちゃん、しんどいなら帰る?」

 小さい声で聞くと、肩の上でうなり声がした。

「ユキちゃん?」

「しばらく、こないさせとって?」

「はい」

 タム   タム   タム   タム……。


 何があったのか、分からないけれど。

 その日、ユキちゃんはお開きの時間まで、結局何も食べず、飲まず、しゃべらず。

 ただひたすら、私の肩に顔を伏せたままだった。




 翌週は、ジン君の通う外大の学園祭があったけれど、一人で見に行く勇気が無かったので、私が次に彼らのステージを見たのは、さらにその次の週、総合大の学園祭でだった。

 去年、ユキちゃんと二人で見に来たときにも、総合大ならではの規模の大きさに驚いたけれど。この日は改めて、その野外ステージの観客の多さにため息が出た。

 そして、彼らの出番が司会から告げられたときに、沸き起こった歓声。


 これだけの人数が、彼らの音楽を聴きに来て、彼らの登場を待ち望んでいる。

 今日一日だけで、いったいどれほどの人数が、彼らの音楽に”意識を盗られる”のだろう。


 ステージに出てきたユキちゃんまでが、遠い。

 朝から準備だとかで別行動をしていて、やっと見ることができた彼の姿は、客席とステージとドラムセットに遮られて、とても遠く感じた。

 そして。この距離が、いつかもっと離れていってしまいそうな。

 そんな予感がした。



 この日もユキちゃんは皆と打ち上げをするらしい。十日ほど前に、ユキちゃんを通じて私にもお誘いがあったのだけれど、『トミさんも、来る』と聞いて、一気に腰が引けた。

「ゆりちゃん、は?」

「パスって。『和やかに飯なんか、食えるか!』やて」

 それは、かなり……ユキちゃんの意訳が入っている気がする。

 けれど。そう言いたくなる気持ちも分かる。この前の”合コン”の真相も分からないままだし。あぁ、これは ゆりちゃんは知らないことか。

「あの。ちょっと私も……」

「まだ無理、やんなぁ」

「はぁ」

 まだ、織音籠の面々とご飯を一緒したことは無い。その”初めて”の状況に、上乗せでトミさんも一緒なんて、もうどうしていいやら。

「それやったら、マサと『後日仕切りなおし』って言うとるから、そのときに皆と飯に行こ?」

「はい」

 そんなやり取りを経て、ユキちゃんは織音籠の、私はサークルのそれぞれ飲み会に出席をすることになった。


「えっちゃん、今日も野島は欠席か?」

 大山さんが、隣にやってきた。宴も半ばを過ぎて、そろそろ皆が羽目をはずし気味。

「はい。バンドのほうでも打ち上げがあるみたいです」

「あー。織音籠なぁ。あれ、すっげぇよな」

 自分で言った言葉に、ウンウンと頷いている大山さんのグラスに、ビールを注ぐ。    

「お、サンキュ。えっちゃんもビール注ぐの、うまくなったな」

「自分が飲まない分、他の方に飲んでいただかないと」

 飲みません、注ぎません、では周りに申し訳ない気がして、夏頃から機会を見つけては、ユキちゃんにビールを注ぐ練習をしてきた。自分の酒量を把握するために、ユキちゃんの部屋へ行ったときには、少し飲む練習もしている。これは、社会人になるまでに、結果が出ればいいかなと、焦らずに。

 ついでに彼の部屋で、”男女のアレコレ”があるのは……まぁ、余談。


 周囲に注いで回っている私に、『飲まないなら、食べて元をとれ』と口々に言う先輩たちの言葉をありがたく受け取って、遠慮の塊になっているモノを片付ける。

「灰島さん、食べてます?」

 それでも、一年生にまでそんなことを言われる私って……。

「はい、こっそりと食べてますよ」

「大丈夫。えっちゃんも一年で逞しくなったから」

 亜紀ちゃんが、最後に二個残っていた生春巻きを私と自分のお皿に入れながら笑う。

「逞しく……なってる?」

「うん。野島君の影から出てこれるくらいには」

「……」

「冗談だって」

 さらに、今度は砂ズリの佃煮みたいなのを入れてくる。

「亜紀ちゃん、ストップ」

「えぇ?」

「一度に、入れられても……」

「食べるでしょ?」

 食べるだろうけど。でもねぇ

「ほら、逞しくなったじゃない」

「そう?」

 なったなった、と軽く言いながら取り箸を置いた亜紀ちゃんは、やっと自分のお箸を手にしてくれた。


 ウーロン茶だけを飲んでいても、時間と供に催すものはあって、途中で席をはずした。

 用を足して通路を歩いていると横手の障子が開いて、出てきた人とぶつかりそうになった。

「あ、ごめんなさい」

「いや、こっちこそ。って、悦子さんじゃねぇか」

「サク君?」

「なんで?」

「あの、サークルの飲み会が……」

「丁度よかった」

 ちょっと待ってて、と改めて部屋へと戻ったサク君を待つ。この障子の向こうに、ユキちゃんがいるはず。

 障子越しに、人影が映る。シルエットで分かる。ユキちゃん。


 ユキちゃんと一緒に通路に出てきたサク君が、きちんと障子を立ててから言った。

「ユキ、ちょっと頭冷やせ」

 垂れ気味なユキちゃんの目にしては、珍しく怒っているのが分かる顔をしている。

 それでも、サク君の言葉には素直に頭を下げた。

「ゴメンな」

「いいって。アレは、さすがに俺もやりすぎだと思うし」

 やりすぎ?

「悦子さん、ちょっとだけ相手してやって。逆上(のぼ)せてるから」

「あ、はい」

 軽く握った右手を口元に当てて、しばらく考えていたサク君が、『あぁ、そうか』と、一人でなにやら納得する。

「ユキ、お前も帰るか? 会費、立て替えておくぞ?」

「いや、ちょっと考えさして」  

 それだけを応えたユキちゃんが私に両手を伸ばしてきた。

「えっちゃん……」

 両手を繋ぎ合わせたと同時に、一歩近づいてきたユキちゃんの頭が、私の肩に乗る。そんな彼の様子を見て、サク君がすっと流れ込むように障子の向こうへと姿を消した。


「ユキちゃん?」

「……」

 深呼吸をするように、大きく肩が動いている。

 吸って、吐いて、吸って、また吐いて。

「この前から、どうしたの?」

「……ごめんな、格好悪いとこ見せてもて」

「ううん。気にしないで」

 散々、私の格好悪いところも見られているのだから。お互い様、でしょう?


 それに、様子のおかしい彼のことが心配だけど。心配はしているけれど。

 いつも明るく周囲を盛り上げているユキちゃんが、他人には見せないだろう弱った姿。それを彼が私には見せてくれているのが、今の私の”身の程”、と。ユキちゃんが寄りかかってくれるくらいには、私も成長した、と。

 そんな風に、思い上がることを。

 許してね?



 ふう、とため息をついて顔を上げたユキちゃんに、伸び上がるようにして軽くキスをしてみた。

「えっちゃん?」

 目を見開いたユキちゃんの背後に、音も無く開いた障子から姿を現していたトミさんをかなり意識したキス。

 女の勘か、この前の”合コン”の話題を私が根に持っているからかは、よく分からないけど。

 ユキちゃんが逆上せている理由に、少なからずトミさんが絡んでいる気がする。

 だから

「おまじない」

「えぇ? なんやの?」

 睨むように見ているトミさんに、ゆりちゃんじゃないけど、宣戦布告。

 どう? 私にだったら、ユキちゃんはここまで甘えてくれるのよと。

「うーん……魔よけ?」

「もう、えっちゃん」

 グリグリと再び、首筋にユキちゃんが頭を押し付けながら、低くささやく。

「あの女、出て来たん?」

 やっぱりビンゴ。

 つながれたままの手を、ぎゅっと握る。


「あれ、えっちゃん? って。野島君?」

 横から恭子ちゃんが声をかけてきて、ユキちゃんが離れた。

「こんばんはー。皆ここで飲んでたんやな」

「えっちゃんが戻ってこないから、どこかで倒れてるかと思ったら。なに? 野島君が捕まえてたんだ」

「そら、会うたらハグのひとつもするのが、恋人違うん?」

「違うって」

 笑い声を立てた恭子ちゃんの後ろをすり抜けるように、トミさんがトイレのほうへと足早に去って行った。

「心配させて、ごめんな。そろそろ、えっちゃん、返すわ」

「ひどい彼氏ねぇ。えっちゃんを図書館の本みたいに」

「あれ? 借りパチしてもええの?」

「借りパチ?」

 空元気かもしれないけれど。

 いつもの調子に戻ったユキちゃんに私も調子をあわせて、彼独特の聞き慣れない言葉に首をかしげてみせる。

「借りたまま、パチること。あれ? 言わへん?」

「方言、じゃない?」

「そうかなぁ」

 言わへん? あれ。そう言えば言わへんか?

 ブツブツとユキちゃんが口の中で言っていると、再び障子が開いてサク君が顔を出した。


「ユキ、大丈夫か?」

「なぁ、サク。パチるって言うやんなぁ?」

「お前なぁ」

 振り向くなりのユキちゃんの言葉に、ガクッと、漫画めいた仕草でサク君が頭を抱える。

「何で、さっきの今でそんな話になるんだよ。元気になったなら、戻りやがれ」

「オッケー」

 じゃぁ、また明日ー、とか言いながら私たちに手を振ってユキちゃんが部屋へと戻る。ストンと軽い音を立てた障子を確認してから、恭子ちゃんと自分たちの座敷に戻る。


「野島君、具合でも悪かったの?」

「さあ? どうなんだろう……。丁度、行き会って、気がついたらあんなことに」

「気がついたら、で、抱きつかれているから、野島君が心配するんじゃない?」

 なんとなく、ユキちゃんの弱った姿を隠しておきたくて。ごまかす様なことを言った私に対する、恭子ちゃんの返事は至極もっとも、だった。

 確かに。いつもなら、『嫌やって、ちゃんと言い』とか言われそう。


 そんなことを欠片も言わなかったユキちゃんは、それだけいつもと違っていた。

イッキ飲みは、命に関わる場合があります。

強要しない、させない、ようにしましょう。

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