家出の理由
小夜はある地方都市の会社社長の令嬢として生を受けた。その会社というのは、不動産や貸金業、そしてパチンコなどの遊興施設を運営している。
これは父が一代で築き上げたもので、祖父の代までは地元では有名なヤクザだった。元々、商才があり男気もあった父は、自分の手下や家族に真っ当な道を歩ませてやりたいと足を洗い会社を設立した。バブルもあり時流を読むのに長けていたおかげで会社はあっという間に大きくなった。当初は、元ヤクザだからと自治体や警察などにも目を付けられていたが道を踏み外した若者を雇い入れ更生させていったおかげで徐々に企業として認められていく。
そして2人の息子と1人の娘に恵まれた。その娘が小夜である。
「あれ? でも君の父親って…………」
「そうです。私の本当の父親は、一番上の兄です。兄が高校1年の時に生まれたのが私です。当時付き合っていた彼女が妊娠に気づくのが遅すぎたせいで産まざるをえなかったみたいで。私を生んだ人は、育てる気もなくその家族も引き取りを拒んだ。実の父親である兄は学校を辞めて働いて私を育てると言ったそうですけど、子供に子供が育てられるわけがないだろうって。結局、パパが私を実子として育てることにしたそうです」
「まじですか!! 俺、そんな話聞いてませんよ」
「この話を聞いたのは保が出て行ってからだから。もう私も高校生になるから知っておいたほうがいいって。それに家族は私の事を大切にしてくれてるし、家族は家族だから」
「事実を知ったからと言って今までの家族としての絆は壊れないってことか。それなら何で家出何かするんだい?」
今の小夜の話と態度に嘘偽りはないだろうということくらい、初めてあった緋乃にも理解出来た。だから、尚更分からないのだ、家出という手段を使う理由が。
「本題はここからなんです。実は、私が高校入学を控えたある日にいきなり警察が乗り込んできて長兄を連行していきました。麻薬取締法違反の罪とかで」
「は? あの秀一さんが? そんな馬鹿なこと…………」
「実はね、組時代からの幹部の誰かが密売しているという噂があって兄はそれを調べていたらしいの。だけど、それを察知したその誰かは兄に罪を擦りつけた。今は、秀吾兄が弁護について法廷で争い中。その事件の余波でパパは社長を辞任。後継者には、保の兄の龍が選ばれたの」
「兄貴が? ………………もしかして」
今までの説明で保は事情を察した。
「幹部達は、龍が後継者になるのを承知する代わりにある条件を課した。その条件というのが私との結婚」
「そりゃ気の毒だ。そんな若い身空で」
緋乃は、同じ女として同情を覚える。
「でも、お嬢は確か兄貴が好きなんですよね? 願ったり叶ったりでしょう?」
「馬鹿!」
保の無神経な言葉に小夜は持っていたカバンを投げつけた。油断していた保はそれをもろに頭にくらう。
「痛っ! 何するんですか…………いてぇ」
「自業自得だね、保」
「そうだね。自業自得だ」
緋乃と鬼頭は呆れ顔で保を見る。
「…………確かに初恋であったことは認めるわよ。でも、龍さんには小夜さんがいるもの」
そう言って俯き、黙りこんでしまった小夜の頭を緋乃は優しく撫でてやる。龍には学生時代から付き合っている女性がいるのだ。小夜もその女性のことはよく知っている。実は、今偽名として使用している名はその女性のものだった。
「…………龍はパパの頼みなら断れないもの。だから、私が居なくなれば…………」
「自分が居なくなれば結婚話は無くなってその2人が幸せになれると思ったんだね。やっぱり、女の子は大人だね。どっかの馬鹿とは大違いだ」
「実は、そのことなんだけど。君のお兄さんの無罪が立証されたそうだよ。その龍さんとやらが真犯人を突きだしたそうだ」
「本当ですか?」
鬼頭の言葉に小夜は顔を上げる。そんな小夜を安心させる為に鬼頭は、笑みを浮かべながら大きく頷いた。
「ああ」
鬼頭のその優しい笑顔にそれが真実だと確信した小夜の口からは嗚咽が漏れだす。
「よっ……よか……。うっ………うぅ」
「我慢することない。泣きな」
緋乃は、小夜の肩を抱き寄せると子供をあやすように背中をさする。 その手の優しい感触に今まで小夜の中で張りつめていたものが関を切ったように溢れ出したのだった。
結局、緋乃の腕の中で小夜は、泣き疲れて眠ってしまった。その様子を見ていた保は、連絡してもいいものか判断がつかないでいる。
「どうしましょうか…………」
「とりあえず、今日はうちの寮の空いてる部屋にでも休ませてあげよう」
「じゃあ、あたしの部屋の隣にしといて。いくら発作が軽かったからって、ほっとく訳にはいかない」
「お世話をかけます」
保は、立ち上がり鬼頭と緋乃に頭を下げる。
「別にいいさ。さぁ、お嬢さんを運んでやりな」
「うっす」
保は、小夜を起こさぬようそっと抱き上げると顔を顰めた。
「また、食事抜いてるな」
「確かにその年ごろにしちゃ、小柄だね」
「身長は、中学入学と同時にほとんど止まってますから。俺が言いたいのは、体重です。元々、誰かが見張ってないとあんまり食べないんすよ」
自分がいない間と家出中の小夜の食事の状態を想像するとかなりやばい。確実に秀一さん達が切れるのが分かる。帰すにしても、元通りにして帰さないと血の雨が降る。
「社長? しばらくお嬢を預かっちゃまずいですかね?」
保は、恐る恐る現在の自分の上司に許可を求める。
「別にいいよ。それにお嬢さんは、うちにいた方が体にいいだろうしね。彼女の体が弱いのは、力の循環の悪さだろうしね」
「じゃあ、やっぱりこのお嬢さんは?」
緋乃の問いかけに鬼頭は、頷いた。
「多分、母親がそっちの出だろうね。どっちの一族かは、分からないけど」
「じゃあ…………」
「あぁ、彼女の実家とは私が話をつけておくよ。だから、保は責任持って彼女の世話を頼むね」
「はい!!」
バシッ。大声で鬼頭に返事をする保の頭を緋乃は思い切り叩く。
「お嬢さんが、起きるだろうが。ほら、行くよ」
小夜が起きる様子がないのを見て緋乃はホッと息をつく。そして、保を連れてその場を後にした。一人、その場に残った鬼頭は、ニヤリと笑い楽しそうに呟いた。
「彼の宝物を手にすることになるとはね。さぁ、これからが楽しみだ」




