転校初日(6)
「お嬢! 大丈夫ですか?」
「軽い貧血よ。発作じゃないわ。走りすぎたのよ」
「とにかく帰りましょう。どうぞ」
保が開いたドアから車に乗り込んだ小夜は、シートベルトを着用する。それを確認した保は扉を閉め、運転席に乗り込むと静かに発進させた。しばらく無言だった小夜も内心、ふつふつと怒りがこみあげてくる。学生生活を楽しめと言われたが今のこの状況でどうやって楽しめというのだ。鬼頭や緋乃、それにあの教師も簡単に言ってくれる。
「保、どうしてもあの学校に通わなくてはいけないの?」
「そうっすね、あそこはお嬢にとってある意味一番安全な学校ですからね。それに、他の学校よりかは色々と融通がききますから」
「めんどくさい。…………どうやったら静かに学生生活をおくれるかが問題ね」
「一番てっとり早いのは、守護契約を結ぶことですね。でも、嫌でしょう?」
「当然。始終周りをうろちょろされるなんて邪魔だわ」
「ですよね…………」
小夜は基本的にあまり他人を信用しない。それは、幼い頃から友人関係でさんざん嫌な目にあってきているのが原因だった。ただ、地元を離れた今なら一から人間関係を作ることが出来るチャンスであることも彼女は、よく理解している。だからこそ、ほんの少しだけ期待していたのだがおおはずれだった。
何よりあの馬鹿共のせいで自分と同じ音楽科の人間とゆっくり話す機会もなかったので、彼らがどんな人間かも把握出来ていない。そんな状況で学生生活を送るのも危険な気がする。
「保、音楽科の人間の情報は集められるかしら?」
「人数自体は、一学年に一クラスですから。少し時間をもらえれば大丈夫っす」
「じゃあ、それが終わるまで病欠で」
「…………あんまり休むと怒られますよ。親父さん達、相当楽しみにしているらしいので」
「楽しみにしている? どういうこと?」
「あの学校定期的に演奏会を開いているらしくて。家族は優先的にチケットが手に入るらしいです」
「馬鹿! なんでそれをもっと早く言わないのよ!!」
「いや、学校で色々説明されたと思ったので」
「どうしたらいいのかしらね。あー、本当に面倒くさいわ」
その頃、音楽科の教室ではちょっとした騒ぎが起きていた。夜叉が取り仕切る生徒会と鬼克が取り締まる風紀委員会の両トップが教室に現れたからだ。日頃、自分達を守護してくれる生徒会長の訪問は好意的に迎えられたが風紀委員長に関しては戸惑い、大半の生徒は距離を置く。そんな中、百合だけはいつも通りの調子で問題の二人へと近づいた。
「あらあら、会長に委員長。一体、何の御用かしら?」
「分かっているくせに。僕は彼女に会いに来たんだけど。やっぱり、早退?」
「当然よ! はじめから言ってたわよね? 病弱なお姫様だからたかるなって」
「……病弱。そう、病弱で繊細なお姫様って聞いてたから蘇芳と契約を結ばせようと思ったんだけど。話と違わない? 正確な情報をくれないと困るんだけどね」
「正確じゃない。 あんなに清楚で可憐なお姫様、今どきいないでしょ?」
「外見はね。僕が言っているのは、中身も含めて総合的な情報をくれないかってこと! あんなに苛烈なお姫様だって聞いてたら蘇芳じゃなくて僕が最初から出てる」
「苛烈? 失礼ね、確かに気位は高いけど、寛容さも持ち合わせてる可愛い子よ。あんたの子分の器が小さいだけじゃない」
「二人ともちょっといいか?」
それまで黙っていた委員長がいつまでも終わりそうにない二人の会話に口をはさむ。彼は、先ほどまで保健室にいたあの男子生徒だった。
「彼女の守護の件だが、あの調子だと夜叉族を受け入れるとは思えない。だから、特例として彼女の守護は俺が受け持つ」
「は? 何をふざけた事を言ってるのかな? 守護契約っていうのは一生続くものなの。そもそも、白の人間は少ないんだよ。その一族の貴重な存在をはいどうぞって渡せるわけないでしょう?」
「別に一生とは言ってない。彼女がこの学生生活に慣れ、自ら契約者を選ぶまでの間のことだ。百合は、どう思う?」
「…………そうね、小夜ちゃんにはそれがいいかもしれないわ。そもそも、白である事を納得して来た子じゃないもの。しばらく、様子をみましょう。皆もそう言うことだから委員長が来ても必要以上に警戒しないでね」
百合の言葉に大半の生徒は頷いたが、残りの一部の生徒の反応はあまり良くなかった。それを見て三人は、まずいことになるかもしれないと思ったが、今はこれ以外の手立ては浮かばないのが現実。なので自分達がしっかりとそれぞれの手綱を握るしかないと思うのだった。




