召喚士の生き様
草木も眠りにつくような深夜、ある王国の城の裏庭に存在する巨大な石碑を眺め佇んでいる青年が一人。
月夜に照らされた少し伸びた灰色の髪、と琥珀色の瞳。服装は美しい刺繍のなされているローブを着ているところから察するに、盗人などのような低俗な者の類ではないのであろう。
その青年の二つの琥珀はその石碑に刻まれた名前を上から順に眺めて行き、最後の名前を見て軽く微笑むと、そのままその場を後にした。
青年の眺めていた石碑の最上部には「この世界を救いし召喚士たちを称える」と掘られた文字が見て取れた。
先ほどの青年はそのまま城の中に入り、まっすぐにある部屋へと向かう。その部屋は円形の石室であり床の半径は十メートルはあろうかというほどの広さである。そこに青年は石灰の棒を用いて、黙々と幾何学的な模様を刻みこんでいく。
この世界には今ある問題が起こっていた、魔王と呼ばれる存在がどこかから現れ、圧倒的なまでの力で多くの国々を滅ぼして回っていた。一騎当千とはよく言ったものだが、この魔王の場合は一騎当億といっても過言ではない。そんな魔王が時々現れる事の対策のために研究が重ねられてきたのは召喚という魔法であった。
召喚とは、どこにいるかもわからない強いものを呼び出すのではなく、呼び出すものの潜在能力を極端に強化することが最大の重要事項である。呼び出すものは選べずとも誰でも強くできるのならば問題はない、後はそのものの潜在能力同様に正義感などの性格にまで影響を与え、見事勇者の完成である。
当初、人をまるで魔王を倒す道具のように召喚していいのかという問題が唱えられたが、魔王という恐怖の前に誰もがその問題を黙殺するしかなかった。今この世界にいる人間を強化することはできず、魔王に対抗するにはこれしか方法がなかったのだ。
そして、今この青年が石の床に描いているのがそのための召喚陣である。師匠に教えられたことや今までに読んだ多くの本の内容を思い出しながら、少しづつ調整を加えていく。
今現在、召喚士として認められているものは五人いる。この青年を除く四人はいずれも齢六十を超える高齢の者たちだが、現在弟子たちを育成中だという口実を用いて召喚を行う事を拒否した。そこで白羽の矢が立ったのがこの青年である。つい数年前に師匠から正式な召喚士として認可を受けた彼だが、召喚の技術は他の召喚士たちと退けをとらない。
「よし、とりあえずはこれで完成だな」
そう言って、青年は立ち上がる。その足元には床中を埋め尽くすほどの白い線が走っている、これを一般人が見たところで何一つ理解することはできないであろう。
青年は線を消さぬように注意しながら部屋の出口までたどり着き、どこかに誤りがないかと全体を眺める。
「うん、問題ない」
彼がそう言って頷き、後ろを振り向いて扉を開くとそこには給仕服に身を包んだ一人の女性が佇んでいた。
「アラン様お疲れ様です」
そう言って、その女性はゆっくりと礼をする。
「なんだ、エル。わざわざ俺が仕事を終えるのを待っていたのか?」
「はい、明日になってしまえば忙しくて、アラン様にお礼を言う機会もなくなってしまうと思いましたので」
「俺は礼なんか言われるようなことをした覚えはないぞ」
「召喚報酬の受取人に私を選ばれたことに礼を申し上げなければ、このエルス一生後悔すると思いましたので」
それを聞いて、アランは困ったような顔で苦笑する。
「あれ、ばれちゃったか。まあ、俺は親も何もいないし俺を育てた師匠はもう召喚をしたし、唯一関わりある人間がエルだけだっただけだよ、それに実家の方も金が入用で大変なんだろ?」
「どんな理由であれ、私は感謝の気持ちを述べずにいることなどできません、本当にありがとうございます」
そう言ってエルは再び深々と礼をする。
召喚にはある代償が必要である、一人の人間を呼び出すためには一人の人間が呼び出した相手の世界に行かなくてはならない。そして、その送られる人間とは召喚を行ったもの、すなわち召喚士である。故に召喚士となることが決まった時から、この世界に未練を残さぬように友人などを作らないということも何も珍しいことではない。
ましてや、アランの場合は親を幼いころに亡くし、師匠に拾われ幼いころから召喚士として育てられてきた。友人などを作る時間がある訳もなく、そのまま成長してしまった。
世界に未練はなくとも、世界を救いたいという気持ちだけは師匠によって育まれ、自己犠牲ともいえる召喚を彼は二つ返事で快諾した。
本来は召喚の成功時にその報酬を誰かに残していくことができるのだが、彼の場合は係わりを持ったのが、付き人であるエルスだけであったので迷いなく彼女を選択した。
「まあ、報酬があったら金には困らないだろうから実家にでもかえって親孝行でもするといいよ。とりあえず、何か食うもの用意してきてもらえるかな?」
「わかりました、ではアラン様のお部屋に後程お運び致します」
「了解」
アランはそう言って手を軽く振り廊下を進んでいき、エルスはお辞儀をしてそれを見送った。
自室に帰ったアランはエルスが運んできたサンドウィッチを頬張りながら、部屋の片づけを行っていた。
「うわー、結構読んでない本とかたくさんあるな」
そう言って笑いながら本を次々にまとめていく、そんなことをしているうちにふっとアランの手が止まった。
「懐かしいな、これ」
そう言って、アランが手に取ったものは一冊の日記であった。それは師匠がいなくなる以前に書いていたもので、中身は単純でアランとその師匠の生活が日記として書き記されているだけである。師匠が召喚を行っていなくなってからは書き手がいなくなり部屋の片隅でほこりをかぶるだけの代物となっていた。
アランはその日記を懐かしく思い、最初のページを開きそのまま読み進めていく、数時間をかけて最後のページへとたどり着いた。最後のページを開いてアランは固まった。日記の最後の日、それは師匠がアランに召喚士の免許を渡したそのちょうど三日後、師匠が召喚を行った日の内容であった。
『親愛なる馬鹿弟子へ、俺は今日異世界へと旅立つ、どんな世界かもわからなければ、何が起こるかもわからない。だが、予想できることなど何も面白くはない、異世界であろうとも人生を謳歌して見せよう。もし、お前がこの日記を読んでいるのならば一つだけ言っておこう、もし召喚の機会が来たのならば自分から進んで召喚をしろ、老いぼれどもなどに先を越されるな。召喚をしてこその召喚士だ』
それを読んで、アランは微笑み、纏めていた本の山の上にその日記を置く。
「言われなくても、明日には召喚をしますよ師匠」
アランはそう呟き、ベッドの上に転がった。別に、片付けをすることが面倒くさくなってしまった訳ではないが、これから行く異世界に想いを馳せると片付けなど、とても手につきそうにはなかったからだ。
恐怖と同時に楽しみが心の中に湧き上がってくる。これから行く世界は一体どんな世界なのだろうか? そんな気持ちを抱いたまま、アランは眠りに落ちた。
次の日、軽く朝食を摂ったアランは国のお偉いさん方に謁見してなんだかんだと色々と称えられた後に昨日の部屋へと向かう。
召喚陣に間違いがないかの最終確認をし、魔方陣に魔力を込めていく。
「さてじゃあ、世界を救うついでに、新しい世界で人生でも謳歌しますか」
この世界での最後の一言を言い放ち召喚を行ったアランの顔には、笑みがこぼれていた。