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山の神様

作者: でんでろ3

 彼女は山を愛していた。だから、きっと、彼女は山に愛されていたのだろう。


 彼女は新緑の山道を歩いていた。登山服と言っては失礼だ。今、流行りのやまガールと呼ばれるファッションが、良く似合っていた。とは言え、せいぜい観光牧場でバーベキューする程度の、なんちゃってやまガールではなく、毎週のように、山に登る。週末のたびに、電車の旅を楽しんで山に向かい、そして、山道を歩くのだった。


 ある夜、彼女は、山道に迷い、不安な思いで歩いていた。いつも、日の暮れる時間より、かなりの余裕を見込んで計画を立てる彼女にとって、初めてのことだった。おかしなことに、計画どおりに行動していたはずが、ふと気がつくと、辺りは闇に包まれていた。


 どれくらい歩いただろうか。いきなり彼女の前に一軒のボロ屋が現れた。廃屋のようにも見えた。しかし、良く見ると、窓に微かな光が揺れていた。それは、散々、真っ暗な山道を歩いてきて、暗さに眼のなれた彼女でも、やっと分かる程度のものだった。


 彼女は、その家の窓に近寄り、恐る恐る中をのぞいてみた。すると、小さなロウソクの光が照らす中に、一人のみすぼらしい老人が座っていた。彼女は、一瞬ためらったが、意を決して、窓ガラスを控えめに叩いてみた。すると老人は、すぐに彼女に気付き、窓を開けた。

「どうかなさいましたかの?」

「いえ、実は、山道に迷ってしまい困っています。下山するには、どうしたらよいでしょうか」

「もう、夜も遅い。山道は危険じゃよ。それに、終電も行ってしまった時刻じゃ。今夜はウチに泊まって、明日の朝、降りた方がええ」

「でも、ご迷惑では?」

「なぁに、気楽な老人の一人暮らしじゃ。何の遠慮も要りはせん」


彼女は、玄関に回り、恐る恐る中に入った。中も、外見にたがわず古ぼけていた。彼女は、ロウソクをはさんで老人と向かい合って座った。

「ご迷惑、おかけします」

「なぁに、気にすることはない」

「でも、お礼に出来るようなものも何も持っていなくて…」

「そんなものは、要りやせん」

「でも…」

「どうしても、と言うなら、あんた、何かお菓子を持ってないかね」

「お菓子…、ですか?」

「ああ、こんな山の中で暮らしておると、逆に、そんな物の方が珍しいんじゃ」

「お菓子と言っても、ポップコーンくらいしかないんですが…」

「おおっ、ポップコーンか。久しぶりじゃ」


 彼女と老人は、ポップコーンを食べながら、話をした。

「でも、ロウソクだなんて、停電ですか?」

「ほっほっほっ、この家には始めから電気など通っておらんよ。電気だけじゃない、水道もガスもないぞ」

「不便ではありませんか?」

「なぁに、時間だけはたっぷりあるからのう。家事以外に使うべき時間がなければ、ちょうど良いくらいじゃ」

「でも、本当にありがとうございます。初めて会った私を泊めて下さって」

「…初めてではない」

「えっ?」

「覚えておらんかな?15年前、おまえさんが、中学生になったばかりの頃じゃからなぁ」

「私が?」

「ああ、あれは夕方だった。部活動帰りのおまえさんが、家に帰って食べようとコンビニで買ったポップコーンを、道端で腹を空かせて倒れていたワシにくれたんじゃ」

「…ああっ!」

「思い出したかね?」

「ええ、あなたは、あの時のお爺さんだったんですか?」

「ああ」

「えー、でも、すごい偶然ですね。あっ、偶然じゃなくて神様が会わせてくれたのかも」

「神…か。君は神様は何でも出来ると思っているようだね」

「違うんですか?」

「まぁ、一応、ワシも神のはしくれなんじゃが、腹が減ってどうにもならなくなったりするし、人を呼び寄せるにしても、この山に入った者くらいしか呼び寄せられん」

「あなたが…、神様…?」

「信じるも信じないも自由じゃが、あの時の礼がしたくてな」

次の瞬間、彼女の前に、いきなり一頭の羊が現れた。

「おまえに、これを与えよう」

彼女は驚きで一瞬言葉を失ったが、我に返ると、現実的な問題に気付いた。

「私、アパート暮らしで、こんな大きな羊は飼えません。あっ、ペット禁止だから、小さい動物でもダメなんですけど」

「はっはっはっ、神が与えようというのだから、これはただの羊ではない。これは『生贄の羊』といって一度だけ何でもおまえが望む物になってくれる。その命と引き換えにな」

「命と引き換えに?」

「うむ、考えてもみなさい。物には命がないじゃろう。だから、その羊が物になった瞬間に命が失われるのも道理じゃろう」

「だから、『生贄の羊』…」

「お前さんは優しいのう。大丈夫じゃ。その羊は、姿を変えるときに、何の苦痛も感じることはない。では、さらばじゃ」


老人が消えると同時に、闇は晴れ、彼女と羊だけが残された。

彼女は考えた。しかし、それは、羊を何に変えようか、ということではなかった。

そして、すぐに、決断した。

「おまえはお行き。何にも縛られることはない。普通の羊として生きなさい」

そう言って、羊の尻を叩いた。


 しかし、羊は、数歩、歩いたところで立ち止まると、あろうことか、すっくと二本の脚で立ちあがり、くるりと彼女の方に向き直り、言った。

「おまえは、本当に素晴らしい心の持ち主だ。よって、この『生贄の牛』を与えよう」

「…あの…、そういうの、もういいです…」


         (おしまい)


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